だから、めちゃくちゃ感謝してくださいね、先輩。
予約投稿いきなりミスる。
ご都合主義を並べる回。
この後展開的に無理だなーってなったら、こっそり加筆修正とかするんだろうなぁ。
実はもう一個力を与えていましたー、みたいな。
「うぇッ!?あ、すいませんっ!……えぇと、あー……そう、ですか……。」
「いやぁー……あたしの方こそ、ごめんね。」
その狼狽ぶりを見るに、まぁ案の定……十中八九の人がイエスというような物件なんだろう。
それに――さっきまでの紫苑さんの態度、やり方を見るに……あんまり慈善事業って感じもしない。もしかしたらこの後、神様の上司的な人に大目玉されるのかもしれない、とかは……ちょっと思う。
――とはいえ、なぁ。
「ち、ちなみに……どうして、でしょう。あぁいえ!言いたくない、なら……いいんですが、そのー……私が、何か……したり……とか。」
「いやぁ、違う違う……絶対そういうのじゃないですし、紫苑さんの説明すごく分かりやすかったですよ?ハイ!」
あんまりにも露骨に尻すぼみしていく紫苑さんの言葉、それをフォローすべく尻上がりになるあたしの言葉。
「……ただ、その。あーんまり……未練とかが、無くって……。それに、その……楽じゃないでしょ?世界を救うー……なんていうのは。」
そりゃあ。
発売前のアルバムとか、今期のドラマとか。
未完結のマンガとか……夏には花火大会の約束も入れてるし、秋には文化祭とか。
そのずっと先にはあたしの将来とか。
そういう細かい未練なら多分、それなりにあるんだけれど。
けれどそれは、今から知らない世界に行ってそこを救う――なんて苦労に釣り合うものじゃない。
もしも、もしもあたしに彼氏がたり武道館抽選当たってたりすれば変わったのかもしれないけど……ギリギリ、足りない。このまま、なんとなく現実味がないままに終わってしまうんなら、それでいいかなって思う。
「それが、まぁあたしの答え……ってことで。」
「そう、ですか。分かりました。もちろんこちらとしては……よどみさん、には……世界を救うだけのポテンシャルがあると思っていますが……とはいえ、それでも危険には間違いありませんから……間違ってない、と思います。」
そう言う紫苑さんは、弱弱しいガッツポーズをあたしに一つくれた。
「…………んあれ?」
「はい?」
「これー……無作為に選ばれたんじゃないんです?あたし。いいタイミングで死んだからー……みたいな。」
「あっ、いえ!違います違います、言ってなかったですねすいません!……その、よどみさんなら、世界を救えるのでは……ということで、呼ばせてもらったんです、はい。」
「……何故?」
「なぜ?えぇと、それは……よどみさんが、世界を救えるかも、という話になった理由……ですよね?それはですね、言っていいのかな……。」
言いつつ、こちらを向けていた旅行雑誌を反転させて、おそらく細かい規定なんかが書かれているのだろう、文字の小さい文章の並んだページをそそくさと捲る紫苑さん。
もう断っておいて何だけど、自分に何か特別なものがあるっていうならそれは気になる。
世界を救うのにあたしが向いてる理由なんて、まったくもって思いつかない……魔王を倒すぞって言うなら、もっと自衛隊員とかアスリートとか。戦争を止めるぞっていうなら、政治家とか技術者とか。病気が蔓延してるとかならお医者さんに研究者――すくなくとも、ただの女子高生にお呼びがかかることはない。
「ああっ、大丈夫みたいです……えとですね、よどみさんは世界で何番目かに――運がいいんです!」
「運……運?ラッキー?」
「はっはい。ラッキー!」
震える手でピースサインを突き出して、にかっと笑う紫苑さん。
――しかし、これはとっても予想外。
何せあたしには……思い当たるような節が全くないのだ。
「いやー……だって、無いですよ?そんな幸福エピソード。宝くじ当たったーとか、ガチャでSSRが5人出たとか……ほんと、これまで平々凡々って感じで……。」
