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誘蛾灯の傍で  作者: 蒼井白
8/9

煉瓦の家

結構遅れましたね。


春に比べて忙しさが増してきました。


できるだけ今のペースより遅くならないように心がけます。


「……ここ、か?」

「そうです。おしゃれなお店でしょ?」


灯に手を引かれついた店は昨日の夜に見たレンガづくりの立派な家だった。ひとつひとつが鮮やかな赤を際立たせていて、ほとんど汚れが見当たらなかった。新築だとは珍しい。


「……飲食店だったのか」


それにしても昨日はなぜ気になったのか。灯に連れられたことも考慮すると何か嫌な予感がする。


と、思っていたが、その考えは隣で再びフードをかぶったまま腰を曲げたりかがめたりしながら店を眺めていた灯の一言により壊された。


「名前は……ブーケ・ド・レオノーラ?ですかね。やってるんでしょうか?」


思い出した。


と思ったのもつかの間、換気のためか半分ほど空いていたドアが勢いよく開き、聞きなれた大きな声がとんできた。


「おっ!いらっしゃいませっ!ブーケ・ド・レオノーラへようこそー!」


どちらにせよ嫌な予感は当たっていたようだ。


隣では灯が年不相応にはしゃぎ出していた。


「あっほら!アルさん、お店、やってましたよ!」


「やっほー、アル。待ってたよっ!ずいぶん早いんだね……えっと、そちらの方は……?」


ふたりが同時にリアクションをしたためか、単純に片方の声が大きいだけなのか、うまく聞き取ることが出来なかった。



「大事なお客さんだ。とりあえず中入れてくれ」


「……いらっしゃいませ」


「なんだよ。落ち着いたらまたちゃんと来るよ。飯も食べる」


「んー、まぁ、仕事じゃしょうがないよ。今度来た時はうちのメニュー全部食べてもらうからね!」


そういいながらドアを開け、店の中に歩いていった。それについていく形で店に入ったが後ろでドアの閉じる音が少し遅れて聞こえた。


できれば人に聞かれたくない話なので客と離れた席に座りたいと思っていたが、そこでみた店の風景に、客と言えるような人はまったく見つけられなかった


「見ての通りよ。お客さんぜーんぜん入らないの」


レオノーラが持っていた板を人の座っていないテーブルの上に置いた。伝票のようなものが挟んであるが、下半分には文字が書かれていなかった。ちょこちょこと上隅に黒が見えたため、おそらく最初はそこそこ繁盛していたのだろう。

噂も広まればここまで影響があるのか、とつくづく思い知らされる。


「そりゃあさ、出入りを控えるように言われたんだからしょうがないと言えばしょうがないんだけど」


「やっぱり、なにか報せ(しらせ)がでてるのか?」


「ん?アルも聞いたでしょ?なんだか、流行りの伝染病が来ているから人との接触はできるだけ控えるようにって、会議で。お父さんが言ってたの。もう何人か寝込んでる人もいるみたいで……」


そんな伝染病の最中に呼ばれるとは、何たる不運なのだろう。


彼女は、伝票を置いた席とは別の丸テーブルの席を引き、灯を見た。少しの間を置いて灯は自分に向けて引いてくれたものだと気づくと、ペコリとお辞儀をした後、静かに席に着く。それを確認してからアルもその正面に座った。


「いいや、来てない。というか、店主は最近家にいないからな。うちだけ知らなかったのか」


出入り禁止令、とは言わないまでも勘は当たっていたらしい。


あそこまで人が歩いていないのに気づかないのがおかしいだろう。


だが、それにしてはおかしい。


「そこで怪しくてな。さっき中央広場に行ってみたんだ。誰もいなかったよ。こんなことあるのか?」


目の前で居場所を失ってうつむいていた灯が、不意に顔を上げアルを見た。


「えっ?誰もいなかったの?……てことは今日の会議は無くなったってことかな」


不思議そうにしている灯を放っておくのも可哀想なので、説明を加えた。


「あそこは会議が行われる場所だってさっき説明しただろ?そこで話し合うのはそれぞれの家の代表者だ。でも1度に全員を呼ぶのは面倒だからってことで、毎日地区ごとに集められる人が変わるんだ。つまり、本来はこの時間も会議が行われていなければならない。この街じゃ、どんな災害よりも法の尊重と話し合いが優先されるんだ」


