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もし……全部終わったらこの幸運で好き放題してやるんですよぉ~……。

日曜日だからって、なっげ。

「りゃあッ、ったぁ……っでぇーい……ッ!!はぁ、はー……凄いな、オド…!」


この戦いが始まってどれくらいの時間が経っただろう。起きた時には輪郭しか見せていなかった太陽はもうくっきりと顔を出してはいるけれど。

エルナトが竜の弱点、あるいは背後からの接近やもろもろの危険を教えてくれて、すんでのところであたしが動く。優秀なカーナビをつけたペーパードライバー……みたいな状況だ。運転したことはないけれど。


「たぁー言っても、流石に疲れてきたなぁー……!」

「……ふむ、ならば少し休め――とはいえ、降りかかる火の粉は払ってもらうことになるが。そしてその暇つぶしに……お主の幸運について、我の見解を伝えておこう。」

「うーん……?」


あたしは本当にエルナトの言う通りだけに動いてきたわけだし、兵士さんの方は兵士さんの方で、防衛戦というか、集団での戦い方が身についてるんでしょう。


「お主の幸運はつまり……成し得ることを成し得る力、なのだろう。」

「ぬん?」

「恐らく――お主と会った時、竜の眉間に石を投げつけた時にも発動していたのだろう。お主がやろうとしたこと、それが可能なことなら成し遂げられる……驚くほどに万能だな。」

「あぁー……何やらさっきから、色々指示してくれたのはそのせいなのね?」


やたら遠くに槍を投げさせられたり、ちょっと外れたところに投げさせられたり。考えてみれば、あっち――死後の世界?で、紫苑さんがやって見せたゴミ箱シュート、その延長にあるような命令ばっかりだった。


「うむ。色々試させてもらった。お主が万に一つでも当てられる場所であれば、願いさえすれば必ず貫くことが出来る。遥か遠くの竜を狙わせた時には狙いすら定まらなかったのを見るに、可不可の判断さえ勝手に下される。……よくもこれだけの力を持っていて、そうのほほんと生きていられたな?」

「……こ、ここに来てから芽生えた力なんですぅ。」


蛇足に不意に蹴飛ばされて、受け身のように嘘をついておく。


「とはいえ、願いを叶える万能の力ではない。規模はまだ分からないが……願わずに自動で発動するものでもなければ、動物や人間の意志を捻じ曲げることも出来ない。」

「あー……まぁ、そりゃあ。そしたら全員ベロ噛んで死ねっ、で解決だもんね……っとぁ!!」


言ってる間にも、急降下してくる竜の頭を下からかちあげて吹っ飛ばす。脳震盪を起こして墜落したその身体に、トドメの槍が突き立てられていく――自分の幸運を有効に使えたとしても、オドなんて胡散臭い力で自分の身体能力が跳ね上がっていたとしても!残念ながら疲れるしメンタルも抉れるんだよ、あたしぁ!


――まぁそもそも、ド万能なら先輩の病気だって完治まで行ってるって話よね……!


「……どうだ?これほどの力があるのなら、いよいよ世界も救えるのではないか?」


……正直なところ、こうして戦ってるうちに結構余裕なんじゃない?って思ってきたところはある。

もう数十分、数時間?その感覚も曖昧なくらいに戦い続けてきた。今朝、門に立って待ち構えてる時点では絶対死ぬって思ってたけれど――実際、身体中擦り剝いたり尻もちついたりの痛みはあるけれど……ここまで、直接的に何かを受けてはいない(受けたらほぼ死ぬわけだし)。兵士の皆さんはやっぱりプロってこともあって、まるで一つの生物みたいな連携を見せてくれていて……攻撃の声は聖歌隊みたいに重なっていて、不協和音の呻き声が響けば……別の兵士激励の声に包まれて、町の内側に消えていく。前線のラインがしっかり決められているみたいで――気付けば随分孤立しちゃってるけれど。


「うむ!……であれば、次なる災厄も幸運で乗り切れるな……?」

「……次の?」


ハリボテの安心を吹き飛ばすような不穏なフレーズ。次?もっと後の話?明日以降の次の戦い?それとも……数秒後?疲労とオドで火照った背中に、冷えた手を差し込まれるような感覚がしたと同時に――がしゃり。聞き慣れない音が耳に一つ、響く。


「あぁ、次――こやつをお主が倒せるかどうかは、正味判断出来ぬ。」


エルナトが指で示した方向は――あたしが異音に向き直った方向と、丁度重なる――視界には最早見慣れたトカゲと飛竜、なら聞き慣れない音は何処?そもそも何?がしゃり、がしゃり、がしゃ……がしゃっがしゃッがしゃがしゃがしゃッ――


「上だッ!!」

「何がぁっ……ぐ、ぅ!!」


反射的に傘を頭上に横一文字に構える――同時、傘がねじ曲がって折れるような錯覚と……のしかかる重み、肩の骨まで伝わるような痺れ……!その姿を確かめようと視線を上げた途端、後方へ飛び退く――そしてあたしの数メートル先、着地して。


