表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.8
96/368

095 晴れのち再会、ところによって湯気

 幸いにも車内はいていて、すぐに僕とクドの二人は向かい合わせになっている四人掛けの椅子に座れた。

 土曜日だというのに、なんというラッキー。

 僕が促すとクドはとてとてっと椅子に向かって走っていき、椅子の上に膝を乗せて、すぐに窓にへばりついた。


 列車の外でもクドは大はしゃぎしていたが、それは列車の中でも変わらなかった。

「走ってる。走ってるぞ」

「走ってるね~」

 クドは額を列車の窓に擦り付けて、走る車窓からの景色を眺めた後、再び列車の中に視線を戻して。戻すたびに興奮していた。

 田舎から出てきた生娘っていうのはこんな感じなんだろうか。

 一五分ほど列車が走り続けると都市から離れ、さらに列車が走ることおよそ三〇分。辺りの景色が一変して一挙に外から見える風景が牧歌的な雰囲気を漂わせた。

 クドでなくとも。

 この緑が広がるような風景を見ると、

(あ~なんか旅をしてる感じがするな~)

 と、自然に思えてくる。

 旅と言っても月城町から数駅離れるだけの小旅行にしかならないのだが、それでも胸は躍るものだ。

 ここ最近、色々立て込んでいたので、知らないうちにストレスのようなものが溜まっていたのかもしれない。そう思えば、この小旅行。発案者が先生であることを除けば、いい息抜きになるかもしれない。

 二人にとって。ね。

「あ、そうだ」

 僕はビニール袋から月城町の駅で買った駅弁とお茶を取り出して、クドに差し出す。

「お弁当。食べよっか」

 列車の外の風景を見て、いいころ合いだと思ったのだ。二人で駅弁をぱくつくことにする。

 お茶を飲み、和気あいあいとお喋りをしながら食べるお弁当は、いつもより美味しく感じた。

「おいしい。おいしいなカナタ」

 と、クドは駅弁を食べながら言う。

 クドは箸が苦手なのか、箸の持ち方が握り箸になっている。そのせいかぽろぽろとご飯やらおかずやらを服の上に落としていた。僕は微笑して、

「そうだね。旅をしながら食べるご飯が美味しいっていう話もあるけど、本当にそうみたいだ。これは旅をしないと分からない経験だったね」

 特に注意することなく、紙ナプキンで服の上に落ちた油やご飯、おかずといったものを拭ってやる。

「でもかっぷけーきには敵わないな。うん。やっぱりかっぷけーきがなんばーわん」

「うん? カップケーキもあるよ? 食べる?」

「たべるたべる!」

 と、クドがぐいっと顔を近づけてきた。

 本当にカップケーキが好きなんだな~と、思いつつ。僕は隣に置いていたリュックサックの中から一つカップケーキを取り出して、クドに渡した。

 カップケーキは二つあったが、一つだけにしておいた。日持ちはあまりよくないので早急に食べなければならないが、いくらなんでもお弁当を食べ終わってすぐに二個も食べてしまうとぶーちゃんになってしまう。

 今日のカップケーキはあまり凝ったものではなく、シフォンケーキをカップ型にしたみたいな簡単なものであった。生クリームやチョコレートを使ってしまうと腐りやすくなってしまうからだ。

 一応カップケーキはビニール袋に入れて保冷材と一緒にしてあるので、そこそこは持つと思うが。

 カップケーキを受け取ると大きく口を開いて、かぷりつく。

「~~~~~~~♪」

 震える。

「あま~~い♪」

 足を揺すって、喜びに打ち震える。

 もはやこの流れはお決まりであった。というよりはクドにとってカップケーキを食べる作法のようなものなのかもしれない。

「そういえば」

 クドがカップケーキをかじりつつ、

「これからどこへ行くの?」

 と、尋ねてきた。

 どうやら列車に乗ることに興奮していたためか、この列車がどこに向かっているのかは分かっていなかったらしい。

 ちょうどいい機会だったので改めてクドに説明することにする。

「温泉街だよ。温泉がある町」

 湯治の目的地は月城町から列車を使って一時間ほどで到着する温泉街。

 そこにある旅館に向かっている。その旅館は日帰りもオススメするほど温泉が豊富らしく、効能は怪我から美容。当然、疾患などにも効く温泉もあるらしい。

「おんせん……」

 クドは、

「ん~?」

 と、首を傾げた。

 もしかして……?

 僕は首を傾げているクドに聞く。

「ひょっとして……温泉って分からない?」

 クドは、

「…………」

 こくり。

 と、頷いた。

 あ~。

「お風呂は分かるよね」

「うん。いつもユミと一緒に入ってるからな」

 そっか。

 お風呂は分かるんだ。ま、そりゃそうか。

 なら説明もしやすい。

「簡単に言えば、ね」

 僕は大きく手を広げて、

「こ~んなに広いお風呂のことかな。家のお風呂だと一人か二人ぐらいしか湯船に浸かれないけど、温泉だとね一〇人ぐらいなら簡単に湯船に浸かれるぐらい広いんだよ~」

「おー」

 クドの目の奥が星となる。

 興味津々といった感じ。

 そんな彼女に対し、僕は。

 密かに。

 本当に密かに。こっそりと。

(あれ~……でもな~んか……大事なことを忘れているような気が……?)

 と、内心そんなことを思っていた。

(なんだっけな~)

 首を傾げてみるが答えは出ない。

 答えの出ない迷いというものを人は忘れやすい。

 僕もまた。

 そんなことすぐに忘れて、駅弁に舌鼓を打つことに戻る。

「美味しいな~これ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