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誘蛾灯の傍で  作者: 蒼井白
7/9

調査③

少し遅れました。

宿からの道のりはそれほど遠くはない。夜の静寂のせいで自分の靴のする音がいっそう響いていた。時間を確認したかったが腕時計をつけてこなかったことに気がついた。近くに時計はないかと探しながら歩いていると、立派なレンガ造り家の赤い家が目に付いた。暗闇でよくわからなかったため本来は赤くないのかもしれない。ぼんやりとした街灯からの明かりがおよそ、レンガのひとつひとつに影をつけていたが、それ以外はほかと変わらない真っ暗闇だった。


なぜ急に気になったのだろう。疑問に思ったが、この暗闇で立ち止まって考えていたら、ますます自分が怪しいものだと思われてしまう。


目の前のレンガを視界の端に切り捨て、アルは足を速めた。




てっきりまた怪我が増えるだろうとばかり思っていたが、罵声とは裏腹に外から見た店の中は静かなものだった。


父は……いないのか?


たまにこういうことがある、と割り切ってしまうのも何度目だろうか。長く店を開けていたせいで家に不審なことが起きていないか心配だったが、外を出歩く人の数が少ない今、わざわざ盗みをする人などいないだろう。


いや、さっきまでその話をしていたのか。


ゆるみかけていた警戒心を持ち直す。


あの人が日にちを続けて家を開けるのは本当に久しぶりだ。こういうときはいつも、ほとんど空に近い酒瓶を片手に突然帰ってきて、何も言わずにベッドに倒れ込むのが定石なのだ。


鍵をかけていたドアの鍵穴にポケットの中から鍵を取り出し差し込む。回す直前になんとなく周りに人がいないか確認したが人影は存在しなかった。ほとんどが影のようなものなので本当に人がいないかはわからなかったが、そんなことよりも今は早く休みたかった。素早く店の中に足を踏み入れ、すぐさま振り返りドアに鍵をかける。床を踏んだ時板の軋む音が嫌に大きく聞こえた。


窓際に置いていた手のひら大のランプにポケットに入れていたマッチで火をつけて、真っ暗な店内を照らす。


店の中はいつもと何も変わらないものだった。


途端にやわらかな安堵の気持ちが全身をめぐる。


普段からなれない考え事のせいで疲れたのかもしれない。もしくは歩きすぎたか。流石に街の端から端までは感覚ではわからなくとも大きな疲労を引き起こすらしい。


ここまで歩くのは街の外に取引に行く時以来か。あの時は確か片道5kmだと聞かされていたが、今回はその倍はあっただろうか。途中途中街の説明だったりで寄り道したためもう少し歩いただろう。本当にでかい街だな、ここは。


宿に帰った灯はもう既に眠りについているだろう。部屋に入ってすぐにベッドに飛び込む様子が容易に想像できた。あんな華奢な身体でよく歩けたものだ。


ランプを会計場のテーブルの上に置き、その裏に伸びている階段の一段目にヘタリと座り込んだ。


朝早くからしなければいけないことがあるからと早寝早起きを心がけていたせいか、アルの視界は徐々にぼやけ始めていた。


体内時計が限界を伝えている。


明日は何があったか。


灯がまた来るとしたら昼過ぎであるはずだ。そう信じたい。なんとなく彼女は時間感覚が少しずれている気がするから朝は早くに起こされることが怖いが、流石にあれだけ歩いたのだから疲れて眠っていてもらわないと、自分の体力の無さが疑われる。


どちらにせよ昼まで寝ようとしても自分は早朝に目が覚めてしまう身体に、逆らうことなどできないだろう。


それならと、アルはエネルギー切れの足に無理矢理力を入れて立ち上がり、ランプの横まで歩いた。引出しから薄い木の板と石灰を用意する。普段の商いではあまり使われないためホコリをかぶっていたらしい。小さく咳がこみ上げてきた。ランプの火がジリジリと音を立てる。


