第十話 鍛冶師アレサンドラ
生と不死の境界の最外縁部、すなわちクアザルマと隣接する第一層は、〈常夜の国〉しか存在しない(あるいは現在まで発見されていない)。
一方、そこからさらに奥へ、すなわち不死界へと大きく一歩近づいた第二層は、いくつかの特徴的な異次元が確認されており、それぞれ命名されている。
〈剛鉄山脈〉もその一つだ。
どこまでも山々が連なる異次元。異世界。
生と不死の境界に存在する多数の異次元が、全てネーミングが安直なのは、命名者がライナーたちだからである。
彼らは実際的な職業探検家であり、叙情性よりも叙述性を優先するのは、ごく当たり前のことであった。
また〈剛鉄山脈〉には、鉱脈もまた無限に眠っていると伝わっている。
そこで採れる鉱物は、金、銀、銅、鉄、鉛、錫、と多種多様。
宝石もまたダイヤにルビー、サファイア、トパーズ、エメラルド、となんでもござれ。
どころか、ミスリルや火晶石といった生界には存在しない、貴重な鉱石も採れる。
魔物が跋扈しているため、大々的な採掘事業を行うことは不可能なのが残念な、しかしまさに宝の山なのである。
レンが〈剛鉄山脈〉までやってきたのは、ここにずっと住んでいる変わり者を訪ねるためだった。
彼女の名は、アレサンドラ。
歳は二十代後半ほどか。
女性としては背が高く、筋肉質な体付きをしている。
ただし筋肉太りは全くしていなくて、むしろ痩身。鍛え抜かれ、引き絞られた鋼の美しさだ。
おっぱいもこっそり大きい。
アレサンドラは、〈剛鉄山脈〉に秘密の工房を構えていた。
さる偉大にして狂気の犬人が掘った、大坑道を利用して建てた。
彼女はそこで日夜、鎚を振るい、最高の武具を求めて、飽くなき修行に打ち込んでいる。
そう、アレサンドラは鍛冶師なのだ。
◇◆◇◆◇
「ご無沙汰してます、アレサンドラさん!」
大坑道の比較的浅い場所に、ぽつんと建った小屋の扉を、レンはランタン片手に叩く。
なお、挨拶は「こんにちは」。
坑道内はもちろん暗いが、〈剛鉄山脈〉は現在、真昼間だった。
「おう、入れよ。レン坊」
がらっぱちな返事があって、レンはいそいそと小屋に入る。
ちょっとだけ大味な顔の作りをした美人が、今日も元気に鎚を振るっていた。
「久しぶりだな。鍛冶道具以外なんもねえところだが、好きなだけゆっくりしていけよ。ああ、茶くらいはあるぜ。ずいぶん前に、カイルが持ってきてくれた。セルフで淹れてくんな」
そんな話をしている間にも、金床で剣を鍛えるアレサンドラの手は止まらない。
「おしゃべりしながら鎚を振るって、集中できるんですか?」
と――以前、レンは質問したことがある。
返ってきた答えはこうだ。
「手に沁みついていないものを、おれは技術とは呼ばねえ。くっちゃべった程度で削がれる集中力なんざ、付け焼刃にすぎねえ」
割と無茶なことを言っていると思ったが、少なくともアレサンドラはそういう鍛冶師だ。
だから今日も、アレサンドラは鎚を振るいながら話しかけてくる。
「火吹き狼の錬成石は、手に入ったのか?」
「はい! ようやく!」
「見せてみろ」
「はい!」
レンがうれしげに取り出した美しい石を一瞥するなり、アレサンドラは口笛を吹いた。
「いい石だあ! 相変わらず、腕のいい錬成師とツルんでやがるな」
「はい! レヴィアさんは世界一の錬成師ですからっ」
褒められ、レンは喜ぶ。
まるで我がことのように誇らしい。
「なあ、それ、マジ話なのか? 錬成師ギルドの元ギルマス――“魔女”レヴィアっつったら、業界違いのおれでも知ってる大立者だが、本当にレン坊みたいな駆け出しと、契約してくれてんのか?」
何度聞いても信じられないとばかり、アレサンドラが呆れる。
「同じ名前の別人じゃないのか? あるいは詐欺師にだまされてないか?」
「そ、そんなことないと思いますし、たったいま腕前を褒めてくれたのは、アレサンドラさんですよ?」
「まあ、そうか。それに最高の錬成素材を用意してくれるなら、何者だろうと関係ねえか」
納得した様子のアレサンドラ。
レンはしばらく彼女と世間話をした後、隣室の台所を借りてお茶を淹れる。
アレサンドラの今の作業が終わるまでは、邪魔をする気はなかった。
そして、もうすぐ一段落つくと見て、彼女の分までお茶を淹れに行ったのだ。
レンの見立ては正しく、ほどなくアレサンドラは剣を一振り、完成させた。
時間ぴったり、お茶も淹れ終わった。
「お疲れ様です。喉、乾いたでしょう?」
「おう、気が利くな。レン坊」
木製のカップを渡すと、まだ熱いだろうに、ガブガブと飲み干すアレサンドラ。
鍛冶は、高熱の炉の前で行う重労働だ。
当然、彼女は汗だくになっていて、それが熱い茶を飲む干すものだから、見ているレンまでなんだか暑苦しくなってくる。
でも、そんなアレサンドラを見ていると、「炎の申し子ってのは、こういう人なんだろうなあ」と、感心混じりに思ったりする。
休憩がてらの、一頻りの歓談。
でも幾ばくもしないうちに、アレサンドラが体中の関節を鳴らしながら、せっかちに言った。
「よっしゃ、レン坊の新しい剣を打つか!」
「はい! よろしくお願いします!」
「おまえも手伝うんだぞ?」
「もちろんです!」
初めからそのつもりで来たレンは、助手として率先して動く。
まずは鉄鉱の用意。
ちなみにこれも、レンが己の剣のために、質の良いのを買ったり掘ったりして集めてきたものだ。
というか、火吹き狼の錬成石を含め、剣に必要な素材は全部、自分でコツコツ集めて、アレサンドラに預けていた。
それから鋳塊を精製するための、鉄鉱を鋳融かす作業。
金属の沼と化したそこへ、錬成石を融かす作業。
それらをレンはせっせと手伝う。
「うん……やっぱ、いい石だ。すっと融けるし、何よりレン坊の氣力に馴染んでる」
自身もライナーの呼吸法を会得し、氣力を操るアレサンドラが、どこかうっとりと言った。
冷まして、アイアンインゴットが完成したら、いよいよそれを鎚打って、鋼の刀身へと鍛えていく。
その重く長く苦しい作業も、レンは手伝う。
レンがアレサンドラと出会ったのもまた、生界の換算で約一月前のことだ。
しかし、この工房で――時間の流れが百分の一の、第二層で――けっこうな長期間に亘り、彼女の助手としてすごしたことがある。
鍛冶のイロハを叩き込まれ、助手としてならギリギリ一人前にまで鍛えられた。
先ほど、アレサンドラの作業がもうすぐ終わると、見立てができたのもそのためだ。作業工程を把握しているからだ。
「行くぞ!」
「はい、アレサンドラさん!」
鎚を振るうアレサンドラと、レンは息を合わせて作業を始めた。
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