ファンタジックだったね……っていうと陳腐かなぁ、ファンタジーだし。
タグとか沢山付けた方がいいのかなぁ。
調子乗ってるって思われるかなぁ。
「いやぁいやぁ、あの大トカゲをあんなに一人で倒しちゃうなんて!しかもこんなに綺麗な状態で!もしかしてどっかの職人さんかな?」
「あぁー……はは、いやー……なんでしょう、旅人みたいなもんです。」
――あれからのこと。
やっとのことで大トカゲを倒したあたしは、謎の浮遊少女エルナトと出会い……まぁ敵じゃないと判断して、そのまま眠りに落ちようとしていたところ、今更のように街道に馬車が通りがかった。
「おや!おやおや君!大丈夫かい!?」
運転席(?)から飛び降りて駆け寄って来てくれたのは、可愛らしいちょび髭を蓄えた丸っこいおじさん。やたら瞳が綺麗だった。
「えぇ……まぁ……ちょっと疲れた、だけで。」
「疲れたって、こんな場所で……どぅおあっ!!あれは!!このトカゲは君がやっつけたのかい!?」
あたしに駆け寄ったのと同じくらいのスピードで、トカゲの死体に距離を取る。いちいちの動きがコミカルで面白い人だった。
「あぁ、ハイ……あー……すいません、縁石、ちょっと壊しちゃって……。」
自転車が乗り上げたり、トカゲが突っ込んだり、あたしが石を投げつけたりとで……見れば縁石は一部がぐちゃぐちゃになってしまっている。この馬車で一つ半くらいの幅はあるから通行には平気だろうけれど。
「いやいやいや!!そうじゃなくってね、大変だったろう!……あぁそうだ、良ければ乗っていくかい?」
「えっ……あー……いんですか?いいなら、是非……あでも、お金とかなくてー……。」
「ふむ――そうなのかい?じゃあそうだね……あのトカゲ、貰っても良いかな?」
というのが、あれからの一幕だった。
そういうわけであたしは今、ポドールさんという御者の馬車に乗せて貰っている。荷台の上はあたしが来るまでは空っぽで、今はそのスペースに、あたしの自転車とトカゲ三匹の死体がごろんと横たわっている。
――しかし、馬車かぁー……まぁ、こういう話で車や電気なんて期待してないけど、キツいよなぁー。
「……ところで。」
「ンー?なんだい?」
「ぇあぁいえ違うんですっ!……ちょっと、エルナトー……!」
「むぅん?」
「……見えてないの?あの人には、エルナトのこと……。」
馬の歩く音に混ざって聞こえないように、小声で問いかける。
あたしが寝こけている間にも、ポドールさんが騒いでいる間にも、二人でトカゲの死体と自転車を荷台に運んでいた時にも――エルナトはしっかり存在していた。あたしの周りを浮遊していたり、ポドールさんの周囲をぐるぐると旋回したり、馬車を興味ありげに見まわしていたりと……そそっかしく動き回っていた。けれどポドールさんはまるで気付いていない様子だった。
「うむ。最初に言ったであろう?我の声が聞こえるのか……と。我は色のない霧のようなもの、生き物の大概には見えぬし、感じることも出来ないものだ。」
「うーん……それって、エルナトの他にもいるの?」
『居るわけないだろう。』
「居ないの?じゃあ……エルナトは何?」
「……フム、我の正体か。言うべきなのかどうか――」
「どうぉっ。」
途端、がこんっと大きく車体が揺れる。
あたしの身体はつんのめって、すんでのところで食いしばる。トカゲと事故チューはしたくないからね。
「おわぁー……ゴメンねぇーヨドミちゃーん!大丈夫だったかなぁ!」
「あぁハイ、大丈夫ですーっ!……でぇと、エルナト……どうなの?何者?」
「…………いや、もう少し伏せさせてもらおう。こう事が運んで今更ではあるが――お主の言葉が真実かは、まだ判断に至らぬ。勇者として選ばれたのであれば、その力を我に見せてみろ。」
「どうやって。」
「何、単純な話だ。本当に世界を救うのだと言うのであれば、先刻のような戦いに巻き込まれることは数多あろう。それを繰り返して行けば、なるほど特別なものがある……とこちらも信用が出来る。」
「あー……。」
さっきみたいな戦い……戦いと言えるものだったのかな、アレは。ああいう死にそうなのが、今後沢山ある。まぁそうか……そうじゃなきゃそもそも、こんな戦いに使える硬さの傘なんて寄越さないよね、紫苑さんも。
――やだなぁ。
「……んー、でも。それじゃああたしの方はエルナトをどう信じろって言うのさ?」
「別に信じずとも良い。ただ我はお主よりもこの世界に詳しく、また竜との戦いについても詳しい。加えてお主を害そうにも――」
おもむろにエルナトが、その手をあたしの胸に伸ばす。それは触れ合うこともなく……あたしの体内に沈む。感触はない。悪寒も、不快感すら無かった。
