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あたしがこうして話してるんだから……そりゃ生きてるわな。

食レポってちょうむずかしくないっすか。

「……あれ……。」


靄がかった意識に光が射す……寝てたんだ、いつの間に……。

ええと、あたしは何をしてて……あぁそうだ、竜と、戦って、タイタニアで――


「どぅおあっ!?」


そうだそうだ戦闘中!!

寝転んだ身体に電気を通して起き上が「ぁいたぁー!!」

いって!いって!全身が痛い!切り傷でも骨折でもない、この全身くまなく響くような痛みは……あぁ、筋肉痛!


「うぇ、あれ……お?おお?」


自分が眠っていたのは、竜の足跡にまみれた平原ではなく……真っ白なベッドの上。

窓からは相変わらず、胞子に遮られてぼやけた光が射している。

あぁ、そうだ……ここは。あたしの泊まっていた宿か――


「お目覚めですか勇者さまッ!」


寝耳に水とはまさにこのこと。状況を理解した途端、脳味噌を突き刺すような大声と共に力いっぱいドアが開かれる。

そして部屋に雪崩れ込んでくるのは、あの戦いを共にしたこの町の兵士、その一人。


「あ、えっ、はい。あの……」

「では早速ですが御同行を!領主さまがお呼びです、勇者さまに是非お礼がしたいと!!」


あたしの脳裏に浮かんだ色んな疑問を押し流しながら、強引に状況は進んでいく。


「――あの、とりあえず髪だけ整えさせてもらって。」

「あぁそうでした!失礼!……あと、これは勇者さまのための仮面です!素顔で見つかったので!!」


丁寧にかつ勢いよく突き出される仮面。ポドールさんに貰ったものよりも線の数も塗料の種類も多いその額にはくっきりと……乾きたての塗料で「勇者」と書いてあった。

街の中心部、カサの大きなキノコが幾つも生えている区画。その中でも一番大きなキノコのカサのふもと、一目で分かるくらいに豪華な屋敷。その二階へと、あれよあれよという間に運ばれていく。


「勇者さまを連れてまいりましたァーーッ!!」


この世界にノックという文化はないんだろうか。あたしの部屋にしたのと同じ勢いで扉を開ける兵士。

部屋の中にはいかにもと言った様子の長机がどんと置かれており、その両辺には矢張り兵士の皆さん、そして一番奥に座る、逆三角形に長い髭を伸ばした白髪痩身の老人……あれが恐らく領主さま、なのだろう。


「……あぁ、来てくれたか勇者殿、待っていたぞ……ささ、座りなさい。」

「あぇと、はぁい……。」


左右数人、正面一人。これだけの人数に見つめられて逃げ出せるほど度胸のある人間じゃない。

そういえばここでは皆、仮面を外して座っている――郷に入らばなんとやら、あたしも素顔を晒して席に着く。


「……あ。あの……勇者じゃなくて。鹿子よどみ……よどみ、って呼んでくれた方が楽、とか……なんとか。」

「おぉ、そうかそうか……ヨドミ、それがお主の名なんじゃな。覚えておこう……おっと、ワシはアーラム……領主なんて呼ばれてはおるが、ただの長生きじゃよ、ほほほ……。」

「あ、あぁー……ええと。それでー……これは、どんなご用で?」

「用?よう、よー……いやぁ、そうさな……用なぞ何も。まずは何より労いを、とな……このしわくちゃも、一応のところ……このイェルバハの顔なので、な……改めて、ご苦労であった……勇者ヨドミ殿……。」


ゆっくりと頭を下げるアーラムさん。それに倣って左右の兵士も頭を下げ――それに耐えられなくなったあたしが、最後に頭を下げる。耐えられるかこんなもん。


「あー……と、いや、偶然偶然……そう、運が良かっただけですよ!ホント……あぁそうだ!あたし、最後の方……多分ぶっ倒れちゃったと思うんですけど、その……あれから、大丈夫……でした?」


感謝感激から雨宿りするために、急いで他の話題を探す。ぽんっと出てきた割に、それは本当に気になることだったりして。実際……あそこで確かにあたしは死ぬと思ったのだ。なんで生きてるのかも気になるところだったし、あれからもっと強い敵が出て来ましたー……なんて言うのなら、なんだか申し訳ない。


「あぁ……うむ、心優しいのだな……勇者ヨドミ殿は」

「ただのヨドミで……。」

「むぅ?そうか、そうか……ではヨドミ殿、まずは……心配いらぬ、この町の兵の何れにも、そして村人にも……命を落としたものは居らぬ。勇者であるお主と――この町が、守ってくれたからの……。」