今日のことをまとめよう。


犯人は連続して店を襲っていて、今も街の中にいる可能性が高い。宿にいるのならもう疑われているはずだから、おそらく元からの住人、もしくは住人によってかくまわれていることのどちらか。バジルが何人目なのかはわからないが、試作品である注射器が必要だった。


この街は完全分業化されているから自分が作れないものを盗んでいる、と考えるのが妥当だろう。何度も行っているのなら、中にダミーとしてつくれるものを入れている可能性、つまり、自分で自分の店から盗んで被害者に見せかけている可能性もある。バジルの件から察するに事件に関連するならたとえ被害者だとしてもすみからすみまで街の上層部に探られるはずだ。ならそいつらも同じことをかんがえているのだろう。ダミーかどうかを探るために問答無用に家を荒らすのだから本当の被害者はたまったものじゃない。犯人はこうやって被害者の不満をつのらせて街を混乱させるのも目的なのかもしれない。


いや、考えすぎか。もっと理詰めで行くべきだろう。


ダミーとして差し出した家が荒らされるのならば、親切な誰かが犯人をかくまっているという可能性は考えなくていいのかもしれない。もしかくまっているとしたらそれは、最悪稼げなくなるほど荒らされてもいい職業、ということになる。戦争が届かず、ほとんどすべての利潤が平等の街の中で1人だけ稼げない、という状況に平気でいられる職業は、うちみたいな外とのやり取りがある宝石、アクセサリー類か、あるいは街の上層部の人間しかいないはずだ。


後者は無いな。


無いというか、あったら自分には太刀打ちできないため考える必要が無い。


その役目は別の人間がやることだろう。前者は街にいくつかしか存在しないから探せばすぐに見つかるだろう。それこそ、レオノーラあたりに頼めば目星がつく人間なんてすぐに浮かぶだろう。


これらがなかったとしたら……隠れ家かなにかがあるのか?いくら何でもそれを探すのは無理だな。


未だヒントが足りないのが明白だった。


まずは街の宝石店をまわるか。


カツカツと石灰でメモをとる音が部屋に響き渡り、壁や床に染み込んでいく。


再びヘタリとしゃがみこみ、壁に背中を預けた。


……同業者とあまり関わりたくないなぁ。


店同士の距離が置かれている分、縄張りのようなものも存在しているのは事実だ。店側ではなく、あくまで客が決めているのである。ただでさえ儲けが少ないと思われているのだから、自分の家の近くの宝石店を無視して遠くの宝石店のものを買ったら世間体が悪くなるのも頷ける。そもそも住民に売る品揃えも決められているのだから遠くに行く理由もない。


しかもこんな時に行くのだからますます怪しくなるのではないか。


やめた方がいいか。


そんなことを考えていると、急に何かが落ちる音が耳に飛び込んできた。


と、その時アルは自分が寝ていたことに気づいた。足元に石灰が転がっている。手元が緩んで落ちたのだろう。しゃがんだまま寝るとはなんて器用なのか。アルは石灰を拾い上げ、引き出しの中にしまった。いろいろメモ書きがされた木の板はそのまま部屋に持っていくことにした。引き出しに入れて置いて万が一父が見たときに説明するのが面倒だからだ。


それに、うちに盗みに入られた時に見られても困る。会計場の引き出しに入れておいたらなおさらだろう。


脇に抱えたまま階段を上るがなんとなく視界がおぼつかない。


酒を飲んで帰ってくる父はこんな気分なのだろうか。


最後の全力を振り絞って母の残した制服だけは綺麗に脱いでたたんだ。


そのまま崩れるようにベッドに流れ込む自分に、眠気がやってくるのはほとんど同時だった。




目覚めてまず感じたのは雀のさえずりがうるさいことだった。全身にだるさが残る中仕事用の制服を着て鏡の前に立つアルは服のシワやネクタイのゆがみがないかを確かめていた。


昨日バジルの家でワインを飲まなかった自分に本当に感謝している。だるさは残るものの、それは眠気からくるものであって苦しくはない。目を開けた時に感じるもので酔からくる頭痛ほど苦しいものは他にない。