毎日毎日話し声が流れるせいで騒音被害が尋常じゃないが、それでも政治好きのやつなんかはよく中央広場の周りに住んでいる。

よくもまぁ、頭がおかしくならないものだ。


「だからさっきあんたを連れてあそこに行ったのは会議の様子を見るためだったんだが、な……」


店に入って以来初めて灯が口を開いた。

「会議に来なければならない人たちに何かあったとか、ですか?」


「どうだかな。全員に何かあるっていうよりは、会議自体が中止になったか……あるいは街の上層部に何かあったか。例えば、今人気の盗賊がとうとうお偉いさんを襲い始めたとか」


そこから少しの沈黙がはじまったが、それを振り払うようにレオノーラが両手を合わせ、口を開く。


「まぁ、ここで考えたって仕方ないわよ!あんたたち、こんなに立派なレストランにいるんだから、なにか注文したら?」


壁にかかっている、メニューの書かれた大きな板を指さして自慢げに振る舞う彼女に目の前の灯が微笑んだ。


「そうですよ!アルさん、私お腹空きました。……名乗るのが遅れました。私、月宮 灯と言います。はじめまして!実はこのお店前から気になっていて━━━」


互いに自己紹介を始める彼女達を見ながら、どうしても自分には会議の中止理由のことが頭から離れなかった。


出入りに対して完全に禁止している訳では無いならたとえ誰かが欠員したとしても代わりを呼べばいいだけの話だ。会議をしない理由にならない。上層部が人を集めたくない理由があるはずだ。様子を見に行く価値がある。


腕まくりをしたレオノーラがキッチンに向かい、食材の準備を行っていた。


「それにしても、いつ建て替えたんだ?」


灯がそれを聞いて何度か頷いていた。


「つい何日か前くらい、ほんとに最近よー!アルったら全然うちに食べにこないからさー。ま、場所は変わってないんだし、おぼえててくれて嬉しいわ!」


なんだか複雑な気分になったが、正面に座っていたせいか灯には察せられたらしい。

小さな声で尋ねる。


「お知り合いなんですよね?元から約束していたのでしたら、ごめんなさい。私、少しお邪魔ですよね」


「いや、大丈夫。むしろ助かった」


灯がいなければここに来ることさえできなかっただろう。


普段めったに来ないため場所すら曖昧な上に、外装まで変わったのだからもはや来れるはずがない。

だが、おしゃれな見た目、になったことから灯の関心を引きつけることが出来たのだから、その偶然には感謝だ。


水や野菜のきられる音が広い店内に響き渡る。


レストラン、というだけあって自分の周りには他にも大小様々なテーブルがあり、それぞれにいかにも高級そうななテーブルクロスがひかれていた。


どれもこれも綺麗にされているだけに、客が2人だけというのは、うまく言い表せない違和感があった。


「その……伝染病って、吸血鬼病のことなのでしょうか」


灯が先ほどの自身のなさとは打って変わって、真剣な面持ちで言った。


「あんたの話や街の噂が本当なら、そいつらが寝込んでいる、というのはおかしいだろう?身体が硬直して宝石のようになる。そういうことじゃないのか」


「それも、そうですが……そうですね」


「どうかしたのか?この店に入ってから、少しおかしいぞ」


「それは!……お店の方がアルさんのお友達だって聞いてなかったからです。それに女性の方なんて、なんだか変な気分です」


「なんだよそれ、あんたはうちのお客なんだから堂々としてればいいだろ」


「それはそうなんですけど、お気に入りのお店にして通うつもりだったんです!でも、店員さんが知り合いだとなんだか気を使っちゃうじゃないですか」


女の考えはわからないことがあるが、たまに、同じ人間なのかわからなくなることもある。宝石店としては客を上機嫌にさせてたくさん買わせることも仕事の一つではあるが、男性と女性では接客の仕方がほとんど違う。長年の接客業の経験から価値観の理解出来ない人には無理に歩み寄らず、理解できる人からより多く利益を得た方が得策だと言うことを学んだ。

