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この世知辛い世界で。

作者: 小林寧々




死ぬほど準備した、ちゃんと百円均一じゃなく、ホームセンターでお高めのグッズをそろえた。


部屋も完璧だ。木造アパートから完全防音付きの部屋に引っ越した。仕事場からはかなり遠いし、家賃だって都心から離れた1LDKなのにめちゃめちゃ高い。でも一応マンションの十二階だから、逃げられる心配もない。監視カメラも至る所に仕掛けた。トイレや風呂の排気口ですら完璧だ。

皇室御用達のベットとか、アンティーク調の家具とか。小さいながらもきれいな部屋だと思う。


御年三十五歳。営業職のサラリーマン。彼女いない歴約十五年。大学でも結局彼女は出来たがそこまで進展せず、就職してからはブラック企業並みに仕事仕事仕事の毎日。出会いなんてなかった。

使うところもなく、金は一応それなりに貯金がある。頑張った。今や達成感でいっぱいだが、まだまだ。これからが本番だ。





本日、俺は女性を誘拐する。





もう三十歳童貞をとっくに乗り越えた、魔法使いになった俺にこわいものなんて何もない。


風俗やキャバクラに夢を見たことはない。俺は、処女の清らかな女の子(できれば黒髪ロング体重45kg程の可愛い女の子更には20代)を抱きたいのだ。

分かっている。これが重大な犯罪だってことはわかっている。そんな子絶滅危惧種であることもわかっている。警察様に捕らえられれば俺のこれからの人生は何もなくなる。積み上げてきたキャリアもなにもかも水の泡だ。親も泣くだろう。少ない友達は皆離れていくだろう。

だがしかし、俺はこのまま人生を過ごせば、その先には童貞魔法使いのままの死しか待っていないのだ。



行動を起こさなければ何も始まらない。ボーイズビーアンビシャス、少年よ大志を抱け。



もう少年なんて歳ではなくなったが、俺は大志を抱くことにした。営業の仕事で休みなくほぼ毎日を過ごし、癒しがない生活の中で大量に我が家にある清純系AVが唯一の宝であり癒しだなんて惨めな生活はもう嫌なのだ。一瞬の奇跡にこの人生を捧げたいと思うほどに今の生活は自分の中でそりゃあもう惨めな生活なのだ。


友達は数名いるが、もういつの間にかみんな結婚やらなにやらで連絡を取らなくなった。職場にも望みはかけられない。これからもっとその望みが薄くなるだろう。その前に俺は男になりたい。





「あの、わたし、できれば同意の上でセックスしたいんですけど」


「…………え?」


「縛られて、こんなミラー張りの車に乗せられているってことはやっぱり誘拐ですよね?

わたし、誘拐はいいんですけどSMの趣味とかないので、双方合意の上でいい結論を出しませんか?大丈夫です、私もアラサーで、処女で危機感感じてたので。多分、あなたにとっても良い結末になるんじゃないでしょうか?」



夜中、歩いていた華奢な黒髪の女性を車に無理やり連れ込み、手足を縛った。車にロックをかけ、猿轡をしようとした瞬間だ。彼女が言葉を発したのは。

怯えている様子はない。本当に飄々と、彼女は言った。



「あまり暗がりであなたのお顔は見えないんですけど、もしわたしが逃げるんじゃないかと不安ならこのまま縛って頂いていて結構です。

もし車内でセックスするつもりなら縛らないでしょうし、今回一人での犯行ですよね?ここ、最近有名だったんです。不審な車が夜中ウロウロしてるって。輪姦だったらそれはそれでいいかなって思ってたんです。でも一人ならこうやって交渉しようかなって。警察の巡回も厳しくなってるみたいですし、とりあえずはお家に連れて行っていただけないでしょうか?」



確かに、ここ最近どんな子が誘拐しやすいのかと車でウロウロしていた。

存外俺は爪が甘すぎたらしい。



「わたし、咲っていうんですけど、あなたのお名前は?」

「あ、小早川恭平と申します。」



丁寧に名前を名乗る彼女に対して俺もつい丁寧にお辞儀をして名前を名乗る。

…って俺馬鹿!?馬鹿だ!!詰めが甘いうえに本名をつい名乗ってしまった!!そしていつもの癖で名刺すら差し出そうとしてしまった!!営業職の職業病がこんなところで発病するとは思わなかったのだ。15年間の代償は自分が思っていたより大きかった。




「では、小早川さん。私を思う存分誘拐してください」




車の暗がりの中、目が慣れてきたのか、やけに鮮明に見える縛られた女性は、どこか甘ったるい声でふんわりと綺麗に笑いながらそう言った。






あれ?この展開は俺はどうしたらいいんだろう?










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― 新着の感想 ―
[良い点] え、なにこれこわい。いい意味で。 まさか、誘拐された女性、そんな対応するのね。 [一言] どう見ても据え膳です。いただきます、でいいんじゃね? まあ、後のことは考えてはいけない。
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