いつも通り大事に扱っているおかげで制服にほつれや汚れは目立たなかった。身だしなみを確認した後自室の扉を開け、すぐ右に続く階段を下る。


一応、と思い父の部屋に耳を近づけたが人がいる様な気配は感じられなかった。


今日の商談は……いや、ないのか。街の中は言うまでもないが、外とのやり取りも今日はなかったはずだ。


衣食住に関係ない店のため、突然人が来るということもめったにないだろう。そういえば昔、外の知らない街の中で宝石の価格が高騰したことがあったな。あの時は在庫をまるまる買っていった商人がいたが、あの人はどうしたのだろうか。


そんなことを考えながら、来るはずがないであろう客のために店内の掃除をしている自分に軽く苦笑いを浮かべた。


不意にドアの開く音が聞こえ、身体をびくつかせてしまう。まさか本当に灯が来たのか?だとしたら相当の体力の持ち主だ。


「あっ!またそうやって変な顔するー!せっかくお客様が来てくれたんだからもっと笑顔で迎えなさいよね。」


予想と反して現れたのは短い橙の髪の毛を後ろでまとめしっぽのようにしているレオノーラであった。灯との静かな会話から急にこれとの会話になったため大きな声がより強調されて聞こえる。やはり、素でここまで声量があるのは珍しい人種なのだとつくづく思い返された。


「朝から元気だな、お前。」

「そりゃあ、看板娘ですから!」


よく知らなかったがどうやら看板娘という言葉は自ら堂々と宣言する言葉らしい。


「店の看板背負ってるなら店の近くにいないとダメだろ?ここはブーケ・ド・レオノーラでもジュエリー・レオノーラでもないんだよ。」


「宣伝よ!私に惹かれてついてくる男子がそこらじゅうにいるかもしれないじゃない!」


「少なくともこの店にはいないぞ。」


「……つれないわね。」


はぁ、とため息をはいた彼女はふとこちらを見つめた。こんな状況で掃除をしているのがよほど面白かったのか、もしくはこんな状況だからこそ掃除しかすることのない滑稽な宝石店をおかしく思ったのか、口を抑えて笑い始めた。


「笑いに来ただけなら帰れ、今日は午後から仕事があるんだ。」


仕事と呼んでいいのか、区別をつけるのは難しいものだ。


「あっ!違うの!別にバカにしてるとかじゃなくて!……あの、うちとあまりにも似たことをしてたからおかしくって。」


「ん?お前の家はレストランだろう?流石に隠れてでも客は来るんじゃないのか?」


レオノーラの笑顔が徐々に苦笑に変わっていく。


「それがねー、最初は結構来てたんだけど。今はもうめっきり。」


両手を顔の前に上げて首を振る彼女はいつもの活発さは持ち合わせていても、使いどころが見当たらないように見えた。もしかしたら無理して声を大きくしていたのかもしれない。だとしたら見かけによらず器用なヤツだ。


「それは……むしろ増えるのが普通なんじゃないか?」


食べるのはそうそう我慢できるものでもないだろう。うちの場合は備蓄してるのがあるからまだ大丈夫だが、ほかの住人がそうとは限らない。


「……うーん、詳しいことはわからないけど、なんというか不穏な感じなんだよね。いつもみたいに世間話もしてくれないし。もう少し口をすべらせたっていいのに。」


「いつ聞いてもお前のところの客にすべらせる口があるのが驚きだな。だからってうちに来るのもどうかと思うぞ。」


「いいじゃない。看板娘が直接宣伝しに来たのよ。今日くらいお昼でも食べに来なさいよね。」


いつものような押し付けがましい元気の良さはどこに行ったのだろうか。それほど客が来ないことを嘆いているのだろう。この自称看板娘の仕事に対する姿勢は本当の看板娘のものと認めざるを得ない。


