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誘蛾灯の傍で  作者: 蒼井白
9/9

ヒント


いったいどれだけの間それを見ていたのだろうか。広場に来たのはついさっきであるが、その一瞬、石台の上の衝撃はアルにそれほどまでの感情を抱かせた。


芸術作品、そう言われても過言ではない様な美しさ、そして命を感じさせるような神秘的な輝きがそこにはあった。


ただ人工的に作り上げられただけの建造物にはその偉大さは発揮できないだろう。


中央広場の中心にある法の刻まれた石台の上にはその場にいるものを圧倒し、感動と沈黙を与えるほどの存在感を放つ結晶の像が君臨していた。


幾重にも絡まり合い、小さな竜巻を擬人化させたような見た目。継ぎ目のようになっている部分は人間の指と指が繋がれたようにも見える。


互いに離れようとしているのか、もしくは離れそうになるのを必死で拒んでいるのか分からないまま時が止まってしまった。そう感じさせる見た目は、紛れ用もない「生命」が内在することを明らかにしていた。


細かな装飾など必要ない。見られる特徴ひとつひとつが脳の中に浸透し、その全てが美に還元される。


何とも美しい光景だった。


だが、それらの情報はアルの心の内を例えようもない不快感でいっぱいにする。


血液の循環が速まり、体が熱くなる。興奮ではない。現実味を帯びた恐怖だ。すぐそこに現れた死の香りがアルを包み込む。絶句せざるを得ない状況に軽々と屈している自分に、もはや腹も立たない。


いつの間にか右手の袖が引かれていたことに気がついた。


自分より小さな身長、目深にかぶったフード姿のそいつはこれまでも同じようにして自分を励まし新たな出来事へ推し進めてきた。またもや、停滞を許さないつもりか。


そう思い、目の前の光景から彼女へ意識をずらした。


だがすぐ隣に見知った彼女の姿はなかった。掴まれていた袖から腕を伝い彼女へ視線を移動させる。


自分のわずか斜め後ろ、灯は、アルを壁にした状態で先程までアルが釘付けになっていた"芸術作品"に目を奪われ、微動打にしていなかった。


いや、確実には震えているのだ。


右手首をつかむ小さな手から彼女の感情が伝わってくる。


目は見開かれ、口はわなわなとかすかに動いて何かを言おうとしているが、声が出ない。袖を掴んでいるはずのアルにすらほとんど意識が向けられていなかった。


袖をつかむ力が徐々に強くなる。それはこれまでのような、自分を導くものではなく、何か強い力に身体が流されてしまわないように必死になっているように見えた。


「なぁ、おい、あんた……大丈夫か?」


声をかけたが今の自分にこれ以上踏み込んでかけられる言葉は見つからない。彼女は自分の母親を同じように失っているのだ。吸血鬼病の被害にあっていない自分の声など気休めにもならないだろう。


だが、彼女のその姿はあまりにも見ていられなかった。


彼女のアル越しに見えるわずかな視界を塞ぐようにしながら振り返り、その震える両肩に手をかける。


「おい」


「…………」


アルに塞がれたにも関わらず、彼女の視線は動かない。


「おい、しっかりしろ」


「…………」


「灯!」


彼女だけに聞こえるように、声を絞ったが、それでも広場の何人かが気づいたらしい。


石台のうえの光景に釘付けだった二、三人が思い出したかのようにこちらを見た。


以前、灯は無言のままだったが、アルに気づいたらしく顔を上げ目を合わせていた。元から肌は白いほうだと思っていたが、こうして真正面から見つめるとより白さが際立って見えた。


