007 ボーイ・ミーツ・ヴァンプ
ごろごろごろ。
駆ける勢いそのままの体当たりは生屍人に直撃して、生屍人が地面を転がった。
「はあ……はあ……」
息が荒くなる。
……や……っちゃった……。やっちゃったよお!
自分でやっといてなんなのだが、思いっきりテンパった。心臓はばくばく鳴ってるし、自分がしでかしたことの重大性を事が済んでから後悔しそうになる。
んあー!
「な、なんで……」
そこでようやく少女が片膝を地面につけたまま首を上げ、声を出した。
相当驚いていたのか、少女の声はわずかに掠れている。
生屍人たちも突然の奇襲に驚いて呆けて固まっていた。
「あー……」
僕もちょっと困ったように固まる。
「なんで来た!」
そして、思いっきり怒鳴られた。
少女に。
一応危機っぽい場面に直面していた少女に。
「ご、ごめんなさいっ」
とりあえず謝ってみたが、少女の熱は下がらない。
「早く逃げろといったはずだ! こいつらは人を食べるんだぞ。ようはお前はこいつらにとっての餌だ。それが易々と戻ってきてどうする!」
少女が叫ぶ。
……やっぱり歓迎されてないみたいだ。
まあ……そりゃそうか。
けど。
僕は少女が怒鳴っている最中に少女を見やる。
元々そのぐらいの短さだったのかと錯覚してしまいそうなほど少女のワンピースのスカートの裾が短くなっている。……が、僕は彼女の服がボロボロになっていることに気が付く。裾だけじゃない。左肩の紐もすっぱり切れていて、少女の褐色の肌が露わになっている。
……それに。
真っ白だったワンピースに鮮やかな鮮血が迸っている。
「…………」
唇を噛んだ。
僕のせいだ。
僕を助けるためにこの子はこんなしなくてもいい怪我を。
「とにかく今ならまだ間に合うから、はやく逃げて!」
そう言って少女は僕の前で立ち塞がる。片膝から血を流して。
まるで盾のように。
そんな後ろ姿の少女を見て、手を伸ばす。
「…………」
僕は、一度だけ悩んだ。
思わず伸びた手が止まる。
けれど。
その手は少女の頭に乗った。
「え」
僕はぐしぐしと少女の頭を撫でた。
「……ごめん」
「え。え」
きょとんと少女は撫でられた頭に手をやる。
――――撫でた意味、分かってるのかな?
……まあ、今はそんなことどうでもいいか。
僕がすべきこと。それは。
「……来て、ごめん。逃げなくて、ごめん。そして……逃げて、ごめん」
そう謝った。
そして。
「あ、おい」
少女の前を遮った。
「僕は……キミに恩を感じてる。命を助けてくれてありがとうって、そう思ってる。けど……それ以上にキミのことを助けたいって……思った」
背中を向けたまま尋ねる。
「ダメ……かな?」
「だ、ダメって……」
少女が何かを言う前に、
「おっと」
辺りを見回すと生屍人の集団がこちらに敵意を向けていた。
「とにかく出来るだけのことはするつもり。僕はキミと違って戦えない。でも、逃げることぐらいは出来るよ」
そう言ってからひょいっと少女の体を背負い上げる。少女は想像以上に軽い。
「わわっ」
「ごめん。ちょっと我慢しててね」
「お、おろして!」
「ダメだよ。キミ、怪我してるでしょ。そんな足じゃとても逃げきれないと思うよ。彼らから」
いつの間にか僕に体当たりをされて倒された生屍人が立ち上がっていて、怒りを剥き出しにしたように真っ赤な瞳を尖らせて怒りと敵意を轟々に燃やし、今にも飛び掛からんとしていた。
「くっ!」
少女が僕の背中から指を伸ばす。
また……あの氷の柱を出すつもりなのだろうか。
僕は起こり得る寒気に備えた。
が。
「???」
それは杞憂に終わる。
出ない。
少女の伸びた指からは何も出てこなかった。
「だめか」
「どうしたの?」
すか、すか、すか。
少女はぶんぶんと指を振ってみたが、やはり何も出てこない。
「だから戻ってくるなと言ったのに」
呆れ気味にそう言う少女。
「……魔力が切れた。もう……お前を守れない」
「じゃ、もう氷を出せない?」
「当たり前だ。もういいから早くおろして。私をここに残していけばお前だけは助かる。それで十分でしょう?」
言葉に僕はぐっと少女を抱える腕に力を込めた。
「じゃ、なおさらだ!」
僕がそう叫ぶのと同時に僕は少女を背負ったまま走り出した。
生屍人の集団が僕目掛けて飛び掛かる。
「ウラアアアアアアアアアア!」
僅差で生屍人の攻撃をかわし、さっきまでいた場所に大きな穴が開いた。