「あれ。いえ、でも……よどみさんは、ちゃんと使ってますよ?幸運……ちゃんと、与えられているだけ。えぇと、一杯じゃないですけど、それなりに……。」
今度は懐からA4サイズの紙を見せ「あっこれは駄目でした!」ようとして、そそっかしく引き戻す。一瞬見えたその端っこにはあたしの学生証用の正面写真が貼ってあって……もしかしたら履歴書とか、データとかそういうものなのかもしれない。
「使う?毎日の分?えっ、幸運ってそういう、配給のモノなんです?」
「……えぁ、とですね。幸運……って、ちょっとズレがあるんです。よどみさんの世界、あっちと……本来の意味に、ですね……いえ、そもそも……あっちでも、多分、違いますよね、解釈……とか。」
「あぁー……まぁ。」
運の解釈。
そう言われてみると、まぁそりゃあ曖昧だよな……と思う。一生に降りかかる幸運と不運の量が一定だとか、笑っていると来て溜息を吐くと無くなってしまうだとか、日頃の行いとか風水とかお守りとか――なるほど、そりゃあ果てがない。
「幸運っていうのは……例えば、そうですね……ちょっと待ってください、えっと。」
言うや否や、今度はメモ帳を取り出す紫苑さん。その数ページを千切って、丸めて。紙屑のボールを作る。
「幸運を使うときは、まず……なって欲しい結果を、頭の中にイメージするんです。例えば、この紙ごみを……今から、あそこのくずかごに入れたいな、って。」
「ああ……なるほど。」
「そうして、投げれば……幸運を、いくらか使って……望んでいる結果を、得られるんですね。あぁでも、無茶なことは出来ません。この紙ごみが、二階まで飛んで行かないかなーとか……窓から隣の家のくずかごに入らないかなーとか……それは流石に、出来ないですけど。」
最後に紫苑さんは、えいっ……と声を上げて手に持った紙屑のボールを放り投げる。それはゆるやかな放物線を描いて、狙い通りにくずかごに落ちていく。
「まあ、色々説明すると長くなっちゃうので……つまり、よどみさんは……この幸運が、人よりも……少なくとも最近死んだ人の中では、抜群に高いんです。」
「えっ……あぁ、しかし、それはなんか……勿体ないことをしちゃったなぁ。」
つまり、幸運っていうのは望まなくちゃ使えなくて、望んだ何かの可能性を底上げしてくれるモノってことか……なんかそういう幸福論もどっかで聞いたことがあるような気がする。ラッキーどころか、人並みよりも目立つことが嫌なあたしにとっては……とんでもない宝の持ち腐れ、猫に小判だったっわけだ。にゃんにゃん。
もうちょっと聞きたいところだけれど……既に向こうのお願いを断ってしまった以上、こっちばっかりががっつくのも良いことじゃないだろう。
「……あー、でもじゃあ、じゃあ。そんなあたしが何処に幸運を使ってたんでしょ。平凡な日々を望む……とか?」
「いえいえ、違いますよ……えぇと、これも……大丈夫かな。いや、ええと……。」
良いことじゃない、ので――本当、これ以上聞くべきじゃなかったのだ。
小判の使い方も分からなかったような猫は、好奇心に殺される。
「――鹿子よどみさん、あなたの幸運は……その、あなたの……先輩?を、健康に保つことに、使われていました。」
「…………あ?」
視界が、ぐにゃりと捻じれ曲がる。同時に、座ったままの身体が何処かに落ちていくような錯覚を覚える。説明を続ける紫苑さんの声が、まるで水面を隔てたみたいに遠くに聞こえる。
(意識としては)数分前に居た病院の景色を思い出す。からからと笑う先輩の姿は勿論だし……彼女が今まで生きているのは、本当に運が良いと――確かいつか、看護婦の誰かが言っていた。だから、もしかしたら、幸運についての説明を聞いた時点で……少しだけ、察していたのかもしれない。けれど、確信したくはなかった。だってそれはつまり……自分が先輩の命を繋いでいたということも――あたしが、あの日々を望んでいたということなのだから。
