088 踏み越える夜
早々に復活出来ました。
喫茶店の営業時間が終わり、父さんと母さんが閉店準備を進めている頃。
裏口から家の中に珍しい客がやって来た。
「おう、風邪はもういいのか?」
「や、八神先生?」
裏口から入ってきたのは僕が通う月城高校の養護教諭で国語担当のクラス担任。八神環奈先生であった。
先生はびしっとスーツを身に着けていたが、白衣を羽織っておらず、今はトレードマークである銀縁のメガネもかけていない。
ちなみにやはりタバコは吸っていた。
ハイヒールを乱暴に脱ぎ捨てると、ずかずかと家の中に入り込んでくる。
「先生なんて呼ぶなよ。ほら。今はメガネかけてねーだろ?」
「あ、そういえばそうですね」
「オンオフ切り替えてんだよ、あのメガネは。お前には話したろ」
「あー……。まあ」
少し歯切れの悪い返事。
前に確かに先生がメガネをかけている理由を聞いたことがある。だが、その理由がものすごく頭の悪い内容だったため、忘却の彼方へと追いやっていた。
先生がメガネ、というよりは伊達メガネをかける理由だが。
その理由が。
賢く見えるからとのこと。
メガネをかけているから賢いっていうのは完全にバカの発想であり、そもそもメガネをかけたぐらいで何だというのだ。
先生曰く、先生ってのは賢く見えないといけないらしく。先生が先生っぽく見えるようにするためだけにかけているらしい。で、メガネをかけていない時は完全にオフモードということ。
今、メガネをかけていないので先生はオフモード。
まあ……手元には大吟醸の一升瓶があるので、そこのところは明白なのだが。
「でも本当に珍しいですね。どうかしたんですか?」
「まあ……ちょろっとな」
先生が少しウインクをした。
と、その時。
階上からクドがとことこと下りてきた。
可視状態で。
「あ」
「お」
二人同時に吐息を漏らすクドと八神先生。それの意味するところは。
そして、またほとんど同時に、
「なんでここにせんせーが? せんせーってのはがっこーにいるんじゃないのか?」
「すっかり馴染んでんなー。ここの生活に」
「「え」」
と、僕とクド。
対し、先生は肩をすくめ、
「どうだ? ここの生活は楽しいか?」
そう言ってクドの方に向かって歩き始める。
クドが、
「う、うん……」
と、少しよそよそしく答えると、にひひっと、屈託なく、白い歯を見せて先生が笑った。先生はクドのことを見て、まったく驚いていない。むしろ、このことを受け入れている。
何の迷いもなく。
「先生……」
「ん? どうした久遠」
「先生は……この子と初対面ですか?」
「はあ?」
呆れるようなため息。
そして、
「二回目だろ、な」
再びウインク。
「は、はは」
僕はもはや苦笑するしかなかった……。
やはり先生は見えていたのだ。
あの時。
クドのことが。
目元を手で覆った。
ダメだ……。もう、限界だ……。
聞きたいことがありすぎる……。
気が付けば僕はものすごいジト目になっていた。その目で先生を見ると、先生が、
「わ~った。わ~ったから。そんな目で見るんじゃねーよ。今日、ここへ来たのもな。そろそろ話してやろうかと思ったからだ。どうせ、あの子から色々聞いちまったんだろ?」
「あの子?」
「クラリスちゃんだよ。クラリス・アルバート」
「……」
「とりあえず、部屋にでも行こうぜ。ここで立ち話出来るような内容じゃねーと思うし」
そう言ってから先生が階段の登る。部屋と言うのはどうやら僕の部屋のようで。
クドが先生をじっと見やる。
それから僕のところまでやってきて、耳元で、
「あの人、何者なの?」
「う~ん」
クドの問いに僕は、
「僕が知ってるのはね」
こう答えてあげた。
「あの人が世界一学校の先生が似合わない学校の先生で、タバコと酒が大好きで、僕の叔母さんってことぐらいかな?」
「おばさん?」
「そ。僕のね、叔母さん。母さんの妹ってこと。母さんの旧姓は八神だから」
「血の繋がりがあるってこと?」
「そうなんだよ~。信じらんないよね。ほんっと!」
僕は苦笑する。
「昼は学校の先生。夜は酔っぱらい。それがあの人。八神先生なんだよ。でも……まだ、顔を持っているみたいだね。ヴァンパイアハンター……? だったかな。聞けるだけ聞いてみたいな。その“顔”について」
先生の後を追うように、僕とクドもまた階段を登っていった。




