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誘蛾灯の傍で  作者: 蒼井白
3/9

来客

戦争がないというのは良いものだ。あればあったで富裕層と貧困層の両方の差が開くため顧客に有り余るお金は宝石などの購買欲につながることもあるが、なかったらなかったで裕福でないもの達も好意を抱いてるものへのプレゼントとして買っていってくれる。

どちらにせよ自分には関係の無いものだが…。

このレストルの街には戦争というものがない。

なんでも、それぞれの街の長たちが話し合って決めた非侵攻領域の1つだそうだ。

一般には商工業の盛んな街がその領域として加わるのだが、場所によっては歴史的に重要なものが保管されていることにより強制的に領域認定される場合もある。

レストルはどちらかと言うと前者の方である。

この街にこうして宝石店を開くことができるのも、戦争がないことが保証されているおかげだ。

だが戦争がないだけで、街の中に争いがなくなった訳では無い。今朝のように商品を狙う盗人だったり、悪党だったりがしばしば現れる。

……まぁ、今朝のは盗賊ではなくただの世間知らずだったのだが。

自分のことを蹴りとばしてすぐに父の姿が見えなくなったのは、そういう治安維持の対策会議のようなものに駆り出されているからだ。

それぞれの店主は定期的に街の中央広場に集まることが義務づけられている。

そのため、店によっては営業をしなかったり、営業を任せられる第3者に預けるなど様々である。

しかしながらそういった店主不在の日に限って襲撃されるという話もあとを立たない。

悪者を駆逐するための話し合いをしている時に悪者に襲われるというのも、なんとも皮肉な話である。

ジュエリー・グレイスは会議の有無にかかわらず、ほぼすべての店の雑用がアルに任されているため、会議の日といっても特に普段と変わらずに営業をしていた。

今朝の月宮とかいう女はいつくるのだろう。そういえば時間を指定しなかったことに気がついた。

自分も大概人のことが言えないようだ。

営業時間を間違えて恥ずかしいだろうから、来るのはおそらく忘れたあたりの夕方だろうか。

そんな勝手な予想とは裏腹に、扉にかけられているベルが音を立てた。

ずいぶん早いな、と思ったが扉の前に立っていたのは今朝の客とは違う見知った顔だった。

「こんにちは!……どうしたの?そんな怖い顔して」

短く癖のある橙色の髪の毛。整った顔立ち。接客用の可愛らしいエプロンに身を包んだ彼女は、明るく、それでいてこちらを心配するような顔で続けた。

「あっ!もしかして、アルの店も盗みに入られたの!?」

「いや、入られてはいないが……あぁ、似たようなマヌケのやつなら今朝きたな。」

フードに身を包んだ線の細い少女を思い浮かべる。

誰のことだ?と言いたげに、首をかしげているのを無視して続けた。

「というか今、うちの店も、って言ったか?まさかお前の店…」

「いやいや!全然うちじゃないよ!南門近くのバジルっていう鍛冶屋さんが、何か道具を漁られたようなあとがあったんだって。というか、この私が看板娘を務めるブーケ・ド・レオノーラに悪事を働くやつなんか来るもんですか!」

自信満々に組んだ腕が、年の割にはそこそこ大きさのある胸を押し上げている。そこにもう少し品があれば、女性として意識することもあっただろうに。

彼女の名前はレオノーラ。親の経営しているブーケ・ド・レオノーラというレストランの看板娘をしている。

レストランを創設する際に、生まれてくる子供の名前を入れたいという親の願望から、こういう自信満々の店名と態度の大きな子供を生み出してしまったという話を、とある客から聞いたことがある。