だからと言って目の前の灯がそうだ、という訳では無いが、何となく自分は会話が進まなくなりそうだと感じたら別の話題に転換したくなる。


「そういうものなのか」


「はい。でも、それとは別に気になったことがあって……昨日襲われた鍛冶屋さんのお家にお尋ねした時、注射器が盗まれたと聞きましたね」


「ああ、そうだが」


「その注射器ってどのような形なのですか?体内に直接薬を入れられたとき、痛みやくすぐったさのようなものがあるのでしょうか」


どうなのだろうか。正直詳しい形状に関してはわからないが、作りや使用方法はわかる。だが体感したことがないため痛みについてはもちろんわからない。


「細い針で体に穴を開けるんだ。そこから薬を注入する。ただ、その細さまではわからない。本当に小さな穴ならすぐに治ってしまうだろうな」


「店員さん……レオノーラさんがおっしゃっていたことが確かなら、寝込んでいた人は既に何人もいるんですよね。寝込み始めた時間と注射器が盗まれた時間、近くないですか?」


それはたしかに、納得できる。が、それでもやはり無理がある。


「盗まれた注射器は一つだけだ。寝込んだのは複数。とても関連性があるとは思えない」


灯はなにか反論をしたそうな表情で口を開いたが、そこからは何もでず、ただただ身体を小さくするだけだった。


「その伝染病と吸血鬼病は全く関係がない可能性もある。焦る必要は無い。目の前の問題を片付けていればいずれわかるだろうよ」


「それも……そうですね」


彼女は少し疲れたように笑い、厨房で調理をしているレオノーラの方に顔を向けた。


厨房は広くひらけているので席に座っていても調理の様子がわかるようになっている。そそくさと広い厨房を小走りで移動し忙しそうにしていた。


そういえば、両親はどうしたのだろうか。めったに来ないからか、彼女自身が調理場に立つところを見るのは初めてだった。


何を食べるかを注文していないのに彼女は何を作っているのだろうか。何となく値段の高いものを作っている気がしてならない。

今度来る時はメニューをすべて食べてもらうと言っていたが、まさか今食べさせる気だろうか。

空腹よりも食べきれない不安の念が大きくなっていた。


一旦はそのことを忘れようと、対面している、どこか落ち着かない様子の灯に声をかける。


「食べ終わったらもう1度中央広場に行ってみよう。もしかしたら誰かいるかもしれない。さっきは俺達のタイミングが悪かったんだろう」


ニヤリと灯に笑ってみせると、彼女は難しい顔をして言い返してきた。


「私のせいですか!?」


「冗談だよ」


ムッとした表情のまま目線を下ろし、シミ一つないテーブルを見つめる。


少しの沈黙が続いた。


「いい、時間ですね」


このままレオノーラが料理を持ってくるまで無言が続くかと思ったが、彼女はそれを許さず、ふいに言った。


「急にどうした?」


「いえ……その、だれかと一緒にご飯を食べるのが、すごく久しぶりで」


彼女はここまで旅をしてきたらしいが、そういえば詳しい話を聞いていなかった。

「広場の続きをしましょうか。私がグレイス家を探してここまで来た話」


思い出話をするにしては妙に優しい目を向けてくる。


「私……私の母は……吸血鬼病で亡くなったんです。」


ぼそぼそとしか口を動かしていないがその声はよく聞こえた。


「母が病気なのではなくて、ほかの誰か、吸血鬼病を持った誰かの影響で、身体が緑色の宝石みたいになってしまって。私が小さい頃に家に帰ったら既にそうなっていました。最初はそれが母だって分からなくて、近所の人と探してまわったんですが……隣の家のおじいさんが、床に転がっていたそれをみて急に震えだして……吸血鬼病だと」


