8
●瑠奈 手記
今、わたしの瞳にうつる世界は、ぼんやりと、まるで海の底のように揺らいでいた。全てがふわふわとして、まるで現実感がない。
義母をふくめた家族達が、ホールを出ていく。その後ろ姿が遠くなっていく。
そして広いホールには、狼男とわたしとが残された。中央に置かれた祭壇、その上に広げたシーツに横たわっている、わたしの体。狼男の視線を感じる。
その姿、全身を覆う剛毛、真っ赤な目、牙の生えた口。けれど、不思議と恐怖はおぼえなかった。
それはもちろん、例の薬によって、感情を奪われているせいもあるのだろう。けれどそれだけではない気がする。
それはきっと、その瞳のせいかもしれない。間近で見る狼男の瞳には、知性が感じられた。悲しみ、哀れみ、ためらい、そうした感情が浮かんでいるように思える。それは極めて常識的な、人間の瞳だった。
そう、彼はそうした外見をしているものの、怪物などではない、れっきとした人間なのだ。
だとしたら、何を怖れる必要があるだろう。
●朱雀繁著 「我が半生」より
暗闇に沈む室内に、モーターの音が響き渡ると、スタンド・ライトの灯りのもとに、電動車椅子があらわれた。乗っている老人は、手をのばしキャビネット上の葉巻を一本、抜き取ると火をつける。
朱雀家の大老、重蔵。彼は壁際に置かれた柱時計を見つめ、口から白い煙を吐き出した。ため息をつくように。
すでに儀式は始まり、そして終わっている頃だ。
儀式。それは重蔵にとって、遂行しなくてはならない、大切な使命であった。朱雀家のけがれた血を清浄なるものに戻すために。
そのために重蔵は、血も涙もない、冷徹な人間になることを選んだのだ。いく人の女性の体を、心を、傷つけてきたことだろう。歩んできた道のりには、犠牲者が束となって倒れている。後悔しない日はない、今でも安らかに眠ることすらできない。
けれど己の一族のため、これから生まれるであろう子孫達のために、誰かがそれをしなければならなかったのだ。
●浩樹 手記
洋子さんの話は僕にとっておどろくことばかりだった。行方不明とされていた彼女、洋子が、朱雀家の敷地内にある洋館に隠れ住んでいたなんて。しかも例の狼男の妻だという。そしてその狼男は実は、繁という名前の、朱雀家の正当な血を継ぐ、後継者だというのだ。
「どうしてあんな姿に?」
「あれは朱雀家に伝わる、遺伝性の病気なのです。世界でもめずらしいとされる奇病。多毛症といって、成人期になると、男性はあのように、全身が剛毛におおわれて、狼男のような姿になってしまうのです。そのことから、別名狼男症候群とも言われています。根本的な治療法はいまだに見つかっていません」
●インタビュー
浩樹「朱雀家というのは結局……」
薫「ああ、血がつながってはいない。あくまでも公の場に見せるために作られた、偽の家族だ。信者の中で外見のよい、それらしい雰囲気をもった人間が選ばれただけ。特に俺たち息子役の三人は、それに加えて女性を惹きつける魅力も備えていなければならないから、その選考過程はなかなか厳しいものだった。そこから俺は選ばれたんだ。正直自慢したいところだ」
浩樹「どうりで、似ていないはずだ」
薫「だろう。実際、信者同士といえど、血のつながっていない相手と家族として過ごさなきゃならない、ってのは、思った以上に大変だった。特に瑠奈の前でボロを出すわけにはいかない。気のぬけない、ストレスの溜まる日々だったよ」
●あかね 口述
ひっそりとした地下の通路を、周囲に気を配りながら進んでいく。すると前方にアーチ型をした白い大きな扉が見えてきた。
「あの中に瑠奈がいる」
薫さんの言葉にあたしはうなずいた。
しかしドアから中へ入ろうとした瞬間、立ちふさがる人影が。それは薫さんのお母さん、つまり奥様と、その家族だった。