「まあ、今日だけならな。1食くらいなら。」


灯が来るのは昼くらいだろう。昼を食べてはいけないなんて約束していないし、先に食べたことを怒られる筋合いもない。レオノーラの家で食べたって大丈夫だろう。


途端に彼女の表情が晴れやかなものに変わった。

「え!?やっと来てくれるのね!」


「やっとって……昔は何度か行ってただろう?」


「あんたの昔ってほんっとに昔じゃない!あれからうちのお店だって結構変わったんだからね!もう!」


「はいはい、わかったよ。じゃあ少ししたら行くから。早く帰れ帰れ。」


ひょいひょいと手の甲を向こうに向けて動かすと、レオノーラは怒っているのかいないのかわからないような表情で足早に出ていった。


「うん!じゃあまたね……。あ。」


ドアを閉めかけた彼女は急に振り返り思いついたように真っ直ぐにこちらを見つめ直した。


「ありがとね。ちゃんと来なさいよ!」


「ん。」


背中でドアの閉まる音が聞こえた。


早めに行った方がいいだろうか。まさか頭痛の残る目覚めの後に大きな声で追い討ちをかけられるとは思わなかった。どうせまだ誰も来ないのだからあと少しだけ寝ておくべきだったか。


時計の針が朝の8時を告げている。彼女はよくこの時間に自分が起きていると思ったものだ。だるい体にムチを打とうと、大きく伸びをしてみると腰のあたりがボキボキと気持ちのいい音がした。ついでに大きく深呼吸をしてみる。古い木造建築の匂いがして少し苦笑を浮かべた。


「まぁ、もう少しくらいなら寝ても大丈夫だよな。」


声になるかならないかの大きさでつぶやいた途端、またもや背中でドアの音が聞こえる。なんとなく嫌な予感がしつつも振り返って見ると、ドアの隙間からおそるおそる店内を覗く、見慣れたフードの人間がいた。すぐにアルの存在に気がつくと、ほっと安堵したような表情で問いかけてくる。


「あの……い、いまは大丈夫な時間だったでしょうか?」


「大丈夫といえば大丈夫だが。あんた、いろいろとタイミングが悪いとか言われたことないか?」


「へ?い、いえ。思い当たりませんが。」


不思議な顔で小首を傾げた彼女はあたりをきょろきょろと見回した後、店の中に静かに入り、ゆっくりとドアノブから手を離した。身体はこちらに向けつつ目線を少しそらしていた。


「ずいぶん早いな。昨日あれだけ歩いたんだ。少しは疲れてくれよ。」


「ふふっ、歩くのには慣れてるので。」


褒められて照れくさそうな顔をしてから遠慮するように手を顔の前に上げた。嫌味で言ったはずだったが伝わらなかったようだ。まぁ、説明するのもおかしいので無表情のまま固まっていると、彼女から声がかけられる。


「今日も、ダリルさんはお休みですか?」


「ああ、いないよ。なんだ?そんな顔をするなよ、俺だって困ってるんだ。」


「なら、仕方ないですね。」


そう言って小さくため息をついてから、きりっと真面目な顔をして続けた。


「昨日の続き。行きましょうか!」


「ああ、いいよ。」


歩くことに慣れている。彼女はこれまでもずっと歩き続けていたのだろうか。生まれてから1度も旅というものをしたことがない自分にとっては想像もできない時間だ。今は、小さく華奢だと思っていた灯の身体がとても大きなものを背負っているように感じられた。


「1つ、寄ってみたい場所がある。今までの確認も含めてだ。いいか?」


「はい!私もさっき行きたいと思ってたお店を見つけたので、お相子あいこにしましょ!」


「お相子って、つりあってるのかそれ。」


明らかに今回の件とは関係の無いもののように聞こえたが、あまりにも彼女がニコニコとしているので指摘するのはやめた。昼までには終わるだろうか。どうせ午後もいろいろ歩いて回るだろう。一度休憩を入れてからレオノーラの元へ行くべきか。灯はどうしよう。


