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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.6
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084 狐と神狼、相まみえる

「ワンワンワンワンワン!」

 梨紅はその狐の元まで走ると、叱声しっせいを発した。視線の先の狐を睨んだ。

 カフェのオープンテラスにいた客たちが一斉に梨紅を見た。それはそうだ。いきなり白いチワワがやってきて、何もない空間に吠えているのだから。

 少し薄気味悪がった客たちは店の中にプレートやコーヒーを手に持ち、逃げるように入っていった。

 梨紅としては好都合であった。

 周りに誰もいなくなれば、事を運びやすくなる。

(※ここからはイヌ科語でのやり取り)

『ちょっと、あなたは一体誰なんですか?』

『……』

『聞こえていますよね。野良狐ではないようですね。あなたからは魔力を感じます。それも尋常ではないほどの魔力です。他の人たちに見えていないのが何よりの証拠。一体誰ですか? ここに何の用ですか?』

『……』

『聞こえていない? でも……耳に怪我をしたような傷は見当たりませんし……』

 しばし考え込んで。

 ふと顔をあげる。

 すると。

 今まで無視を決め込んでいた狐が、ふんと笑ったのだ。

 しかも。

 鼻で。

 人を小馬鹿にするように。

 そこで一度梨紅の頭に血が上った。

 だけど。

 抑えた。理性が勝ったのだ。

 たかが獣のすること。いちいち怒っていてはきりがない。

 梨紅は大人だった。

 チワワのまま笑顔を凍り付かせながら、

『あなたはだれですか?』

 と、尋ねた。

 すると、一体どこから取り出したのか。狐は前足でプラカードを握っていた。そこには梨紅に向けられた簡潔なメッセージが書き込まれていた。

『ぶさいく』

 と。

 ほうっと梨紅の瞳に危険な光が帯びる。

 梨紅の前足の爪が若干伸びて、牙が剥き出しになりつつ、全身の白い毛が逆立つ。

 狐は相変わらず人(今は犬だが)を小馬鹿にしたような顔で、

『……』

 また違うプラカードを握っていた。そこには、

『かなたはぼくのもの』

 と、書かれていた。

 そして、その裏に。

『ぶさいくはかえっちゃえ。ばーか』

 これ以上ないくらい梨紅の精神を逆なでた。ぶちんと梨紅の中の何かが音を立ててぶち切れたらしい。“神狼”になっていることも忘れて、

『焼け焦げろ! このクソギツネ!』

 前足を振るって魔法を発動。

 狐に向かって全力全開で熱量の放射。狐に向かって熱波が襲い掛かる。

 狐が握っていたプラカードを前に放り投げると、プラカードが熱でぐにゃりと歪んでから、真っ白だったボードが一瞬で真っ黒に焦げた。炭になって。燃え尽きて、再び白い灰になる。

 にやりと梨紅が勝ち誇っていると。

 こてん。

 チワワの頭に何かが当たった。見ると、それはプラカード。

 どうやらこれが頭に当たったらしい。頭に当たった後、地面にそれが転がって。表面にひっくり返った。

『ばーか』

 梨紅はすぐに上を見上げる。

 すると狐が軽くビル一階分くらいには跳躍していた。

『うえだよ』

 と、

『つぎはこっちのばん。ほのおのつかいかたへただね』

 と、二枚のプラカードを左右の前足で握ったまま、狐が尻尾を振る。

 ふりふり。ふりふり。

『!!』

 狐がプラカードを捨てて、右の前足を高く突き上げる。それは実にあり得ないことであった。

 右の前足に驚くべきほどの魔力が凝集していた。

 その狐の前足に炎が灯り、一瞬で魔力は一から一〇〇という量にまで膨れ上がり、巨大な炎の球の完成。

『りんか×1『ひあそび』』

 にやっと狐が左足でプラカードを掲げながら、邪悪に笑う。

 その炎は。

 明らかに一匹の動物が召還出来るような代物ではなかった。熟練された能力者が強大な霊力、または魔力を凝縮させて作り上げるような、必殺の威力の込められた膨大な熱力である。間違いなくこの攻撃をその身で受ければひとたまりもない。そう、受ければ。