「薫、どうしてここに? それにお前まで!」
あたしを見つけ、キッとまなじりをあげる。その表情はいかにも怖ろしい、まるで鬼のようだ。
「もうこんな儀式、やめさせるんだ!」
薫さんが、興奮気味にそう叫ぶも、奥様は眉ひとつ動かさない。
「何をトチ狂ったことを。ゆるさないわ。みんな捕まえて!」
こちらに向かってくる朱雀家一同に、一瞬ひるんだものの、薫さんは覚悟を決めたのか、立ち向かっていった。しかし、それは無謀な行動だった。向こうは屈強な体格をした男をふくめて、五人いるのだ。華奢な体型の薫さんに何ができるというのだろう。
あたしがやるしかないっ! そう、あたしの父は合気道の師範をしていた。幼少の頃から道場に出入りしていたあたしは、すでに黒帯レベルの実力があるのだ。大の男を倒すことも決して不可能ではない。
「ここはあたしに任せて。薫さんは瑠奈ちゃんをっ!」
そう叫ぶや、えいやっと気合一発。もっとも大柄な男を放り投げた。合気道でいう、入り身投げという技である。相手の向かってくる力を利用して、そのままはね返すので、非力なあたしでも応戦することができるのだ。
意外なあたしの活躍に目をむきながら、「とりあえず、ここはたのむ」そう言い置いて、薫さんはホールへと続く扉に手をかけた。しかしことはそう簡単に運ばない。薫さんに飛びかかってきた、もう一つの影、それは……。
「この野郎っ!」
お兄ちゃん! そうお兄ちゃんだったのだ。
「まて、違うんだ」
「何が違うんだ、この野郎!」
つかみ合いになり、床に転がる二人。
「やめてお兄ちゃん! 薫さんはあたし達の味方よ。瑠奈ちゃんをたすけに来たのっ!」
あたしの絶叫に、二人は争いをやめた。しかし、その時、あたしの方に隙ができていた。
「きゃあっ!」
屈強な男に後ろから、羽交い締めにされてしまったのだ。ものすごい怪力に、もう身動きもできない。こうなっては、合気道の技をかけるのは無理だった。
そしてほどなくして、薫さんとお兄ちゃんも、別の男達に取り押さえられてしまう。
「全くあなた達ときたら、世話を焼かせてくれるわね」
奥様が勝ち誇った顔でつぶやく。
「でももうこれで、おしまい。もうすぐ儀式が終わるわ」
「やめさせてください」
するとまた後方から別の声が。ふりかえると、そこに立っていたのは、そう! あの洋館で見かけた女性。彼女がそこに立っていた。
「洋子さん」
奥様が声をあげる。彼女は洋子という名前らしい。
「お願いです。今すぐに儀式を止めてください。こんないまわしい行いは、繁さんも嫌だと言っています」
「あなたの一存で決められることではありません。これは聖なる儀式なのだから。繁様もそれは十分に承知しておられるはず」
「でも!」
「何と言おうと、もうおそい。儀式はすでに終わっているでしょう」
その言葉にがっくりとうなだれる、お兄ちゃんとそして薫さん。そしてあたしも。もう手遅れだったのか。そうあきらめかけた時だった。ギイイイイッ。重々しい音と共に、ホールの扉が開いた。
「彼らを解放してあげなさい」
「繁様!」
中から出てきたのは、あの、狼男だった。彼が? 彼がその繁という人なの? 困惑するあたし。
扉の前の彼は大騒ぎを演じている、あたし達を見渡し、両手をひろげて落ち着くようにとジェスチャーをした後、口を開いた。
「ずっと前から考えていたんだ。私はもう、やめようと思う」
「えっ、何を?」
狼男こと繁さんの決然とした口調と強い瞳に、辺りに緊張が走る。
「この利己的に過ぎる、儀式を」
「そ、そんな」
とくに奥様は大きいショックを受けた様子だ。
「瑠奈!」
その時、お兄ちゃんが声をあげて、繁さんの後ろに隠れるように立っていた瑠奈ちゃんに駆け寄った。
瑠奈ちゃん!