途切れ途切れに話す灯の話を聞いて状況を思い起こしていたが、ふと、おかしなことに気がつく。


「まて、それじゃあんたの母親はいったいいくつなんだ?50年前に病気は消えたんだろ?」


「そうなんです。私も当時はそんな病気知らなくて、私がいたあたりでも知っているのは何人かのお年寄りだけでした。50年前、たしかに病気は無くなったという話。今の私ならそれを自信を持って否定できます。」


「……そうか。」


これが親を殺されたものの顔なのだろうか。そう疑いをかけるに十分なほど目の前の彼女の顔つきは暖かさを帯びていた。


「吸血鬼病が無くなったのはある日突然耐性のある人が発見されたからです。感染と結晶化の両方に耐性をもつ稀有な存在。その人の協力のもと、薬が作られ今のこの世界があります。でも、だいぶ昔のことです。その人はもういませんし、仮に見つけたとしても母が治るすべはありません。」


「薬は、流石にないってことは無いだろう?1度は全世界の人を救ったんだ。全くないってのはおかしいんじゃないか?」


同時に自分の言っていることがタダの願望であったと気づく。50年間なんの被害もなかった病気の薬、残っている方が珍しい。残っていたとしても、古くなっていて効果があるかどうか怪しいところだ。


灯の話は証拠こそないものの信じてはいた。が、心のどこかで病気なんてなかったと思いたい自分もいる。


だがそんな自分を現実に引き戻すかのように、灯は首を横にふった。


「ただ、助からない訳では無いのです。これまで探した文献の中には、結晶化した状態から人間に戻れたという話もありました。詳しい方法は書いてませんでしたが、それでも、事実があるだけ大分ましです。ここに来るまでの希望でしたから。」


「希望……母親を元に戻すために、旅をしていたのか」


「はい」


彼女の穏やかな表情の理由がわかった気がした。彼女はここに来るまで、ひたすら希望を持ち続けていたのだろう。母親ともう1度暮らすという目標が彼女をこの街まで突き動かしていたのだ。


だが今の表情は彼女の過去の平和な生活のほんの少し、残骸に過ぎない。


「今のあんたにこんなことを言うのもおかしい話だが、何もしないという選択はなかったのか?情が無いわけじゃないが、俺だったら家族や友人、例えばそこのレオノーラが吸血鬼病にかかってあんたの母親と同じ状態になったら、あきらめると思う。あんたが旅に出てまで治したいほど、そこまで母親が大事なのか?」


無論、葛藤はあったのだろう。自分が放った質問の答えは目の前の彼女の存在自体が示している。母親が大事なのはそれだけで十分に伝わることだったが、自分は彼女の声でその答えを聞きたかった。家族のために命をかけられる人がいるということを実感したかった。


「大事です。とても。生まれた時から片親なこともあると思いますが、わたしはあの時間をもう1度取り戻したいんです。それに、希望はほかにもあるんですよ」


「ほかにも、というと?」


「ね!アルッ」


キッチンでなにかを火にかけていたレオノーラが突然こちらをみて大声を出した。


レオノーラが死んでも、など話していたため一瞬だけこちらの会話が聞こえてしまったかと思ったが、レオノーラの目線を確かめると意識の中心は自分たちではなく窓の先を示していた。