「おい、そいつ、大丈夫か?」


周りにいた視線を解放された若い男に声をかけられた。

ヒゲを生やした、アルより少し年上と言ったところだろうか。何らかの職人を思わせる格好をしている。


「ああ、遠方から来た知り合いなんだ。こういうのを見るのが初めてだったらしくて、ちょっとな」


「あぁ、いや、そうか。なら、いいんだけどな。気をつけろよ。」


動揺と安心が半分ずつ入り交じったような歯切れの悪い言葉だった。


こいつはどこまで知っているのだろうか。


灯に引っ張られここまで来た自分は、灯を抜かしておそらくこの広場で最も情報を持っている人間だろう。


ただ、自分が吸血鬼病について興味を持ったのがレオノーラの持ち出した噂である以上、もはやこの街全体に広がっていると言っていいことも事実だ。


これ以上妙なこじれを生んで新たな噂を広めてはならない。そのためにもまず灯を落ちつかせる、それが自分のすべきことだろう。


ヒゲの男の方に体を向ける。


置いていかれると思ったのか、灯はアルの背中の当たりをつかんだ。


「あの像は誰が作ったんだ?俺はこれでも宝石屋で働いているんだが、あそこまで綺麗な石を一度に用意するのは、この街じゃあ難しいと思うんだ」


注意をそらすために言ったことだが、噂の具合も知りたかった。


「え?あぁ、さあな……。記念日かなにかの準備じゃないか?ほら、爺さん方が作らせたなら、法律は関係ないだろ?」


胡散臭さがにじみ出る台詞だ。

シラを切る気かと思ったが、そうではない事はすぐに分かった。


直後、一歩分アルに距離をつめ、違和感のない風を装って耳元でささやく。


「信じられないかも知れないが、なんでも、原因不明の病気らしいぜ?身体が石になるだとかで」


背中の灯が反応したような気がした。

まさか?と反応を返す。


「根も葉もない話だがな。まぁ、あんたらも不用意に関わらないこったな。特にそっちのフード、外から来たんだろ?変なことに巻き込まれないうちに街から出した方がいいぜ」


返事を返す前に彼は灯を一瞥いちべつして、アルから離れた。


話の続きをしても良かったが、周りの注意を引くのも困る。彼なりに配慮しての距離だったのだろう。というか、触らぬ神に祟りなしの精神だったのだろうが。


触らぬ、と言っても、その職人風の男はアルから離れてなおすぐに石台の上に目を戻していた。無視できないほどの魅力を持つ意味では、こうして視線を奪われている時点でもはや病気にかかっている、と言ってもいいくらいだ。


「……アルさん」


ふいに背中から声が聞こえた。


「大丈夫か?」


「はい、ありがとうございます」


大丈夫、と言っている割に背中のあたりの服をつかむ力は以前弱まってはいない。


「どうする?もっとあれに近寄るか?」


「……はい」


酷ではあるが、現状、本物の人間の結晶が見たことのあるものは灯しかいない。どういった原理で見分けているかは分からないが、灯はうちの店のショーケースに並んでいる宝石を吸血鬼病によるもので無いと見分けた。


たとえそれがはったりであったとしても、この街に来た目的が吸血鬼病である以上、近くで見ない理由にはならないだろう。


そう判断し、目の前の結晶に近づく。地面に敷かれた石畳を踏む音が周りの建物に反響して聞こえてくるほど、嫌に静かだった。


人1人近づいたところでなんら問題は無いのだ。


あれは街の権力者が用意した街の存続を祝うための彫刻。噂がどう流れていようが街の住人は各々の頭の中に作り上げた最も平和な可能性を望むしかない。


逃げている、と言われたらその通りなのだろうが、そもそもこの街の中に逃げ場所など存在しない。あるとすればそこにはおそらく今回の騒動の原因が潜んでいるはずだ。


直に権力者たちがこの広場に姿を現す。それが良い結果と悪い結果どちらを告げるのかまでは分からないし、それで全てが解決するかもしれないが、それでも結晶を近くで見ておく事は自分たちの義務のように感じた。


