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誘蛾灯の傍で  作者: 蒼井白
6/9

調査開始②

バジルという男の鍛冶屋は朽ちかけた見た目からは一転して内装はとても綺麗なものだった。歩く度にミシミシと音を立てる床や、窓のすきま風などもあったが、それはこの街に長くいればどの建物も起こる現象である。現にジュエリー・グレイスもそのことで少し悩んでいた。新築工事にかかる金額は払えないわけではないが、この街で工事を行う際はいちいち難しい書類を何束も作って街の会議にかけなければならないので、何年も後回しにしているのだ。

優しい明かりのランプがあちこちに置かれていて天井につられた大きな照明は使われていなかった。その光景はまるでなにかの災害にあったかのようだった。

薄明かりの中、用意された手作りらしい二つの木製の椅子に灯とアルは腰掛け、店の内装を見渡していた。

座った時にちょうど良くなるように目下の木製テーブルの高さも調整されていた。少し量の減ったワインボトルがテーブルのうえに栓が抜かれた状態で置かれていて、そのそばには硝子ガラス性のちいさな容器が横たわっていた。

入る時には全く気づかなかったが、招き入れた男は少しアルコールが入っていたらしい。

「いいワインだろ。」

そういいながら、男は対面した椅子に座り、背もたれに思いきり腰を下ろし首の力を抜いて天井を見上げた。

「うちで保管してたワインだ……たしか、ここよりもっと西の街だったかな。街に止められるまではワインの流通の手伝いもしてたんだ……。」

依然として顔は上を向いたままだったが、それが酔っているのではなく過去を懐かしんでいるのだと気づくのに時間はかからなかった。

「……申し遅れた、知っているとは思うがバジル……バジル・カルマン。鍛冶屋をしている。」

「アル・グレイス。北門の近くの宝石店で働いているものです。こちらは」

「月宮と言います。」

間をあけずに灯が口を開いた。

「お前らがじじいばばあだったら絶対に入れなかった。会議の奴らはしつこいからな。」

「僕らが会議のまわし者ではないという証拠はありませんよ?」

突然、バジルが口を大きく開けて笑い始めた。のけぞっていた姿勢を前のめりに傾け宙を向いていた眼がギョロリと動きまっすぐにアルを見つめた。

「いやぁ、すまない。確かにそうだ。若いから油断していた。」

バジルはテーブルに寝せていたワイングラスを立て直し、その横の真っ赤なワインを注ぎ、ため息をついた。目でくいくいとワインを勧められたが、残念ながら自分は強いほうではなかったので遠慮した。

「はぁ……そうだな。おまえらみたいな若いやつが仕切るなら、残りの人生少しは楽しくなるかもな。だが、この街はもう完成しすぎている。戦争が無くならない限り、この街は非進行領域としての役割を果たし続けるだろうさ。それこそ、泥棒に入られた家を他人の迷惑も考えずに手がかりの調査とぬかして荒らしにきたりだとか、な。おかげて保証されたはずの商売さえ満足にできない。ここも、ほかもだ。」

息継ぎをせずにベラベラと出てくる辺り、普段から相当イラついているのだろう。ようやく止まったと思ったら持っていたワイングラスを傾けて喉を潤し、また鬱憤を吐き出し始めた。

「だいたいなぁ、たった1回泥棒に入られたくらいなんだよ。そんなに慌てることでもないだろ普通、この街が繊細すぎるんだ。昔はなぁ……」

そろそろ本題に入らなければおそらくこの男は酔いつぶれてしまうだろう。隣に座っていた灯もそのことを薄々察しているらしくちらちらと自分に意識を向けてきた。フードで表情がわかりづらかったがおろおろと胸の前で手を伸ばしては引っ込めてを繰り返していた。ワインを止めるべきかどうか悩んでいるのか?

「確かに、この街は少々生きづらいものですね。宝石店で働いているものですから、規制のせいで目の前の儲けに目を瞑らなければならないこともしばしばあります。」

無論そのようなことはめったにないが、全くない訳では無いので嘘はついていない。売ることの出来る宝石の種類や販売相手、時間などの規制は確かに厳しいが大抵の宝石店・アクセサリー店などは皆街の外の富裕層となんらかのつながりがあるため唯一この街で大きな黒字を出している。

が、そのことは同じ界隈にしかわからないため、街の中の人たちは皆アルのような街からの需要がなさそうな店を憐れんでいる場合がほとんどだ。

「そうかぁ、宝石ねぇ……。お前さんも苦労してんだなぁ。」

バジルが腕を大きく広げて机に突っ伏した。顔は手に握ったワイングラスを向いているがその目はかすかにアルの方を意識していた。

「うちは……この土地にレストルの名がつく前からここで鍛冶をやってんだ。その頃からずっと戦争はあったがな。硝子ガラスを作ってたんだ。今も注文さえあれば作ることもある。でも街ができてからはなぁ、職を一つにしぼらなきゃならなくなった。俺は硝子のほかに酒も建築してたんだがなぁ。食っていくには戦争の助けになる武器の生成を選ぶほかなかった。おかげでここらで一番の硝子職人が、誰にでもできるようなプライドも何もねぇナイフ職人さ。」