灯とほとんど同じタイミングで大きく視界の開かれた窓を見た。


「あれ、何かあったのかな」


三人で見た窓越しの光景。


それはポツリポツリと歩く人々の姿だった。歩みの先を指さして何かを伝え合う者がいるかと思えば、その流れとは反対の方向に我先にと走っていく者。


レオノーラの店に入る前の静かな様子とは打って変わって、テキパキと忙しなく動く人々の様子がそこにはあった。


病気など嘘だった、噂も盗みも何もかもなかったと思いたくなるような活気の溢れた風景にアルは一瞬の戸惑いを覚えた。


だがそのような幻想はすぐにかき消された。


「アルさん、行きましょう」


対面に座っていた灯がいつの間にか自分の椅子のすぐ隣に立っていた。


左手首が彼女につかまれ、強くひかれる。


これまで二度アルの袖を引き、協力を仰いだ彼女だが、そこには今までと違った必死さが溢れていた。


「レオノーラ!少し出てくる」


灯に腕を引かれながら席を立ち、厨房で呆然としていた彼女にそう声をかける。


「待って、私も!」


「いや、お前はここで残っていてくれ」


急いで火を止めて、後に付いていこうとするレオノーラを手で制すると、彼女は不満な顔を見せた。


反論をされる前にアルが続ける。


「昼飯楽しみにしてるぞ」


返事を聞く前に扉を開け、外に出る。


人はどこに流れている?


この異変には間違いなく原因がある。人に聞いてしまおうか。


目の前を走る人の速度はバラバラだ。


ふいに腕を引かれ少しばかり体制が崩れそうになる。


「多分あっちだと思います」


隣で同じように人の流れを見ていた灯が遠くを指さした。


「どうして分かる?」


「母の時もそうでしたから。本当に逃げたい時は他人なんて気にしなくなる」


彼女が指をさした方角を見ると、そこには単独行動を取って走る姿が多く見られた。赤子が泣くような声も聞こえる。


「思い出させて悪かったな」


「アルさんのせいじゃないですよ」


ふふっと優しく微笑みながら、彼女は早々に走り出す。繋がれた手が自然とアルの手を強くひき、それに抗うようにアルも走り出した。


「今更どこにも行かねぇよ。契約だ。最後まで協力させてもらう」


横並びで走るアルの顔をチラッと見上げ、彼女は繋いでいた手を離した。ふと、彼女の頬が少しだけ笑みを浮かべているような気がした。


そんな彼女を心強く感じる自分にアルは心の中で苦笑をするのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なにか楽しそうなことでもあったかね?」


窓の外の様子を眺め、笑みを浮かべる男に声がかけられる。


「君が身を乗り出して眺めたくなるような光景、ぜひとも興味があるものだ」


「彼の……英雄の血のストーリーがようやく動き出しました。続きがぜひとも気になるところです。」


窓際に佇む有原誘詩の眼下には様々な感情を持った人々の慌てふためく様子が凄惨に広がっていた。


精神の許容範囲を超え、声を上げて走り出すもの、何が起きているのか理解出来ずに固まるもの。


人間とは面白いものだ。


エキストラでしかない彼らの行動にもそれぞれ感情があり、意味がある。思い思いに行動をすることによって、よりストーリーに深みが出るというものだ。


これまでも有原は同じようなことを何度も考えた事があるが、その度にエキストラの重要さを思い知る。


「だが私にも思うところがある。こんなにも早く仕事が出来ると、これまでの仕事の進行にも支障が出てしまう」


「いいではありませんか。出演の機会があるというのは僕からすれば羨ましいものです」


声の主を振り返ずに告げられたその言葉には、ただ一つ、羨望の感情のみが感じられた。


背中にドアのしまる音が聞こえた。


「さあ、どうする?グレイスの血よ」


手元に広められた彼の本、その左頁は未だまっさらなままだった。右手に持った羽ペンを早く字を書きたいとばかりに揺らしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



────戦慄した。



百聞は一見にしかずと聞いたことがある。

この言葉を考えついた時、製作者は今の自分と同様に、時間の止まるような奇妙な感覚を味わったのだろうか。


およそ、彼女から聞かされていたものと同じような悲劇。


中央会議広場、街を守る法の刻まれた石台の上。


そこで、成人男性ほどのいくつもの大きさの朱色に輝く結晶の塊が、絡み合いもたれ合い、一つの芸術作品を作り上げていた。









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