彼らが来る前に手短に済まそう。

半ば早歩きで結晶に近づく。そのすぐ後ろに灯が続く。


周りの者達の複数人は、見とれて身動きが取れていなかったが、それとは別にかなり近くまで寄ってその姿を細かに確認している者もいた。


手を触れようとしているものがいなかったあたり、やはり噂を気にしているのだろう。


確かレオノーラや灯の話では感染者を愛することが結晶化の条件だったが、そもそも医学の世界に愛という実態のないものが関係するとは思えない。


それらの全てが嘘偽りで本当は接触感染という可能性もある。


まぁ、自分が固くなっていないあたり空気感染ではないと思うが、遅効性だった場合はどうしよう、と思わなくもない。


確たる証拠も何も無いため近づくこと自体怖いのは事実だが、現状、近づかなければわからないことの方が多いためしょうがないだろう。


石台のすぐ側まで近づく。

既に側で観察をしていた者が、ちらちらと自分たちを見ていたが、すぐに興味がなくなったようにもう一度結晶に目線を移した。


「…………三人、でしょうか」


背中から聞きなれた声が聞こえた。


三人。


結晶となった人の人数のことだろう。


その迫力はかなりのものだった。後ろのやつは慣れてきたのか言葉を失うという事態にはならなかったらしい。アルを壁にしたままではあるが、灯はその目にしっかりと結晶を捉えていた。


さすがに触れるのは躊躇わられるので1mほど距離を置き、改めてその姿を見る。

見るからに不気味である姿形なのに心のどこかで美しいと感じてしまう。


あまり長々と見たくはないがそういうわけにはいかない。そう感じつつも結晶の細部までを見渡す。


布生地の様なものがところどころからはみ出ている。


「これは……」

「おそらく服でしょうね。手がかりになるかもしれません」


声音から真剣さが伝わってくる。彼女は慣れていない様子ではあるが、結晶からわずか30cm程まで顔を近づけて、はみ出ている服の装飾を確かめていた。


いつの間にか背中から出て、率先して行動をし始めたことに驚き、声をかける。


「いつもの感じに戻ったな」


すると、何かに気がついたようにあっ、と呟くと振り返り、


「さっきはありがとうございました。ちょっと取り乱しました」


「いや、いい。それより、その結晶のやつが着てる服」


感謝などお構い無しに話を進めていくアルに戸惑うが、アルの言葉が気になったのか、服?と小さく呟き、アルの視線の先を確かめる。


「えっ、ええっと……お金持ちではない人、でしょうか」


茶色がかった生地のところどころに汚れがうかがわれる。


「確かに、ボロいからそう思うのも不思議じゃないが、結晶化した後に誰かが汚すこともできる」


結晶の仲の服が汚れているかどうか、結晶を砕いてみれば分かるかもしれない。が、結晶状態から治す術があるなら、それはしない方がいいだろうか。


「というか、この街に金持ちはいない。いるとしても一人か二人だからいなくなった事くらいすぐにわかる」


「あ!それもそうですね」


「それより、おかしな事がある」


「おかしなこと……」


結晶の一部分を指さす。


「あっ、長袖」


「ああ、そうだよ。今の時期はまだ十分気温は暑い。なのにわざわざ長袖を着るなんておかしい」


「確かに、暑いのに長袖なんて、変ですね」


「頭からフードかぶって、肌の露出がほとんど無いやつに言われたくはないだろうけどな」


「それ、私のことですか?」


「他に誰がいるんだよ」


ほかに手がかりがないかと探しながらの会話のおかげで後半は適当に答えてしまった。何を喋ったのかあまり気にしていなかったが、灯は目の前の結晶ではなくアルの方をジト目で見つめていることから何となく察した。