 この一帯を確実に吹き飛ばしかねない威力の火球を前に、梨紅は。チワワとなっている、小さな梨紅は、

『はあ……』

 と、小さくため息を吐いた。

 狐は梨紅を見下ろしていた。その表情が少し変わる。

 邪悪な笑みが。

 ほんの少しだけ。

 ひきつる。

『やれやれ……ここを吹き飛ばす気ですか』

 と、梨紅は狐を見た。

 そして。

 梨紅は笑った。

 不敵に。

 目が。

 きらめく。

 圧倒的な力を秘めて。妖しく。危険に。

 輝く。

『……かーくんの家を消し飛ばすなんてこと』

 と、梨紅が動く。

 右の後ろ足を一歩引いて、両の前足を地面に食い込ませるほどの力で踏ん張った。そして背中を反り、ひたすら真っ直ぐと狐と火球を睨む。

『この私が許す訳ないでしょう』

 それはさながら犬同士の威嚇のし合いだった。縄張り争いをしているかのような。メンチを切りあって、どちらが上かを見せつけるかのように。

 ただの。

 威嚇。

『炎の扱いが下手? 違いますよ』

 今度は。

 今度は、梨紅が邪悪な笑みを浮かべる番だった。

『手心を加えただけです。あなたを思って。動物のあなたを思って。かーくんの家に迷惑がかからないように。私は……こういう手加減とか。手心とか。とにかく。そういうのに力を入れているんです。幼い頃から、ずっと。嫌われたくないから。……でもね』

 ずんっと辺りの大気が一気に重みを増したように、揺らめいた。

『かーくんの敵には容赦しません。そう、決めているんですよ。あの時から。ずっと。ずーっと』

『……!!』

 空中で狐がよろめいた。あまりにも膨大な梨紅から放たれていた殺気にも似た霊力に気押しされたのだ。

『敵……ですよね? かーくんの家を吹き飛ばそうとしているんですから』

 火球が左右にぶれた。

 狐が魔力を上手く操れなくなったのだ。

『あと。もういっこ。あなたは大きな勘違いをしています。私はあなたと同じ炎を扱いますが、熱ではありません』

 彼女はとうとう、霊力を一点に集中させ、チワワの。

 いや。

“神狼”の口へと。

 全ての霊力を集中させた。

『光です。私の炎は光の炎。熱量をはるかに凌駕する、圧倒的なまでの光』

 そして。

 力を振り絞って、吠えた。


「わお――――――――ん!」


 月城の町に響き渡る遠吠えは、音となり、やがて。光となって。

 霊力の“咆哮ほうこう”と化す。

 目がくらむほどの光の噴射。

 光はとてつもないエネルギーとなって、狐までの直線距離を真っ直ぐに伸び、その軌跡を白に染め上げていく。青い空も。赤い炎も。

 何もかも。

 真っ白な、世界へと。

 全てを白で塗りつぶしていく。


 これが本気の。

 ――“神狼”の“咆哮”。

 気高きクルースニクの力。


 梨紅が空を見上げ、光の“咆哮”を眺めつつ、

『はあ……』

 と、大きなため息を吐いた。

 彼女の逆立っていた毛がようやく落ち着いたようになびく。

『何だったんでしょうか……あの、狐』

 さっきまでの神の狼と称してもおかしくないほどの張り詰めた感じはとうに消えており、梨紅が嫌うチワワの可愛らしい感じが戻っていた。

 梨紅はきょとんとして、

『あ』

 ハッとなる。

 店の中に駆けて、入る。

 時計を見た。

『しまった……。もう時間が……』

 余計なことに時間を割いてしまったせいで、かなたの見舞いをするような時間が無くなってしまっていた。

 店の中がざわざわとして、その声で梨紅は慌てて外に出た。

『く~せっかくここまで来たのに~!』

 そしてその勢いのまま、再び疾駆。

 チワワは再び風となって、消え。

 跳躍。

 後には店の中の戸惑いと喧噪だけが残った。

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