第十一話 回想:鍛冶師との邂逅
それは、レンがクアザルマに来て、まだ一月しか経っていないころの話――
(やっぱり僕には、第二層はまだ早かったんだ……)
傷ついた体を引きずるようにして、レンは〈剛鉄山脈〉を彷徨い歩いていた。
痛みで額には脂汗が浮かび、ゼイゼイと肩で息をしている。
もちろん、目尻には涙がたっぷり溜まっている。
ポーションも底尽き、魔術師ならぬ自分に回復手段はない。
ソロライナーの哀しさで、癒してくれる仲間も無論いない。
〈剛鉄山脈〉に棲息する岩蜥蜴や山ゴブリン等、第一層の魔物たちとは次元違いの強力な連中と、やり合った結果がこれだった。
(レヴィアさんのバカッ。死んだら化けて出てやりますからねっ)
泣き言が止まらない。
ライナーになって、生界の暦で一か月。
〈常夜の国〉で四か月近くをすごした。
その間、レヴィアに言われるままに魔物素材を集めて、彼女に錬成してもらってから売って、稼いで、最低限ライナーらしい霊力を帯びた装備を一式そろえることができた。
その間、紆余曲折、悲喜交々、七転八倒あったが、それでもレンは駆け出しライナーとしては、破格のスタートダッシュを決めることができた。
全て、レヴィアのきめ細やかなアドバイスのおかげだった。
レンが彼女に感謝し、彼女を信頼するのも当たり前だった。
そんなキラキラした目で彼女を見るレンに、レヴィアはいい子いい子しながら言ったのだ。
「どうやら君は、第一層に収まる器のライナーじゃなかったみたい」
「そ、そうですかねっ。て、照れますっ」
「恐らく君を幼少期から鍛えたという、ジェイク氏の筋がよかったんでしょうね」
「それにレヴィアさんの的確なアドバイスのおかげです! ありがとうございます!」
「じゃあ、次のアドバイスをしてあげるわ。そろそろ第二層に挑戦しましょう」
「わ、わかりました! また詳しく教えてください!」
――なんておだてられて、あっさり信じた自分も悪い。僕のバカッ。
レンは気づいた。
昨日までのレヴィアのアドバイスは、レンの力量を測るのが主目的の、「優しさ」あふれるものであった。
今日からのレヴィアのアドバイスは、「厳しさ」あふれるスパルタになるだろう、と。
今さら気づいたところで、後の祭りなのだが!
この窮地を切り抜けて、生還できねばなんの意味もない。
(僕は今、どこ辺りにいるんだろう……)
無限に山々が連なり、起伏に富んだこの場所。
常に天の一点に座す双月のような、わかりやすい目印もない。
第二層の強力な魔物たちと次々遭遇し、必死で抵抗しているうちに、すっかり方向感覚を失ってしまった。
これでは〈常夜の国〉に戻ることすらままならない。
「し、死ぬ……。死んだ……」
半泣きのまま、思わず弱音が口から漏れる。
「さてさて、それは如何でしょうか?」
その独白に、まさか返事があろうとは!
レンは総毛立って、声のした背後を、跳ねるように振り返った。
「地獄の沙汰も金次第――と申しますよ?」
飄々とした青年が、そこにいた。
いや、本当に青年なのだろうか? パッと見は若く感じたのだが、しかし三十半ばと言われても納得してしまいそうな、年齢不詳感がある。
妙に袖の広い、ゆったりとした身軽な服装。凶悪な魔物の跋扈するこの生と不死の協会で、寸鉄も帯びていないように見える。
つまりは、つかみどころのない胡散臭い男。
実際、いつから自分の背後をとっていたのか、あるいは尾行していたのか、声がするまで全く気づけなかった。
「だ、誰……ですかっ」
「わたくし、カイルと申します。どこでも、なんでも商って、糊口を凌いでおります」
「商人!? こんなところに!?」
「まずはゆっくり休める、安全な場所をご用意いたしましょうか? 金貨五枚で」
ボッタクリじゃないですかあああああああああああああああああっ。
――という心の叫びを、レンは呑み込んだ。
背に腹は代えられない。
まさに地獄の沙汰も金次第であった。
◇◆◇◆◇
「――事情はわーったよ、カイル。だけど、おれの工房は『ゆっくり休める安全な場所』じゃない。というか、勝手に使うな」
アレサンドラは憮然顔でそう言った。
そう、カイルと名乗った謎の商人が連れていってくれた場所こそ、彼女の鍛冶工房だったのだ。
後にレンも知ったが――偉大にして狂気の犬人が、今なお採掘を続けているこの大坑道には、魔物でさえ近寄らない。
だからこそアレサンドラもここに工房を構え、そのコボルトと一種の共生関係を築いている。
危険に満ちた〈剛鉄山脈〉における、恐らく唯一の安全地帯がここであった。
またこの時が、レンとアレサンドラとの初対面。
「早く出ていけ」とばかりに、ジロリとねめつけられて、レンはすっかり気圧されていた。
それをカイルがとりなしてくれる(金貨五枚もとったのだから、当然だ!)。
「まあまあ、そう仰らずに。わたくしとアレサンドラ様との仲でしょう?」
「あんたはいいよ。世話になってるし、もう慣れた。でも、死にかけのガキを連れ込まれたら、気が散るんだよ。おれは作業の手を止めたくないんだよ」
と文句を言っている間にも、アレサンドラは金床に向かって鎚を振るのをやめない。
この時、レンは初見だったため、「器用な人だなあ」と感心した。
「三時間だけ、我慢してやるよ」
アレサンドラにまたジロリと、ねめつけられる。
(たった三時間だけ!?)
レンは目を白黒させる。
と――これが、レンとアレサンドラとの出会いであった。
厳しくて、おっかない人。
それがレンの第一印象であった。
あくまで「第一」であり、ほどなく覆るのだが。
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