078 狐と神狼、相まみえる
「風邪っていうのは……病気かな?」
「病気?」
「うん。病気。病とも言うね」
眠っているかなたの顔を時折、氷水で冷やしたタオルで拭いながら夕実が背後でおろおろと困惑しているクドラクにかなたの状態を説明してやる。
「やま……い」
病という単語を聞いて。
初めてクドラクの心がちくっとした。
心当たりがある…………ような気がする。胸が痛い。苦しい。何なんだろう。これは。
夕実は振り返らず、甲斐甲斐しくかなたの世話を続けたまま、
「大丈夫だよ。かなたくんはただの風邪なんだから~」
微笑みを崩すことなく答える。
クドラクは気が付いていないが、ものすごく辛そうな顔をしていたのだ。
「ほんとうか?」
「うん」
「ほんとうに、ほんとうか?」
「本当に本当。大丈夫」
不安に押し潰されそうになっていたクドラクはほとんど無意識に。
「しな……ない?」
かなたが死ぬのではないかと懸念。
そんなクドラクの懸念を吹き飛ばすようにして、夕実は変わらない口調で。
「死なないよ。かなたくんは死なない。絶対に大丈夫。だからそんな顔しないで。クドちゃんがそんな顔してたらかなたくんが目を覚ました時にすごく心配しちゃうよ? クドちゃんが笑っている顔がかなたくんの一番の薬になるんだから」
そう言った。
クドラクがぎゅっと拳を握る。
「なにか」
そして。
俯いていた顔を上げた。
夕実はゆっくりと振り返ってその顔をじっと見る。
「なにかないか。ユミ。わたしにできること。なにか。カナタのために。なにかないかな!」
そして、微笑んで、
「じゃあ。私のやり方を見て、覚えて。風邪を引いた人の世話の仕方。とっても簡単だから、きっとクドちゃんでも出来ると思うな」
夕実はそっとクドラクの頭を撫でてから隣に座らせる。
その光景は。
とても、微笑ましく。
まるで親子のようであった。
兄が風邪を引いて。
それを懸命にお世話を焼こうとする。
ただの妹と。
それを見守る母。
それ以外の何物でも。
クドラクにとって恐らく初めての。
病人の看病であった。
まず初めに夕実が教えたのはとても簡単なことだった。クドラクはそれを汗をかきながらもこなした。
夕実はあらかた教えた後はじっと黙っていた。黙ってそれを見続けた。
クドラクはこまめにタオルを取り換えながら、おでこのタオルが温くなってきたら氷水に一度タオルを浸して水気をよく切ってからおでこに乗せ直す。汗をかいていたら真新しいタオルで拭う。それの繰り返し。
夕実は一息ついて、
「じゃあ。これをし続けて。かなたくんが起きたら教えてね」
そう言ってから立ち上がる。
クドラクは返事をしなかった。
最後に。
「ふふっ」
夕実が密かに笑って。
部屋の扉を開けて、そこから出て。
がちゃりと扉が閉まった。