「だは……っ、あれは、何よ……。」

「古には数多存在した、ヒトのように知恵を持ち、ヒトのように竜を統率する竜の異種――かつて呼ばれていた名は、タイタニア!」


トカゲよりも飛竜寄りの、全身が鱗に包まれた身体――更に飛竜がむき出しにしていた腹部も、しっかりと鱗に包まれている。弱点のない身体……でもそれは、このタイタニアと呼ばれた竜の一部分でしかない。何よりの特徴は……まるで人間の兵士みたいに、鎧を身に纏っているということ。

竜騎士……なんて単語が頭をよぎる。さび付いた肩当て、何処かの国のだろう紋章が生々しく残る、血がこびりついた胸当て。どうやって貼り付けているのかも分からない、ガントレットの破片らしい曲がった鉄板――そして片腕には、槍や刃が突き刺さった丸太。この世界については、今背中にある町のことしか知らないけれど……規格、素材、造形。何もかもがちぐはぐになっていて……それはきっと様々な国のものだろうと理解する。


「――ッ後ろ!」

「ぁい……っ!」


ワシの足を発達させたような、獲物を捕らえることに特化した足――それを最大限地面に食い込ませ、バネ仕掛けみたいに飛び込んでくる――!

目が捉えたのはそこまで、後は稚拙な予測とエルナトの声を脳に反映させて、受け止め、きれ――「がっ、ぁ!」野球めいたフルスイング、あたしの身体は簡単に吹き飛ばされる……後方の兵隊から更に距離を離されながら、足跡だらけの地面に無様に転がる。


「げほっ、ぇ゛おっ……これ……ヤバくない……?」


オドを蓄え、僅かばかりの経験を蓄え、跳ね上がった身体能力と戦闘能力――それでもまだ、追いつかない。

何処か夢見心地だった精神は、痛みという明確なトリガーに現実に引き戻される。


「……弱点は?」

「空のと同じく腹、あるいは頭部――しかし。」

「……ふっざけんなってぇ……。」


不満と唾液を垂らしながら、傘を杖にしてゆっくりと立ち上がる――立ち上がることが出来ることに違和感を覚える。だって、あれだけの機動力があるんだから、こうしてフラフラしている間にトドメを刺すくらい――何か弱点が?そんな期待を挟みながら、自らが飛ばされた方向を見る。さっきと変わらない場所に立っているタイタニアは――兵隊と竜がぶつかる場所に向け、耳の裂けるような怒声を響かせている。


「あれ、何……?」

「号令だ。それこそヒトの将がやるのと、何ら変わらぬ――士気を上げ、全体の動きを統一させる。」


ちらりと群れに目をやれば、あんまりにも露骨に動きが変わったことが分かる。

竜の断末魔と兵士の勝鬨で奏でられていたメロディが、綻んでいく。


「町の兵どもは、町を守らなくてはならない都合――薄く広い守りになる。それが今までの有利を産んでいた……捕食を目的とした竜は、餌の食い合いにならぬように分散するものだからな、一匹に数人で囲い込むことが出来ていた……しかし。ここに指示が加われば、そうはいかない。……崩れるぞ。」

「…………っ。」


再びエルナトに向けられる視線――それから、目を逸らす。


――またか、またかぁー……。


さっきは衛兵の中心、今度はその争いを俯瞰出来る位置――あんまりにも露骨で、うんざりする。竜の動きには確かに統率が生まれて――群れは扇形を形作るみたいに、一点を目指して集合していく。兵士はそれに気付いていたり、気付いていなかったり……どうしても、認識に遅れが出てしまう。タイタニアと呼ばれた竜は、あたしにゆっくりと歩み寄りながら、声色の違う叫び声を幾つも重ね、統率を図っているらしい……つまり。


「あたしがこいつを倒さなきゃー……総崩れ……!」


傘を引き摺りながら、ゆっくりと立ち上がり――千鳥足で、立ち向かう。


「らぁあぁあああ……ッ、ぁ、あぁ……!?」


立ち向かおうとして……あえなく、顔から地面に倒れ込む。決意の割にあまりにも情けない一手目……でもだって、決意したところで痛いものは痛い。一撃目で腕はじんじんに痺れて、二撃目で息するのも辛いくらい……足は元々くったくた。それでも仕方ない、仕方ないと起きようとして――


「ヨドミ!……駄目か……!?」

「あぁ、いや……だいじょーぶ…………いや。大丈夫ついでに……エルナト。」

「む……?」

「このまま……死んだフリで、なんとかする……!」

「はぁ!?」


叫び声だけは耳に届いたらしい、タイタニアのがしゃがしゃという音が、少しずつ近付いてくる――警戒しつつあたしの懐まで来て、今度こそトドメを刺そうという算段でしょう。それくらいはあたしにもわかる。


「……タイミング見計らって、乾坤一擲。なんとか反撃してみる……このまんまだと全然見えないけど――今のあたしには、上にも目が付いてるからさ。」

「……それは。」

「……頼める?」

「あぁ、ここまで引き回したのは我だ。最低……生き残らせるとも!」


がしゃり、がしゃり。敵の足音――そして、遠くに響く……竜と人の叫び声。さっきまでは拮抗していたけれど……どんどん戦況は悪くなっていく。もしかしたらもう、誰か、誰か犠牲になっているかもしれない。もしかしたら、街に入ってるかもしれないし……それじゃあ、避難してた一般人も……一般人って何さ、あたしだって一般人だよ……そうだ、あの馬車のおじさん、ポドールさん……もう町から抜けたかな、それとも居たり、するのかな――「今!」


「……っつぁおッ!!」


握りしめた傘を、乱暴に振り上げる――乱暴でいい。運任せでいい……!突き刺さる結果をイメージして――がぃんッ。


「!?」


振り上げた力が、大きく右に逸れる――弾かれた!?が、まだ……!生々しくて、嫌な感触が響く……張り上げた叫び声と手応えを頼りに見上げれば……右目、刺さってる!


