あなたが眠りにつく前に ~追想~
「…………」
あいつに呼ばれたような気がして、目が覚めた。
――あいつ?
そう、あいつだ。
俺を起こしに来るようなやつなんて、一人しかいない。
だから、周りを見回して落胆した。
誰もいない。
当たり前だ。
あいつは、死んだ。
言っていたではないか。一万年も経ったら骨すら残らない、と。
外へ出る。
見下ろした世界では、相変わらず人間達がひしめいていて。
でも。
この中に、もうあいつはいない。
ただそれだけのことで、それが、無性に哀しかった。
「……ほらな」
自嘲が漏れる。
「だから言っただろ。忘れられるわけがないって」
こんなにも鮮明に覚えている。
怒った顔。
怒鳴った顔。
照れた顔。
笑った顔。
最後にみせた、泣き笑い。
それだけじゃない。
小さな仕草の、そのひとつひとつだって覚えている。
あいつは怒ると、拳を握りしめた。
あいつは照れると、腕を後ろに組んで俯いた。
得意になると、腕を組んで胸をはった。
自分語りをするときには、胸に手をあてていた。
こんなにも鮮明に、覚えている。
ちゃんと、覚えている。
「だから、安心しろよ。忘れたりなんか、しないから」
あいつのいない世界で、俺はこれからも生きていく。
顔を上げる。
時刻は、夕暮れ。
世界を朱に染める太陽が、ゆっくりと沈んでいく。
そして代わりに、世界を照らすのは。
「……ああ、なんだ」
涙が零れた。
「そんなところに、お前はいたのか」
目の前にあったのは、黄昏に浮かぶ、きれいな真円。
夕日を受けて、朱く染まる――
「おはよう、夕月」