その顔はぼうっとして、どこか夢を見ているようだ。そう、例のお茶を飲まされているのだろう。
「だいじょうぶか、おい」
瑠奈ちゃんの肩をゆさぶり、お兄ちゃんはひどく狼狽している。
「平気だ。薬の効き目が切れれば、すぐに元どおりになる」
事情を知っている薫さんがそう忠告した。
「瑠奈さんには指一本触れていない。彼女の体は清らかなままだ」
繁さんの言葉に、お兄ちゃんと薫さんは、ほっと安堵の色を顔に浮かべた。
「繁さん」
「洋子!」
一方、繁さんは奥に立つ、洋子さんを見つけると、駆け寄った。
「やっと決心してくれたのね」
「ああ、もう儀式なんていう、こんな馬鹿らしい行いはやめるべきなんだ」
手をとり、見つめ合う二人。
そんななごやかなムードの中で、あわてているのは奥様とその家族だった。
「儀式をやめるなんて、そんなことゆるされるはずがない」
「長老様がお怒りになるぞ」
「そうだ、そうだ」
しかしそんな言葉に繁さんはまるで動じることもない。
「今からその長老、私の父に直接会って、話してくる」
そう言い残すと、洋子さんの手を取って、屋敷へ奥へと歩いていった。
●朱雀繁著 「我が半生」より
屋敷の奥へと進む二人。まっすぐに伸びた廊下に靴音がだけが響き渡る。先ほどまでの喧騒が嘘のように、その周辺は静寂につつまれている。
繁と洋子は、通路の先、突き当りにある大きな扉の前で立ち止まる。一面が漆塗りにされた黒檀の重厚な扉だ。
数回ノックをすると、繁は取っ手をひいた。その先は、まさしく、一部の者をのぞいて、家族ですら容易に立ち入ることのできない、まさしく聖域だった。
「お父様、話があります」
部屋の中央、電動車椅子に座る老人の表情は落ち着いていた。それはここの当主である朱雀重蔵。全く動じることのない、その様子は、息子である繁がこうして異議申しだてに来ることを、あらかじめ承知していたかのようだ。
「はっきり、申し上げます」
「何だ?」
「儀式をとりやめてほしい。もうあんな真似はこりごりです」
にらみ合う父と子。二人の間に異様な緊張が走る。
「しかし繁よ。けがれた血を清浄なものに戻す方法はこれしかない。それはお前にも十分にわかっているはず」
「そこなんです。お父様。僕は疑問に思わずにいられない。どうしてこの姿をそれほどに、自らさげすまねばならないのか。けがれた、などと言わねばならないのか」
「……」
「見てください」
そう言うと、繁は上着をぬぎ、シャツをはだけた。その下から現れたのは、茶褐色の剛毛におおわれて、素肌がまったく見えない、上半身だった。まさしくその姿は狼男だ。
「目をそらさないで、お父様。これがあなたの息子、繁の真の姿なのですから。どうして、いつもあなたは、真実から目を背けようとするのですか?」
繁は血を吐く思いで、一語一句、噛みしめるようにして、言葉を投げつけた。そして手を引いて、妻の洋子をかたわらに寄せると、やさしくその肩に腕を回す。
「私はもう怖れない。自分の真の姿を。恥ずかしいとも、醜いとも、ましてやけがれているなんて思わない。現にこうして、ありのままの僕を受け入れてくれる女性がいる。だからお父様も目をそらせないでほしい。私達のために、関係のない、いく人もの女性を傷つけ、犠牲にするなんて、そんな儀式にもう用はないと気づいてほしい」
この屋敷内において、絶対的な存在である父に向かって、このようにはっきりと意思を伝えることは、繁にとって初めてのことだった。興奮のためにほおが紅潮し、指先が震えているのも、当然だった。
そしてその訴えは、父である重蔵の心にたしかに届いていた。そう、彼の指先もまたかすかに震えていたのだ。
しかし、何も言わない。息子に対する返答は何もない。それは仕方のないことだった。重蔵にとって、この儀式は、その生涯をかけておこなってきたものなのだ。簡単に否定を受けいれられるはずもない。
しばしの沈黙ののちに、重蔵が発した言葉は、一言「うむ」というかすかなつぶやきだった。その短い返答の裏に、深く重いものが確かに込められている。
「今はまだお前の問いに答えを出すことはできん。しばらく考える時間をくれないか。息子よ、そしてその妻よ」