非進行領域として認められたレストルは、人々に安定を与え続ける。硝子はとても貴重な物であるため、それを扱うものもまた貴重な人材として扱われる。だがそれゆえに高価な硝子は需要が少なかった。今では教会を建てる時くらいしか硝子に金をかけるものはいないだろう。それほどに買う者が珍しいため、宝石類とひとくくりにされることも少なくない。それにくらべてこの街の周りでは戦争が盛んに行われているため、たかがナイフ1本でも日々の食事をまかなうほどに稼ぐことが出来る。

バジルは時代に負けたのだ。

他人事と割り切って気にしないでいることも出来たが、こちらも高価なものを扱っている以上いずれは自分もこうなるかもしれないという考えがどうしても拭えなかった。

しばらく考えたのち、アルはその静まり返った空気を震わすことにした。まずは目的が先だ。そう思うことで自分の中にあるもやもやを考えたくなかったのかもしれない。

「職人として大事なものを街に奪われたバジルさんが、その上盗人にはいられた……。宝石店としてあなたのことが他人事とは思えない。どうか、お聞かせ願います。」

バジルは机から顔を上げ、何かを託すようにアルを見つめた。

「それを知ってどうする?」

「犯人を探し出しますよ。」

「!?」

予想通りに横に座っていた灯が最も驚いていた。アルを見たまま小さく声を出し、あわてて手で口を塞ぐ。正面のバジルが驚いていないことに気がつきさらに驚きの表情を浮かべ、尋ねた。

「でも……どうやって……。」

「ただの愉快犯ならすぐに街に捕まるでしょう。でも噂だと各地を何度も盗んでまわっているらしい。てことは隠れ家のような場所があるか、もしくは疑われないような人が犯人か、だとすると前者はほぼないでしょう。街の区画は全て細かく決められている。隠れられるようなところは、おそらく、元から街にある建物の中しかない。それに、バジルさんがお偉いさんの調査を受けたなら、街の宿屋だって既に犯人探しされているはずです。」

「見知ったやつが犯人ってことか?」

「街の偉い人がグルでないことが前提ですが。」

そう言って苦笑いを浮かべた。

「でも、それでも、広すぎます!街にはたくさんの職があるってアルさん言ってたじゃないですか!」

灯がテーブルに手をついて立ち上がり、上から見下ろす形で言った。

「職はな。でもそれだけじゃ技術は仕切られない。細かくいえば、法律上では金銭目的でなければ何を作っても問題ないんだ。」

「!?」

灯はさらにわからないといった感じで頬を膨らませ眉にシワを寄せた。

「バジルさんは現に今もこの街で数少ない硝子鍛冶をできるんだ。俺がここから盗むなら硝子製品しかないだろうよ。」

「……そうだ。」

バジルが告げた。

「……あまり、言いたくはないんだがなぁ……。街の法ができる前に作っていた試作品なんだ。」

「それは、教えていただけますか?」

バジルが長く沈黙を置いて答えた。

「……注射器だ。取引先の薬売りに注文された。」

「注射器!?」

本で読んだ知識の中を探る。文章でしか読んだことがないためどんな形をしているのかわからない。硝子で作ることが出来るのか。

隣の灯がまたもや頭の上に疑問符を浮かべていた。それもそうだろう。

「体内に直接薬を入れる道具だ。当時は……というか、今も制作、使用は公に認められていないはず。」

「ああ、そのとおりだ。」

鋭い目つきで発せられたその声には、もう飲んでいるワインの酔いなどほとんど感じられなかった。隣に座り直した灯は形状も正確にわからないであろう注射器を想像したのか、静かになっていた。口以外から体内に入れる道具となると、あまりいい映像ではないだろう。

「……注射器か。流石に専門的すぎるから、鍛冶屋も犯人候補に入れた方がいいですね。愉快犯でないのなら、犯人は自分が作れないものを盗むはずです。盗まれたものを調べていけば手がかりが得られるでしょう。」