「このまま……ッ!」

「駄目だ抜けっ!」

「っつぅ!」


この戦闘が始まって以来、指示通りに身体を動かしていた――それが染みついていて、自分の感情よりも優先されて、傘を引き抜くっ……緑色の血液がアーチを描いて、弾けて落ちる。あたしのイメージした結末は、瞳から脳まで貫通させての一撃必殺――しかし、その荒い咆哮は止まらない。


「対象に意志があればあるほど、運の作用する範囲は減る――なるほど、知能が高いタイタニアならば……!」

「もうキレてんだ……しゃあない、しゃーない……!それに、やり口はある!」


片目を抑えながら、激昂する姿……その怒声にはきっと、群体を動かす意味は含まれていないだろう。ひたすら、あたしへの恨みだけを込めた叫び……キレたのはお互い、一緒。


「いい加減……終わらせたいんだ、あたしも……!」


足音は大きく、大股。牙をむき出しにして突進する姿には、辛うじて残っていた気品みたいなものは微塵も感じられない。何が司令だ――結局のところ、あっちの連中と何も変わらない。


「上!右に飛べ!」

「あぁい!?」


さっきとは一味違う指示に思考が停止したのはコンマ1秒以下、信頼と思考停止で身体を跳ねさせる。一瞬前の自分の位置に振り下ろされる刃付き棍棒。


「反れ!」

「反れ!?」


地面に沈んだこん棒を持ち上げる勢いで、脳天目掛けた二発目――上体を思いっきり反らせば、棍棒の軌跡がやたらスローモーションに目の前を通過する……人生でホントにこの避け方をやる日が来るとはね!


「ぐべっ。」

「そのまま足ッ!」

「っあいさぁー!」


起き上がるだけの身体能力はなく地面に倒れ込む――そのまま、渾身の大振りが空を切り体制を崩すタイタニア、その腿裏めがけて渾身の一発!自分の得物の行く先に意識を向けていた身体は、立ち上がるあたしと入れ違いで転倒する……!


「……っ、ぁー……いける、か、なぁー!!」


傘を肩より後ろまで振り上げる――狙いはもちろん、寝転んだままあたしを睨みつけるその頭。瞬きの裏側で幸運な結果をイメージして……振り下ろすッ!


がぁんッ。


渾身の一撃は――防がれる。大きな隙を代償にその手に握られたままの棍棒は、あたしとタイタニアの間に割り込み、あたしの傘をしっかりと受け止める。体力だってもう、限界の限界の限界。アドレナリンが切れ、借金の取り立てめいて疲労感が襲い掛かる、終わった――


「……あぁ、終わりだ。」

「…………ぜぇあぁッ、だぁーッ!!」


弾かれた傘を重力と遠心力だけを載せて振り下ろす――「隙だらけの」頭には容易に直撃し、気持ちの悪い手応え。そして数秒ののち、糸が切れたように動かなくなる。身体に流れ込んで来る火照り……あぁ、経験値。勝利の美酒、なのかな……終わったことを確信する。もう何も言わない(そもそも理解出来る言葉ではなかったけど)頭には、幾つもの刃――残っていた目、それに鼻、口……五感をずたずたに破壊していている。


「なるほど、これが狙いか……防がれるなら、いっそ防がせてしまえばいいと。」

「……たぶん、鎧のヒビとか、付け入るスキはあったんだろうけど、さ……もしかして、もっといいのあったかなぁー…………。」

「くく、はははッ……見事だ。よくやったぞ、ヨドミ!」

「あんがとー……いやぁ、でも……なんだ、アホ疲れた……。」


傘は辛うじて握っているけれど、もう立ち上がるだけの力はない。

けど……ここはまだ戦場。インフルエンザを治しても数日は外出出来ないように、そんなにキレイに黒は白にならない。

竜側の連携が崩れたのか、兵隊が持ち直したのか……一際大きな勝鬨の音。そして竜の断末魔。そこから少し離れたあたしの元には、足音――兵士だったらいいんだけど、明らかに四足歩行のもの。それが幾つか。もう向き直すだけの元気すらない。


「…………あぁー……。」


だらしなく垂れた手で小石を握って、投げてやる――その弾道は、あたしが平凡な女子高生であることを思い出させるように、力なく地面に落ちる。

万策尽きたあたしの意識が、落ちていく……ぼやけていく視界は、段々と橙色に染まっていく――


――参ったなぁ。


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