「俺を見ても手がかりは得られないぞ」


「なら、からかうのやめてくださいよ」


ぷーっと膨らんだ彼女の頬はフードでは隠しきれない。ならその邪魔そうなフードを取ればいいのでは?と心の中で思ったが、結晶の前で騒いで目立ちたくなかったのでやめた。


灯もそれを理解してくれたらしく、もう一度結晶に体を向けた。


いや、理解したわけじゃないらしかった。たんに諦めただけだと気づいたのは、灯がため息交じりにちらちらとこちらを睨んでいたからだ。


やりすぎたか?と思い、そこで灯が旅人だったことを思い出した。


レストルは非戦争領域であるため、そうした危険ごとから逃れるために街に来る者があとを絶たない。そうでなくても、街から街への旅の中継地として物資の補給に来る者もいるのだ。生まれてこのかた街から出たことはないため、知り合いは多いほうだが、時期によっては、街の中が本当に知らない者達だけで埋め尽くされているように感じる。


そういった人間と関わる際、特に気をつけるべきは宗教だ。


共通の服装や仕草によって、課せられた禁止事項が見た目で理解できるほど有名なものなら簡単だが、村や集落単位で信仰しているものまでは流石にわからない。


過去に、昼間は口を開いてはならないとかいうものと遭遇したことがある。文字を書き記しての会話も禁止事項の一部だったため相当戸惑ったのを覚えている。父も父で面倒だとわかった瞬間に丸投げしてくるのが日常なのでそういう事柄に巻き込まれやすかったせいもあるだろうが。


結局日が沈むまでその人の無言に右往左往していたわけで、その時に何とか話し合いができたが、あの時ほど割に合わないなと思った仕事はなかったと、今でも思う。

いっその事、宗教のことを勉強しようかと思ったまでだが、宝石店が宗教を学びだしたらそれはそれで笑いものだろう。


灯からは、宗教を持つ者の独特の雰囲気が感じられなかったから気にしてはいなかったが。配慮するべきだろうか。こんな見た目でも旅人なのだ。配慮しない理由はないが、ふむ。


そうこう考えながら、灯を見るが足元まで長いコートとフードのせいで、彼女が猫背であることくらいしか分からなかった。

今ここで姿勢の悪さを指摘したら今度こそ本当に起こってきそうだ。


想像して何となく面白くなった。


ふと、そこで灯と結晶越しに向こう側、中央広場の入口に姿を現した人影が目に映った。


「あれは……」


白髪混じりの頭で、長身のその男はなんでもない顔でゆっくりと広場の中心にあるその結晶に歩みを進めている。付近にいる野次馬がその存在に気づくと続々と道をあけていく。


間違いなかった。


「灯。そいつの服、袖のところを少し破れ」


周りに聞こえないように低い声で内容を灯に伝えると、驚いた表情を向けた。

「なっ、いいんですか!?」


「しーっ、声の大きさに気をつけろ。……少しでいい。元からボロの服なんだ。破ったらそのままその外套のしたに隠しておけ。」


結晶越しのおかげで身長の低い灯は向こうからは見えない。おまけに広場にいる人の視線はすべてその男に集められている。

絶好のチャンスだ。


「怒られても知りませんよ!」

「大丈夫だ、バレてもシラを切るから」

「えっ、ちょっと、ほんとに知りませんよ!」


そこで、灯の手を取り、急いで石台の近くから離れ、近くの人だかりに紛れ込む。ちゃんと破れたか確認してなかったが、もしそうなっても仕方ない。


「お騒がせしてすまない、みなさん」


人生の深さを感じさせるような、芯の強い声が広場に響き渡る。広場の形が相まって、心臓を掴まれるような空気の振動を感じた。


話していることは穏やかなのに、罵声を浴びせられている気分だ。


「あの人は?」

背中に隠した灯が、突然何があったのかと言いたげに上目遣いをしている。


「あれは、アドルフ・ギルマン………この街の代表。中央会議の最大権力者だ」




色々といじっていたら

Twitterにログインできなくなりました。

そこまで積極的に宣伝活動をしていた訳ではないので、いいかなぁ、と思っていたのですが。フォローしている方がいたら外していただいて構わないです。

もう一度ログインできる兆しはないかと……


作品自体はこれからもひっそりと投稿していきます。

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