「この通りだ。話し相手として置くのなら、まぁ問題はなかろう?」
「……まぁ、そうなのかな。」
まあ実際、あそこでエルナトの声がなかったらあたしは死んでいたわけだし。その分は信頼していいんだろう……と、思うことにした。身体の疲れが、脳にまで登ってきたのが、分か、る――――
「…………ちゃん!……どみちゃん!」
「……ヨドミッ!!」
「んぶぁ!……あっ、ぁあ……おはよー、ございます?」
――あぁ、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ポドールさんの妙に高い声と、エルナトの見た目よりは低い声。聞こえた両方に視線を向けてから、かぶりをふる。
「……あぁー、おはよう。疲れてるみたいだから起こすのも悪いと思ったんだけどね……そろそろ着くからさ、ほら。」
「わとっ。」
ポドールさんが何か円盤のようなものを投げてきて、なんとか咄嗟に受け止める。手にしたこれは……お面?仮面?白く塗られた木で出来ていて、目と口の部分には透明な窓。口の方は円柱の形に突き出していて――なんだかガスマスクみたいだった。
「持ってなかったでしょ?もうイェルバハに入るからね、着けとかないとー。」
そう言うポドールさんも、気づけばその丸顔を、白地に緑色でペイントを施した仮面で覆っている。
額には「商人ポドール」の文字……アルファベットともキリル文字ともつかない妙な文字列で描かれているのだけれど、本能的に読めてしまう。ちなみに渡されたお面には「見習い」と書いてあった。見習いとは。
言われるがままにお面を着ければ、視界が少し暗くなっていることに気付く。最初はお面のせいかと思ったけれど、どうやらそうじゃないらしい。
――曇り?
そう思って、空を……見上げる。
「…………どぁぁあああーーーー!!?」
見上げれば、そこには、キノコ。見上げられるだけのキノコが、鎌首をもたげていた。
「――さぁ着いたよ!菌糸の街イェルバハへようこそ!」
「うっわぁ!……なにこれ、何、すっごー……。」
――曰く、菌糸の街。その称号には一切の間違いがない。
見渡す限りにそびえるのは――数メートルから数十メートル、長さも太さも様々なキノコ、キノコ、キノコ。人はキノコの傘の内側に簡素な木造住宅を建て……あるいはキノコが太いものであれば、その柄の部分をくり抜いて部屋を作り住んでいるらしい。
人間、自分の常識の範囲をズレたものには嫌悪感を覚えるもの。例えば大抵の虫が気持ち悪いのは私生活とズレたスピード、ズレたデザインをしているからだし……常識的なトカゲのサイズを知っているから、さっきのでかいトカゲには吐きそうになるくらいビビった。
けれどここは違う。ぼんやりと視界にちらつく胞子だとか、ゆらゆら揺れるカンテラの炎だとか……それに皆が今のあたしと同じように仮面をつけていて、むしろ幻想的なイメージが勝っていた。
「ここはね、かつて魔王から逃げてきた人が隠れ住んだという言い伝えのある街でねぇ……ほら、これだけ沢山のお化けキノコがあって……しかもこうやって胞子が霧みたいになっている。確かに隠れるには丁度いいのかもしれないねぇ……。」
換金所?それともなんかの店?から出てきたポドールさんが、袋を二つ、じゃらじゃらと揺らしながら言う。一緒にお店から出てきた体格のいいお兄さんが荷台に乗りこんで死体を担ぎ上げているのを見るに……多分商談は上手く行ったんだと思う。
それはそれとして、魔王。そういえばここに来る前も、隣の浮遊霊から一瞬聞いたフレーズだ。これが王道RPGの世界なら、それが紫苑さんの言っていた世界の危機、ってことになるのかしら。
「……その魔王っていうのは、その。何処に居るんです?」
「だからそれは、我が――」
傍らでぶつくさ言うエルナトを、ひらひらと揺らす手で制する。この街中でまともに会話しようものなら、まず間違いなくヤバい人扱いはまぬがれない。
「えぇっ……!本当に知らないのかいヨドミちゃん!?」
目を真ん丸に見開いて――鳩が豆鉄砲を食ったような顔をされる。
「えぇ、まあ……。」
「そうかいそうかい……これは驚いた。本当に遠くから来たんだねぇ。」
そこまでか。まあ……もしあたしの見立て通りに世界の危機の原因だとしたら、そうさな。二次大戦を知らないとか、アメリカ大統領を知らないとか。そういうレベルの非常識にはなっちゃうのかもしれない。でも知らないものは知らないのだから、一時の恥くらい支払うよあたしは。
「――あのね、魔王はもうとっくに死んだんだよ?」