あたしは、「何か」でいるのが嫌いだ。責任とか、期待とか、そういうものに縛られてしまうと、いっさい動けなくなってしまうから。例えば……誰かの荷物を何処かに運んでくれ、と言われれば、それをやんわりと断ることは出来る。けれど無理やり背中に乗せられてしまったらもう、それを道中で下ろすなんてことは出来ない。
――だから、あたしは。
「…………いきます。」
「……え?」
「その、出来るなら。出来ないなら、仕方ない、ですけど……まだ、出来ちゃうなら。行きます……その、世界。だって……あたしの幸運がなかったら、先輩は……もう保たないんですよね。」
「……そう、ですね。どちらにしても回復するわけではありませんが……余命は、もっと短くなってしまうと、思います。」
「じゃあ、仕方ないんです。そういうことなら……仕方ない。やるだけのことは……やります。」
実際、世界を救えるなんて思ってない。
ガリバーは小人の国だってあんなに苦労したんだし、アリスだってファンシーな世界で何度も死にかけた。
ただ……実績が欲しかった。ぶっちゃけた話、先輩が助けられなくたっていい――助けようとしたんですよ、頑張ったんですよって。そういう言い訳が、欲しかった。そうじゃないと……死んでも死にきれないのだ、あたしは。
「ここを出れば、もうそこは知らない世界です……その、大丈夫ですか?」
「え?」
「あっ、いえ!……その、お願いしている側の私が、言うことじゃ……ないと思うんですけど。よどみさん、なんだか……調子悪そう、ですから。」
「……まぁ。その。誰かの命を握ってた……っていうのは、やっぱり、なんかこう……ずーんってくるんですよ。」
紫苑さんに連れられて、玄関口に立つ。引き戸の向こうは擦りガラスでぼやけていて、その様子は分からない――ただ、まるで絵の具を溶かした水のように、ただ色が蠢いているのだけが見えた。
「……でも、大丈夫です。まぁー……無理はしませんから。あー駄目だなって思ったら、向こうでノンビリ暮らしますよ。」
「えぇ……そうですね。少なくとも、言葉は通じるはずですし……今回渡した道具も、ある程度は役に立つと思います。」
そう言いつつ傘立てから取り出された蝙蝠傘を、傍らの自転車――そのサドルの下から斜め掛けにする。
そう、どんなに幸運だって身一つで知らない世界に放り込まれたらすぐに死んでしまう……だから、ささやかだけどギフトを与えてくれた。壊れない傘と壊れない自転車。それに向こうの言葉が聞き取れて、こっちの言葉が相手に理解出来る……なんだろう、おまじない?いわゆるコンニャクだ。本当ならもっと、マンガみたいなとんでもない力が欲しいところだけれど……そんなものは持ち合わせがないらしい。そりゃそうか、そんなものあるならもっと別に適任がいるだろうし。
「でも……なんで傘?自転車はほら、大事だと思いますけど。」
「それは……その。武器にもなるかな……と。どうやらよどみさんが、これまでの生涯で一番使い慣れた武器だったようなので。」
「そ、そうですか。」
聞くんじゃなかったと思いつつ、戸口に手をかける。
「――あの!」
「……はい?」
「いえ、ええと……言うことが、あるわけでも、ない……んですけど。ここを、出たら……私は、これ以上……一切の、助けは出来ません。大丈夫、ですか……?」
「……ううん。多分……大丈夫でしょう。」
本当はもっと、向こうの立地とか、どうすれば世界を救ったことになるのかとか……聞くべきなんだろうけれど。これ以上この場に居たら、今押し込んでいる色んな感情が飛び出して……ダメになってしまいそうだった。
「そう、ですか……では、また……いえ、あんまり、会うことは……ないかも、しれませんが。もし、世界を……。」
「……そろそろ、行きますね。その……色々、ありがとうございました。」
その最後の言葉は、がらららという引き戸の音に掻き消されて消える。
――これ以上期待やら役割を負うのは、御免だった。