083 狐と神狼、相まみえる
梨紅は“神狼”の姿に変わってから五分。あっという間に喫茶店『スタブロス』の近くにまでやってきていた。
普通の状態であれば二〇分以上かかる距離も全力で屋根を伝い、跳び、駆けるとこれだけの時間で到着出来る。
しかし困ったことになった。
梨紅は一度、足を止めた。
この姿で向かったとして。
どうしようか。
と、まあ。そういうことであった。
ふと、足を止めて梨紅はブティックのショーウインドーを眺めた。今度は吠えないように前足で口元を抑えながら。
ショーウインドーに映っているのは、紛れもなく自分。
“神狼”へと変化を遂げている自分の姿であった。
声、曰く。
気高き姿の。
神の如き強さを備えた白き狼。
だが。
ど~~~~~~~う見ても。
どっからどう見ても。
“神狼”と呼ばれている狼は。
ものすごく小さなイキモノである。
厳密に言えば。
チワワ。
毛長の。
チワワ。
少なくとも狼ではない。
犬。
これの分類は同じイヌ科でも犬に分類されるものであって、決して気高き狼と呼べるような代物ではない。
梨紅は大きなため息をついた。
明らかに名前負けしている。
“神狼”と呼ぶのなら、せめて狼であって欲しいと思うのは間違いだろうか。
ふるふる。
首を横に振った。
見るのも嫌だった。こんな姿をしてどうやってかなたの前に現れようか。こんな姿の自分を見て、彼は引いたりしないだろうか。
色んなネガティブな感情が混迷。
と。
「きゃあ~♪」
「可愛い~」
ブティックから出てきた大学生ぐらいの若い女の子たちの熱狂的な声があがる。梨紅が顔をあげる。すると、再び「きゃあ~」と黄色い歓声があがって、さらに女の子たちのテンションが爆上げ。
よってたかって女の子たちが真っ白いチワワになっている梨紅の頭を撫でようとする。
いくら血統書が付きそうな高貴そうな真っ白なチワワでも、中身は高校生の少女、栗栖梨紅なのだ。
誰彼構わず頭を撫でることを許すほど、彼女は軽くはなかった。
首を嫌々と振って、それを払おうとする。
が。
軽く首を横に振るというその仕草。
それが、また。
「可愛い~♪」
女の子たちには受けた。
可愛いもの症候群の女の子たちは一度可愛いと思ってしまったものはどんなに否定的な態度を取ろうとも可愛いのだ。むしろ可愛いと言っている自分が一番可愛いと思っている訳だが、本人たちにその自覚はないので、いっそうたちが悪い。
梨紅はこれが本当に嫌だった。
可愛いと言われて嬉しくないという訳は決してない。梨紅だって女の子だ。可愛いと言われれば少しは心が弾む。
だが、考えても見て欲しい。
梨紅は“神狼”になるために一度全裸になっている。
見た目はチワワでも心の梨紅は高校生の年頃の娘。
今、梨紅は全裸。
でも、見た目チワワ。
犬が全裸でも誰も気にしないが、中の梨紅は、
『あ~もう』
と、心の中で顔を真っ赤にしていた。
中身の少女の全裸はチワワに熱をあげる女の子たちには分からないわけだが、梨紅としては裸の自分の体を弄られているかのような心境なのである。
たとえ同性であろうとも。
それは恥ずかしい。
羞恥の極みだ。
だから嫌いなのだ。この“神狼”モードは。
も~!
たまらず、駆けた。というか逃げた。逃げる。
女の子たちが後ろの方で「あ~」と残念がるような声をあげたが、構わず逃げた。
しばらく逃げてから。
『はあ……』
と、梨紅はチワワのまま、ため息を吐いた。
余計な時間を食ってしまった。
急がないと。
昼休みが終わるまでに戻ってこれなくなってしまう。
と、梨紅がとことこと短い足で歩いて。
「???」
と、小首を傾げる。
かなたの家に着いたのはいいものの。
きょとんと目をまん丸くして、固まった。
見慣れないものが『スタブロス』の店先にいたのだ。しかもそれは誰にも見えていないようだった。
もし、見えていたのならもっとパニックになっているか。
可愛がられている。
自分は人間の動物愛の深さを知っている――というより、体感しているので分かる。
だからこそ、きょとんとしたのだ。
『なに……あれ』
心の中で思う。
そして。
店先に座り込んでいた狐は「くあ~」と大あくびをしている最中であった……。
ネット復旧の目処が立つまで、シーン6が終わった時点で更新を一時停止致します。
ご了承ください。




