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死後も仕事とかあるのかなって思うと、夢もキボーもないよねぇ。

最初の10ページで読者に、主人公のやりたいことを示せーって、今日書いた本にありました。

そんなぁ。

「……んぉえっ。」


目が覚めた――ということは眠っていたのか。


「んぁにゃ……。」


どうやらあたしは、テーブル?机?に突っ伏した形で寝こけていたらしい。

いつ?どこで?まだ寝惚けているのか、記憶がハッキリしない。

名前は鹿子よどみ、職業は高校生。着てるコレはセーラー服。流石にその辺の記憶は飛ばない。


「……あぁ、起きました、か。」

「んぇ、ハイ……おはよー……?」


頭上から響く声に反射的に応じて。

寝てるあたしに声をかける人物なんて家族か友達くらいなもんでしょ、と思ったけど――あれ?今の声誰だ?

めんどくさがってないで、顔を上げる。


「え誰。」

「ハイ、はじめまして……私は、紫苑、と、言います。」

「シオン?さん?ぉ?あれ?ちょい待った、ここは――?」


シオンと名乗るその女性は、目元まで隠した前髪に腰まで伸びた髪(しかもその色は藤色で、登頂が水色になっている不思議なプリン状態)に、若草色の着物姿。シオンというよりはアジサイみたいな印象を受ける人だった。ちなみに当然ながら、あたしの知り合いにこんな人はいない。

んで、そのインパクトに引っ張られつつも気になったのはこの場所。外の景色を隠すすりガラス、上品な光沢を放つ漆塗りのテーブル、古びた畳の床に、あの市松模様の座布団にはいつも祖父が――そう、ここは。紛れもなくあたしの田舎。九州にある母方の実家だった。


「……は!?」

「あひゃっ。あ、あの……どうでしょ、少しは落ち着くかな、と思って。用意、したんですが……」

「用意ぇあっ、どもー……あそうだ、あたし、よどみ、鹿子よどみって言います。」

「知ってます……。」


問い詰めようとしたタイミングで紫苑さんがテーブルの上にお茶を置くものだから、なんだかテンポがちぐはぐになってしまって。鼻をくすぐる酸っぱい匂いは……あぁ梅昆布茶。これもよく祖母が出してきたなぁ。


「……ええーと。とりあえず……説明、してくれます?」

「はい……。」


包み込むように湯飲みを持ち上げて、ふっふと三回。

本来ならもっと警戒したり取り乱す場面なのかもしれないけれど、この人の言う通り――確かに田舎の風景とお茶の温かみは心身を落ち着けてくれるもので――ついでに言えば、この紫苑さんの所作ひとつひとつがおどおどと落ち着きなく、なんだか悪い人には思えなかった。


「それじゃあ、話します、ね……えと。よどみさんは、ここに居る理由は……理解、してますか?」

「いやー……何がなんだか。」

「そう、ですか。じゃあ……驚かないで、いえ……なるべく、驚かないで聞いて……ください。」

「あー、はい。」

「――鹿子よどみさん、貴女は……ええ、亡くなられました。」


「ん?」


目を見開く。


「あ――」


なんとなく夢見心地だった意識が、ハッキリと輪郭を取り戻していく


「……うん。」


――けれど、ドラマみたいに湯飲みを落とすなんてことは、無かった。


不思議な感覚だった。

多分、あたしの中のあたしは……そのことをハッキリ覚えていたんだろう。ただ、忘れていた。

悲しくないわけじゃないし、ショッキングな事実に決まっている。実感がないわけじゃない――ただ、なんというか。小学校の頃、学校から帰ってきたら振り替えで塾が入っていた……とか、それくらいの気持ちだった。


「トンネルで、瓦礫に潰されて。」

「……はい。」

「そっかぁ……あぁでも、あんまり痛くなくて良かったな。」


突然地面が揺れて、自転車が横転して――投げ出された身体に、崩れたトンネルの天井が降り注いで即死。

受け身を取って擦りむいた腕や打ち付けた足、思い出したくないくらいには不快な痛みだけれど、覚えているのはそれくらいだ。死ぬ時はもっと苦しいと思っていたから……それは不幸中の幸いなのかも。