アーラムさんが、思い出したように天井を……いや、多分天井のその先にあるものを見つめて、ほぅと息を漏らす。


「……この町が?って、どういうこと……でしょ。」

「ンむ……季節ごとに数度起こる、胞子流……それが今日、偶然にも訪れたのじゃよ……。」

「胞子流……キノコの、胞子のー……流れ?」

「左様。この町は元々……太古の昔、竜によって村を焼かれたものたちが逃げ込んだことから生まれた町……ここに群生するキノコの幾つかには、身体を麻痺させたり、眠らせたりする胞子が蓄えられておる……それが今日、山から下りる風に乗って一気に、街の外へと漏れ出した……。」

「……じゃあ、それが竜を止めて?」


長くしゃべり過ぎたのか、返事はコクリと頷きひとつ。アーラムさんはそのまま、傍らのグラスに注がれていた黄金色の液体に口をつけ始めて。

……そういえば、街の成り立ちについてはポドールさんに同じような話を聞いていた。それに、意識を失う直前には確かに、視界がオレンジ色に染まっていったのを覚えている。


「……あぁー良かった。」


緊張が解れ、肩の荷は降りて。ようやく――今座っている椅子の背もたれ、その感触を味わうことが出来た。

口をついて出た言葉――だって、そりゃそう。

あたしのせいで誰かが死んだ……なんてことになったら、そんなのは耐えられない。きっとこの世界でも元の世界と同じように、日夜誰かが死んでいるのだろうけれど……それは一律、あたしの知らないところでやって欲しい。


「えぇ、えぇ……これもヨドミ殿のお蔭。おおっと?……そう、ヨドミ殿の勇敢さと優しさ、そして……世界を救う勇者が現れたことに、乾杯!!」

「かんぱーーーーいッ!!」


一人だけグラスに口をつけたことで、兵士たちから注がれた不満の視線。それにようやく気付いたみたいで、やや無理やりに乾杯の音頭が取られた。鳴り響くグラスの音を皮切りに……例えば良く振られた炭酸ペットボトルが弾けるように、兵士たちの歓声、そして勝鬨を思わせるような大声が響き渡りはじめた。

それから間もなくして、メイドなのだろうか女性が数人、料理を持って部屋に入り――そしてだだっ広い長机を埋めるように、色とりどりの(ほぼキノコだけれど)料理が置かれていく。何やら様々なキノコの入った赤いスープ……それに恐らくアヒージョとバゲット、メインにステーキのように大皿に乗った椎茸のようなキノコ。


「えっ、ぁー……いや?」

「ささ、ヨドミ殿。イェルバハの郷土料理ですがどうでしょう、お口に合うと良いのですが……!」

「は、はい……ぉ?ぅお……おっ……おー……?」


こうもキノコ尽くしだと流石に飽きると思ったけれど……それが意外とそうでもない。

ベースは塩と胡椒、それに恐らく……ハーブ?それだけで作れる味なんて高が知れていると思ったけど大間違い。アヒージョは塩気と風味がしっかりしていて、バゲットを取る手が止まらない。そうして口内が油とパンくずに塗れてから飲むスープは、例えば……そう、外で遊んで泥塗れになった子供を抱きしめる母親みたいに優しく、酸味とほんのりした甘味が口内をリセットしてくれる。

そうして迎えるメインディッシュ、キノコのステーキ……これがまた凄い。焼きエリンギや焼きシイタケは食べたことがあったけれど……どうしても最初の一口がピークで、あとはもったりとした味わいになってしまう。けれど目の前にあるこれは、本当の牛ステーキのように縦横に切れ目が入れてあり……そこにソースがしっかりと練りこまれているから、味の飽きが来ない……すごい、キノコでフルコースが作れるなんて。


――でも……あぁ、一人でゆっくり食べたかった。


残念ながら、このテーブルの主役はあたしなわけで……興味津々、周りの皆は行間を見てあたしに質問を投げかけてくる。それは例えば、出身が何処だとか……どうして世界を救おうと思ったのだ、とか……もっとしたところで言えば、あの戦い方はどこで見に付けたのか、とか……どうして傘で戦っているのだ、とか。

何個も何個も投げかけられた質問――その全てに悪意はなくて、ただ勇者という存在への期待がぎゅうぎゅうに詰まっている。

けれど、そうしてぶつけられた期待にも疑問にも、何一つ答えることは出来なかった。あっちの世界のことを話すわけにもいかないし、戦う理由も手段もとってつけたもの。


「……ぷはー……。」


――勇者勇者と呼ばれる一つごとに、痛感する。

あたしが、どれだけがらんどうで生きているのか。

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