父の重々しいその言葉に、繁は深くうなずいた。父に向け否定の言葉を述べたものの、その苦悩を誰よりも理解しているのは、他ならぬ、その血を受け継いだ繁なのだ。
「行こう」
妻、洋子の手をとって、父の書斎を後にした。
扉の閉まる音。広い書斎に一人、残された重蔵はまぶたをふせる。額に刻まれたいく本もの深いしわが、彼の経てきた苦悩の人生を象徴しているようだ。
息子に指摘されるまでもない。この儀式とやらが、いかに非人道的な試みであるか、そのことは以前からわかっていたことだ。
しかし、かといって、そう簡単にやめるわけにはいかなかった。それを諦めるということは、重蔵にとって、己の八十年近くにおよぶ人生、いや自分だけではない。その父の、祖父の、そのまた以前の、数百年におよぶ、朱雀家の代々の先祖、全てを否定することになるのだから。
しかし今、重蔵は息子の繁の主張を否定することもできずにいた。繁は己の生まれついて背負った、その運命を引き受けたうえで、新たな道を模索しようとしている。
運命を否定し続けてきた、自分をふくむ先祖の者達と、かたや運命を引き受け、そこから光明を見出そうとしている息子と。どちらも重蔵は否定することができなかった。
「母さんや、わしはどうしたらいいのだ?」
壁にかかった、額縁の中の妻の遺影に目を向けて、重蔵はつぶやいた。
気のせいだ。むろん、そうに違いない。けれどその時、重蔵は写真の中の妻が、やさしくほほえみ、うなずいたように見えた。その慈愛にみちたまなざしは、もうこれ以上、一族から渡されたその積荷を背負うことはない。とそう、さとしているように感じられた。
なすがままに。全てはなすがままに。息子には息子の考え、生き方がある。私がそれに口をはさむことはもうできない。新しい次の世代に、ゆずりわたす時が来たのかもしれない。
●瑠奈 手記
わたしは浩樹さんと一緒に、自宅の居間でくつろいでいた。
「事件はこれで解決、ということでいいのかしら?」
「そうさ。瑠奈がもう心配することはないんだ」
浩樹さんの言う通り。あの後、全ては解決に向かって、とんとん調子に進んでいった。朱雀家は公の場でその罪を認め、犠牲となった女性たちに謝罪した。司法にも届け出て、警察が捜索を開始して、一部のテレビでも取り上げられ、話題になった。わたしは解放され、薫さんとの離婚も成立した。
その後も、被害者家族が起訴をうったえ出たり、扇情的な記事が出回ったりと、問題の解決には相当に長い期間が必要になるだろうが、とりあえず、それに向けての第一歩は踏み出されたのだから、まずは良しとするべきなのだろう。
薫さんを始めとした、あの家族と思っていた人達は、実際は血のつながっていない、対外的にそれと思わせるための、いつわりのものだった。実際は、彼らはスザク・コーポレーションの社員、というか信者たちであった。
そう、スザク・コーポレーションの実態は会社というよりは、そもそもの成り立ちから、朱雀一族を教祖とした秘密結社のようなものだったのだ。
しかし、この一件が明るみに出て以来、そうしたカルト集団的側面は急速に解体し、繁さんが実質的に会社のトップに立ってからは、完全に消滅してしまった。
会社は単なる、いち製薬会社という立場にとどまらず、世界中の治療不可能な難病、遺伝疾患をサポート、ケア、研究する世界的コングロマリット企業へと変貌しようとしている。
そのアピールのためもあるのだろう。繁さんはその後、全国放送のテレビにも出演した。
●テレビ番組より
「私はこのような姿をしていますが、れっきとした人間です」
画面に映った繁はスーツを着ているほかは、別にどこを隠すということもなく、剛毛におおわれた顔をあげ、その視線はまっすぐとカメラに向けられていた。多くの視聴者が、テレビの前でその姿に注目している。しかし少しも臆することもなく、堂々とした態度で、繁は口を開いた。
「多毛症と呼ばれる、これは主にヨーロッパに伝わる遺伝性の病気なのです。とくに我が一族の場合、それに加えて他の複数の遺伝性の疾患が混ざり合い、他にない独特な症状を発しています。
