第七十話・決断
土田政久の娘を俺の側室にか……。俺は今まで雪以外を嫁にしようとは思わなかった。何しろ俺の価値観の根底にあるのは現代のものだ。嫁以外の女性とそういう関係になるのは浮気だ。だから家臣たちからもやんわりと勧められていたが全て断わってきた。
妊娠後は特にそうだ。今俺たちの子供をお腹の中で育ててくれているのにそんな事が出来るわけがないしする気もない。きっとこれからも俺はその気持ちが変わる事は無いだろう。
「殿、いかがなさいますか?」
「……少し、考えさせてくれ」
道安の言葉に俺はそう答えるしかなかった。土田政久が動員できる兵は五百ほどだろう。それくらいなら美濃攻めの対局が大きく変わる事はない。ただし、東側からも攻撃を受けた稲葉山城は混乱するだろうし土田政久が斎藤家について兵が増える事を阻止できる。それにこれがきっかけでこちらに寝返る者もいるかもしれない。斎藤利政は下剋上で美濃を手に入れた。しかし、その過激な方針から嫌われているのも事実。これを機に斎藤利政を潰そうとする者が出てきてもおかしくはない。
だからと言って納得できる物でもないがな。俺は会議を一旦終わらせると部屋を出て雪のいる部屋に向かう。妊娠したと分かってからはあまり無茶をさせないように安静にさせていたからな。
予想通り雪は部屋にいた。編み物をしていた様で俺を見て少し驚いていた。
「三郎様? 一体どうされたのですか?」
「少し、雪の顔を見たくなってな」
俺はそう言って雪の隣に座る。雪も何かを察してくれたようで何も言わずに隣にいてくれる。……側室を持つ事を雪はどう思うのだろうか?戦国時代の女性らしく受け入れるのだろうか?それとも俺を軽蔑するだろうか?もしかしたら泣かれてしまうかもしれない。
とは言え何時までも黙っているわけにはいかない。斎藤利政が北西に向かった以上朝倉家との決着がつく前に攻めないといけない。このままでは機を逃してしまう。俺は意を決して雪に言った。
「雪、お前は俺が側室を持つと言ったら、どうする?」
「……そうですね」
雪は手を止めて少し考えるそぶりをする。少しして雪はこう言った。
「もしかしたら妬いちゃうかもしれません。その方が誰かは分かりませんが三郎様とその方が仲良くしているのを想像するだけで悲しくなります」
「そうか……」
「ですが、私は三郎様と共にいると決めています。三郎様の考えに私は従います。だから、三郎様は最善と思う行動をとってください。例え誰もが反対したとしても私は、私だけは理解者で居続けます」
「……雪、お前には助けられてばかりだな」
「ふふ、三郎様の正室ですから当然です」
雪の言葉に俺は笑みを浮かべる。俺だけでは決められなかった部分を雪が押してくれた。おかげで俺は決意を持って答えられる。同時に、雪を見捨てる事も手放す事も出来なくなりそうだ。何時までも、傍にいて欲しい。そんな感情で溢れてくる。
俺は雪の太ももに頭を乗せる。所謂膝枕という奴だ。雪は抵抗する事無く受け入れて俺の頭を撫でてくれる。
「雪、すまないが暫くこうしていても良いか?」
「ふふ、このくらいならいつでもいいですよ」
俺は雪の太ももの柔らかさと温かさ、そして間近に感じる我が子の鼓動を感じ取りながら穏やかな時間を過ごした。
『織田弾正忠信秀である。貴殿の要望を受け入れよう。ただし、貴殿の娘を側室に迎え入れるのは美濃攻め完了後だ。そして、貴殿の活躍次第でもある事を理解してもらおう』
信秀が土田政久に送った手紙の一文にはこのような言葉が書かれていたという。