「……んじゃあ、ここは死後の世界ってカンジなんだ。」

「はい、そうなります。その……あんまり、取り乱さなくて、助かりました。」

「他の人はもっと?」

「……そう、ですね。あれがしたい、とか……あいつは、大丈夫か……とか。」

「あぁ。」


――あぁ。


「……んまぁ、それはいいや。でぇー……と、これからは、なんだろ。天国とか、地獄とか?」

「あぁ、いえ。私は……そういう、担当では、ないんです。」

「んー……ふむ。」


梅昆布茶一口。そもそも本当に天国と地獄があったのか、とか、担当、とか。なんだか気になるフレーズが出てきたところだけれど……これはもう、突き詰めると本当に果てが無くなりそうだ。なのでここは、本題一本。


「……じゃあえーと、あたしは何処に行くんでしょ。」

「ええ、と……転生、分かります……?」

「テンセイ。転がって生きるやつ?」

「あぁ、はい……。」

「うーん……あれですよね、別人になって生まれ変わるとか、逆に自分のまんまで他の世界に行くー……とか。あ、そう考えると結構フワフワしてますねぇ……んー……どういう?」

「ええ、と。ちょっと……説明、させてもらいますね、えっと、えと……。」


そう言うと紫苑さんは、たどたどしい動きでテーブルの上に雑誌くらいの薄さの本を広げる。

なんだか旅行会社にツアーを紹介されているような構図だった……まぁ、旅行と言えば旅行……なのかな。


「えっと、貴女……よどみさん、には……今までとは違う、世界に、行って欲しいんです。」

「はぁ……それはえーと、元の世界には要らねえぞー!みたいな?」

「……いいえ、逆です。むしろ……必要で、そっちの世界を、救って欲しいと……思っています。」

「ぅえ。」


なんだか本当に、ハリウッド映画であるような展開だ。

紫苑さんがページを捲る。そこには正しく旅行雑誌めいて、何処か知らない風景が広がる――いや、どうだろう。綺麗な緑の平原、花畑、雪原……あ温泉あるんだ。景色を見た限りだけれど、そこまでファンタジックな気配は無いような。とはいえ、日曜夜の旅行番組で見るくらいには綺麗だし、胸は躍るけれど……。


「ん~……えぇと。こういうこと、聞くのは……あんまり良くないかもしれないんですけど。」

「あッ、はい……なんでしょう。」

「……その世界を救ったとして、なんか……あるんです?その……ご褒美ー……とか。」


残念ながら、あたしは映画の主人公みたいに理由のない善意や正義感なんてものはないし、映画を見ていて感動はすれ、そんなストーリーを自分も送りたいと思うタイプでもない。

そういうことで、ぶら下げてくれるニンジンはやっぱり、欲しいのだった。


「えぇ、それは……いくつか。まずは……今の貴女のまま、生きられる……ということです。もしも転生、なさらない、場合は……ええ、天国か地獄か……とにかく、そういう場所を通って、魂を綺麗な状態に戻し……元の世界で、新しい人生を送って、もらいます……えぇと、これが、普通のパターンです。」

「ふむふむ……割と合ってるんですね、あっちの考え方。」

「はい……で、ですね……まぁ、新しい人生ということは……別人になってしまう、わけで。そういう、意味では……鹿子よどみさんが、鹿子よどみさんのまま生きていく……というのは、一つ、メリットかな、とは……。」

「あー……確かに。でもどうなんでしょ、救わなくちゃ……なんですよね?なんかペナルティとか……。」

「いえ……こちらから、頼んでいる立場なので……そういう制約は設けないように、しています。なので……例えば力になれないな、と思ったり……普通に暮らそう、と思っても……大丈夫です。あっ、ただ……逆に、ちゃんと世界を救ってくれた暁には――」

「暁には?」

「――えぇ、元の……世界に、返すことも……出来ます。お好きな時間を選んで頂いて……あぁもちろん、過去だけですが。記憶そのままに、世界に戻ることが出来るんです。」

「……ははぁ。」


言いつつ、最後の方のページを捲る。今度は先程のような射幸心を高めるあざとい作りではなく、業務連絡のようなお堅いページ構成。『転生の条件』と大きな見出しに、『世界を救えると判断した場合』『世界を救ったと判断した場合』と二つの章立てがしてある。


「……どう、でしょうか……ということなので、まずは転生だけ……という風でも、こちらは……。」

「……んんー。」


確かにこうやって聞いていると、なるほど魅力的だし……メリットしかないようにも思う。

今ので条件は出そろったみたいで、紫苑さんは本を閉じて。ようやく話し終わったと達成感でも覚えているのか、肩で息をしている――大変そうだなぁ。


――そんな紫苑さんに、たぶん……更に負担をかけることになると思うから、酷く申し訳ないのだけれど。


「これだけしっかり説明してくださって、申し訳ないんですけど――あの……やっぱり、止めておきます。」

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