注射器という街に認められないものを作っていたバジルが、自作自演という注射器の存在がバレるようなリスクを犯すはずかない。バジルは白と考えた方がいいだろう。

考えを巡らせているところへ声を掛けられた。

「1つ、理由を聞いていいか?」

バジルだった。いつの間にか空になった

グラスの中に残り少ないワインを注ぎながらこちらを見ずに言った。

「理由……なんででしょうね。」

対して、苦笑混じりに答えた。

「お客様のお手伝いをしている、と言えば納得して頂けますか?」

灯に少し目をやり、そう答えた。さっきまで少し顔が青くなっていたように見えたが、もう元に戻っているようだった。

それを見たバジルが小さく苦笑する。

「こちらも1つよろしいですか?」

「あ、なんだ?」

「どうして注射器の存在を教えてくださったのですか?」

「元々1つしか試作してなかったんだ。盗まれたんだから俺が作っていた証拠はもう残っちゃいない。誰に喋っても構わないだろう。」

「てことは、街にも?」

「あいつら老いぼれには教えていない。俺はなぁ、これでも敵と味方の区別はするほうでな。相手が大きいほど燃えるだろう。あいつらを倒して硝子職人としてもう1度活動するのが俺の野望なんだよ。だからあいつらには絶対に教えない。」

照れくさそうに言うバジルはどことなく少年の面影があった。どうやら味方として認識されたらしい。

椅子から立ち上がり、灯の椅子を引いてあげた。灯はそれに気がつくとちらっとアルを見たがすぐに目をそらした。

外はもう暗くなっているだろうか。早くこいつを宿まで送って帰らなければ、また父に怒られてしまう。そう考えながら、アルはバジルにお礼と冗談混じりに宝石店の宣伝をし、店をあとにした。




「バジルさん、すっかり元気になってましたね。」

バジルの家を出た後、灯を宿に送る送らないのちょっとした言い争いを経て、彼女は思いついたようにそんなことを言った。

「元々人と交流する機会が少ないんだろう。ただでさえ街のことが嫌いなんだから、レストルができて感謝しているような住人と、わざわざ仲良くする必要も無いしな。」

あたりの地面からはえた街灯が薄暗い夜道を照らし、人通りのなさを教えてくれた。昼よりも夜の方が人が少なくなるのは言うまでもないがそれにしても人がいなすぎる。もしかしたら夜間徘徊禁止令でも出ているのかもしれない。バジルは街に反抗的だったから知らなくてもおかしくはない。

「急ごう。宿はどこだ?」

「この辺だからもういいですよ。」

「この辺に宿はねーよ。」

「うぅ……。」

嘘がばれて小さくうなり声を上げる灯。

さっきから似たようなやり取りが続いているがことごとく論破されている。

歩いている方向から大体の泊まり先の目星はついているため困るフリをする必要も無いわけなのだが、灯がとぼけている理由がわからない。早々に店名を言えばバジルの家から出たところで近道を教えられたであろうに。おかげで該当に照らされたこんなにも目立つ大通りを通るはめになった。

ふと、考えているところに灯の声が聞こえた。

「…………すか?」

「!?」

「……どうして……ここまで協力してくれるんですか?」

「協力か。……別に協力しようと思ってたわけじゃない。ただちょっと気になっただけだ。」

そう、本当に気になっただけだ。退屈した街の中で起きた事件に不謹慎にも心を弾ませている自分がいた。自分もそのキャストに混ぜて欲しい。そういった欲望が少しはあったのかもしれない。

「それに、まぁ。お客様に親切にするのは店の従業員としては正しいことだろ?」

「もう宝石店関係ないじゃないですか。」

灯が口元を手で抑えてくすりと笑った。

「そうだな……なら、もしこれがお前の探していた吸血鬼病の情報につながったら、うちでなにか買ってくれよ。」

「え!?……うーん。」

首をかしげて腕を組み、唸っている。宝石は流石に高すぎたかと思い、無理に買わなくてもいいと言おうとした。が、その声は灯の空元気のような声にかき消された。

「……いいですよ?その代わりちゃんと手伝ってくださいね!」

安い宝石だって旅の途中の財布には痛手だろうに。それほど譲れないものなのだろう、その吸血鬼病は。

「契約成立だな。」

そう言って不敵に笑ってみせると、それに反比例に彼女はなにか間違いを犯してしまったかのように渋い顔をした。

「あんたが言ったことなんだからな、ちゃんと守ってもらうからな。……ほら、ついたぞ。ここだろ?宿。」

「むっ……知ってたんですか!?」

「予想だったけどな。」

ほのかに黄色い明かりがドアの隙間から漏れていた。宿の営業は認められているらしい。たしかに、外から来た人にとっては店の営業停止なんて迷惑な話なのだろう。

「あの!……あまり高いものは買えないかもですけど、お手柔らかにお願いします!」

灯がドアの前で振り返り、深くお辞儀をしていた。かぶっていたフードがより深く彼女の頭を覆い隠した。

「ああ、よろしく。」

そう、声をかけてやると彼女はにこりと笑ってドアを開けて宿屋の中へ入っていった。

すっかりあたりが暗くなった夜のことだった。





少々遅れました。

次もこんな感じのペースですかね(汗)

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