私たち一族は代々、この疾患に悩まされてきました。男性にかぎり、成人を迎えたあたりから発症するのです。全身が剛毛におおわれるのと同時に、筋肉がごつごつ隆起しだし、歯の一部がとがってきます。瞳の色が赤く変色する場合もあるのです。
一族はこの奇病を怖れ、また世間からの偏見をのがれるため、病にかかった家族を隔離し、治療法をさぐってきました。朱雀家が、薬を製造するようになったのは、この奇病を治すのがそもそもの始まりでした。
その一方で、周辺の村人達の間で、病気で狼のようになった家人を、異形信仰というのでしょうか、神の再来と考え、教祖に祭り上げる者達があらわれました。それは一種、宗教団体のようになっていき、今のスザク・コーポレーションの基となったのです。
あらゆる薬を製造し、試飲して、一族は研究を繰り返しました。しかしいずれもうまくいきません。しかし最後に一つ、たどりついた治療法がありました。それはとある血液を持つ女性と交わることで、その間に産まれた子供の血を浄化する方法でした。RHマイナスの血を持つ女性です。そのために、そうした女性が集められました」
「その結果は?」
繁と相対する、その局のアナウンサーが、たずねた。
「そのようにして産まれた、いずれの子もまだ三十歳を超えていないので、何とも言えないのですが、血液を検査する限り、今のところ異常は認められていません。治療への光明はまだ残っていると信じています。くわえて他にも新たな治療法をいくつか模索中の状態です。とにかくこれまでは、この病を恥と怖れ、身を隠し、隠蔽した環境で、すべてをおこなっていました。その結果、多くの女性を傷つけるようなことになってしまったのです。それについては、いくら謝罪の言葉を述べても足りないでしょう。私達はそれを反省し、以後、オープンな状態で、研究を進めることにしました。国の内外を問わず、社外の人達とも交流し、情報を共有しあい、研究に取り組んでいくつもりです」
朱雀繁はもう一度、改まってカメラの前に視線を向けると、言った。
「もう一度言わせてください。僕はこのような姿をしていますが、れっきとした人間なのです。決してけがれた、恥ずべき存在ではない。今後もこの病気と戦っていくつもりです」
そして一礼した。
●浩樹 手記
こうして事件はとりあえずの収束をみた。時に焦燥にかられ、絶望と向き合い、身の危険を感じながら、過ごした一連の出来事。
瑠奈が無事にもどってきたからこそ言えるのだが、終わってみれば、スリリングで、かつてないほどにエキサイティングな日々だった。こんな体験をすることは、もうないだろう。
記録としてまとめておいた方がいいのかもしれない。資料としても貴重なものになるにちがいない。そんな風に考え初めて、僕は、瑠奈やあかねちゃんを始め、周囲の人のたすけをかりて、当時の日誌、ブログ、録音、録画、手紙などをかき集め、あとからインタビューをしたりなどして、時系列に並べて、まとめ、一冊の本にすることにした。
最後に、この本を世間に発表する許可を取るために、朱雀家を来訪した時のことを記して文章を終えたいと思う。
その日、訪ねた僕を、朱雀繁氏は、妻の洋子さんと、一人息子のガルくんとで迎えてくれた。
ひっそりと身をかくすように過ごしていた、離れの洋館を出て、今一家は本邸の方へ住まいをうつしていた。
さっそく本のことを話すと、一族に伝わるこの病気のことを、多くの人に知ってもらいたいと、即座に了承してくれた。そして繁さんも自身の半生をつづった自伝を、洋子さんも朱雀家に嫁いできてからのことを、それぞれ本にするため、執筆している最中だという。
それにしても、かつて屋敷内に漂っていた、怪しい威圧的な空気は一掃されて、明るくカラッとしていることにおどろいた。それは隠すべき謎が、もうなくなったこともあるだろうし、またお二人の子供、ガル君の存在も大きいのだろう。両親の見守る中、無邪気にはしゃぎ、駆け回るガル君。その一家団欒の様子に、思わず僕もほほえまずにいられない。
そう、外見など関係ないのだ。心に信念と愛をもっていれば、そこに幸せを築くことはできる。そのことを伝えるだけでも、この本を作ることの意味はあると信じたい。その思いを強くして、僕は朱雀家の屋敷を後にしたのだった。
END