今になって急に約束をしたことを後悔したが、目の前の灯はそんなことなど露知らずアルの瞳を覗いている。


「ほら、行きますよ?」


そう言って彼女は昨日と同じようにアルの服の袖をつかみ引っ張っていった。



「寄りたい場所って、ここですか?」


「そうだけど。どうかしたか?」


「ああ、いえ、なにも!」


そう言いながらそっぽを向く灯。


「さては、店かなにかだと思ったか?」


「!?」


身体をビクつかせているあたり図星だったのだろう。


目の前にある石に手を触れ寄りかかりアルは灯を見てからため息をついた。


「悪かったね、デートなんてあまりしたことがないんだ。」


「な!で、デートではないです!調査です!」


大きな声と共に勢いよく振り向いた彼女に強くにらめつけられる。

「それで?ここは何なのですか?」


灯の見つめる先には石と木が噛み合ってできた円形の大きなベンチがあり、それに囲まれるように同じ構造で出来た灰色のテーブルらしきものが設置されていた。


「レストル中央会議広場、いわゆる話し合いの場所だ。街の人間言うような中央広場だとか会議だとか集まりって言うのはたいていここを指す言葉だ。」


アルは歩き出すと、円形のテーブルの前に立ちその滑らかな石の感触を肌に染み込ませるように優しく触れた。後ろから灯が寄ってくるなり黙り込む。隣に立つと彼女がより小さく感じられ、少し面白かった。


「どうした?驚きで声が出ないか?」


「……はい、すごく。」


灯が見つめているテーブルには余白の隙間もないほどに細かく、猛々しさを感じるほどに深く、文字が彫り込まれていた。

「この街の法律だな。街を作るにあたって最初に作られたものらしい。当時は生まれてないから聞いた話だけどな。」


「法律を囲んで話し合うのですね。」


「ああ。皆が決まりを忘れないようにするためだ。あとは……」


アルが石の文字に向けていた目線をはずし、周りを見渡した。


「街の住民に戒めるためだ。そのためにここは壁も屋根もない広場になっている。みんなの視界に入るようにな。おかげで会議の内容も筒抜けだから悪事を働こうと考えていてもうかつに発言ができない。」


「不思議な街ですね。」


「あんたはここまで旅してきたんだろ?ここより珍しい街だって沢山あるはずだ。」


「ここまで法が尊重されているところは少ないですよ。」


まただ。彼女は何かを懐かしむように、石に刻まれた文字を指でなぞっていく。背の小さな彼女が突然大きな存在に見える時がある。


「アルさんは旅をしたことは?」


「あ、あぁいや、ない。」


「私はここからずっと東にある国から来ました。実は目的は、この街なんですよ。」


彼女はフフッと微笑むと、おもむろにアルの瞳を見つめてかぶっていたフードをとった。照りつく日差しが透き通るような彼女の白い肌を強調させる。暗い茶色の髪の毛が揺れた。フードでわからなかったが、思っていたより髪の毛は長いらしい。肩のあたりでぶつかり長さを持て余していた。そんな様子のアルをみて彼女は再び微笑んだ。


「この街、というよりも……。あなたの家、グレイス家と言った方が正しいですね。」


「……それは、どういうことだ?」


「知ってのとおり、私は吸血鬼病と呼ばれるものについて知りたくて、旅をしました。ですが、各地を回ったのはほんのついでで、最初からあなたのお店に用があったのです。」


2人しかいない広場に暖かい風が吹く。


「ここはなんというか、声が響きますね。」


「そういう風に作られてるんだよ。会議の話し声が良く響くように、周りの建物の形とか高さとかが。」


「場所を変えましょうか。先程言った行ってみたいお店があるのです。そろそろお昼時ですし、ご飯でも食べながら!」


昼……レオノーラと約束していたんだった。まずいな。


「いや、昼は遠慮するよ。用事があるんだ。」


「いいから、ほら!」


灯は少し高めに作られた会議の床からスキップして降り、アルを振り返って遠くに指をさしながら言った。


「あっちです!行きましょ!」


だんだんと日が高くなり始め、暑さが増している。最近はそのせいであまり食欲がなかったが、どうやら今日は昼を2食食べることになりそうだ。


目の前をゆく灯にそんなことが伝わるはずもない。


不思議と、彼女に従ってしまう自分がとても滑稽だったが、なぜだか悪い気はしなかった。





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