「へぇ、バジルさんねぇ。鍛冶屋の道具なんて、鍛冶職人にしか使い道がないだろうに、なんだってそんなことを?」

「私に聞かれても知らないわよ。私が盗んだわけじゃないんだし!でもよかった、アルの店が被害にあってなくて」

どうやら心配しに来てくれたようである。

意外とこういった一面も持っているため、あとはその自信満々な態度と大きな声を直してくれたら……本当に惜しい女の子だ。

今頃はいい身分の男と結婚できていたであろうに。

「ずいぶん心配してくれてたんだな。店はどうしたんだ?」

組んでいた腕を解き、片手を腰に当てながらレオノーラは口を開く。

「いまは休憩中なのよ!」

どうしてそう声をはるのだろうか。

「看板娘が休んでていいのか?お前目当てでくる客だって沢山いるだろうに」

とりあえず機嫌をとっておけばいいだろう。それに、買い付け先の小僧からレオノーラのことが木になっているとかなんとか聞いたことがあるため、嘘は言っていない。

案の定レオノーラは上機嫌さを隠すことなく、ふふん♪と続けた。

「あら、雑なお世辞をありがと♪今日はうちのパパも会議で集まっているからね。人数が減るからこまめに休憩をとる約束なの。」

咳払いをしてつづける。

「それに私目当てのお客さんだって、みんな会議に呼ばれちゃってるしねぇ……、なによ、その顔。アルもたまには店に顔出しなさいよ。」

面倒くさい気持ちが顔に出ていたらしい。

「仕事があるんだよ。だから、店にはいけない。」

「仕事って……、お父さんとはうまくいってるの?」

突然の話題転換に少し戸惑ったが、落ち着いた顔のまま続けようと心がけた。

「何で急にその話なんだよ。」

「ほ、ほら!私だって昔アルのお父さんにお世話になったしさ!だから、大丈夫かなぁって……それに……アルのことだって、心配だし」

お世話になったことなんてあったか?心配事を続ける彼女の頬は内容の暗さに反して、徐々に赤く染まっているようにも見えた。

「うまくやってるよ。今日の用事はそれか?」

「ほ、ほんとうに?」

早々に話を変えたくて、眉にしわを寄せながら彼女を軽く睨んだ。

案外それが聞いたようで、彼女は問いつめることをやめ、うーんうーんと小さく唸っていた。

その後口を開く。

「えっと、今日来たのはね、噂で聞いた話なんだけど。吸血鬼病って知ってる?」

聞いたことのないその名前に思わず聞き返す。

「なんかね、昔に流行ってた病気らしいんだけど、私も詳しいことは知らないんだけどね、えーと、うーん……」

「早く話せよ。」

ゴニョゴニョとぼかしたことをつぶやく彼女に続きを求めた。いつもは自信満々に話すのに、時々自信が無げに話すときがあるのはなぜなのか。

彼女にはONとOFFのどちらかしかないのか。

「その、吸血鬼病にかかった人のことを愛するとね、身体が固まっちゃうんだよ。結晶質というか……そう!宝石みたいに!」

彼女が手を置いていた商品ケースの方をちらっとみて、探し物が見つかったように話す。

そういうばそういう風な話を昔父から聞いた気がする。

だがそれがどうしたというのだろう。たしか、当時の父の話ではその病気は父が生まれるより前になくなったと聞いた。

「その吸血鬼病はね、50年くらい前になくなったらしいんだけど、実はまだ完全に消えたわけじゃなくて、いまもその病原菌?、みたいなのをばー、培…ヨウ?している人がいるらしくてね……」

ところどころ自身がなくなっているのが、顕著に現れていた。

たしかに、彼女は普段接客業しかしていないのだから、専門知識的な用語は知らないのが普通だ。

対して自分は、昔からよく医学本を読まされていたため、それなりの知識はついていた。なんでも、もし戦争がやってきて宝石店としてやっていけなくなったら、医者としての知識を軍に使ってもらえるように、だそうだ。

そもそもこの街が非侵攻領域にあるためそんなことはないだろうが。

「その人がどうしたんだ?」

レオノーラがゴニョゴニョと弱めの口調で話を続けた。

「うーんと、最近街に出入りする人が増えてきてるでしょ?なんか怪しげな人も中には入るらしいから、その人たちが最近の盗みを引き起こしているんじゃないかって、パパが言ってたんだけどね。お客さんから聞いた話だと……」

「そいつらが吸血鬼病を持ち運んでいるってことか?」

「そう!」

突然強くなる口調には、もう驚きはしない。

長々と話しておいてこんな話か。

「……くだらないな。」

「くだらないって何よ!もしほんとだったらどうするのよ!」

商品ケースに寄りかかっていた身体を起こし、顔を近づけてきた。

下の会計の台をバンバンと叩いている。

「仮にもしそれが本当だったとしても、俺達が襲われることはないだろ。その病気はもともと偉い役人とかを殺したり、戦争で使われたりしてたものだからな。」

レオノーラが眉にしわを寄せる。

なんでそんなことを知っているのかと聞きそうだった。

「なんでそんなことを知っているのよ」

当たりだった。顔に出ているぞ、お前。

「昔父から教わったのを思い出したんだよ。だから大丈夫だ。俺らからちょっかいかけたり探したりしなきゃ襲われたりしないだろ。まぁ、いたらの話だけど。」

「あーっ!まだ疑ってるんでしょー!ちゃんと筋のある情報なんだからね!あんまりお客さんのこととか喋っちゃダメなんだけど、この話は街のお偉いさんから聞いた話なんだから。会議でも話題に上がってるって言ってたわ!」

そんなことをたかがレストランの従業員に教えては駄目だろうお偉いさんよ。きっと彼女は思わず口が滑ってしまうほどの聞き上手に違いない。どうやらこの街においてはそこらの情報屋や探偵などよりもレオノーラの信用を買ったほうが情報が集まるらしい。

その点でいうと、自分はそこそこ彼女に信用されているようだ。

だとすればさっきのバジルさんが襲われたという情報も非公開のものなのではないだろうか。

急に背筋に悪寒が走ったような気がした。あまり自分に危ない情報を教えられても困る。うっかり喋ってしまったらかなり面倒なことになるに違いない、それこそ、吸血鬼病の培養をしている人に目をつけられるくらいに。

ぺちゃくちゃと話を続け、情報の正しさを主張しようとするレオノーラの勢いを手で制する。

「分かったから、もういい。お前の情報は正しいだろうよ。」

レオノーラは勝ったとばかりに鼻をフンッと鳴らして少しのけぞっていた。

「だが、それなら余計首を突っ込むわけには行かないな。俺らはまだ子供なんだ。そんなお偉いさんが言うからにはかなりの事件なんだろう。それに最近会議の回数が増えているのもそれに関係しているに違いない。犯人が捕まるまでおとなしくしているしかないな。」

正直、会議の回数が増えているのは盗人の対策の方がメインであると思うのだが、今はレオノーラを落ち着かせ帰らせるのが第一優先だ。

「そうね。……あんたのところ休んだほうがいいんじゃないの?宝石扱ってるんだし。」

「休めるなら休みたいさ。」

そう言って少し苦笑いをする。

レオノーラは悲しそうな顔をした後、じゃあ、気をつけてねと言って扉を開けて出て行った。

扉のしまる音と同時に店内に静寂が流れ込んで来る。

それに逆らうようにかすかに壁掛け時計の秒針が動く音が聞こえる。

(……吸血鬼病か。)

愛したものが結晶の体になってしまうなど曖昧すぎる。おそらくそれはなにかの例えか……それとも噂に尾ひれがついただけ……か。と、そんなことを考えていた。


あまり人に見られてはいないと思いますが、一応。


だいたい2週間に1話のペースでいけたらなぁと思います。


ではでは。

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