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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.5
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074 クラリス登場!

 体が熱く、そして。寒い。

 呼吸が乱れ、目の前がかすむ。

 そんな中、

「なぜ……分からない?」

 初め、何かの間違いかと思った。


 あまりにも彼女らしからぬ言葉遣いに。

 あまりにも彼女らしからぬ声に。

 あまりにも彼女らしからぬ姿に。


「どけ! 私が殴りたいのはあんたじゃあない! そこで自分を弱いフリで見せているバカな男の方なんだ!」

 クラリスさんは頭に血が上り切っているのか、口調がとても荒々しい。

 対し、クドは。

「なぜ……分からない?」

 と、言葉を繰り返す。

 ひたすら冷たい声で。

 そこでクラリスさんのこめかみに熱が籠る。

「なにがだ!」

 激情する彼女に対してクドはどこまでも冷たく、氷のような態度で。

「カナタの優しさを」

「優しさ? は!」

 だんっと地面を踏んで、

「こいつは優しいんじゃあない! 人をバカにしてるんだ!」

「……」

「自分は本当は強いのに、それをわざわざ隠して! 人をバカにしたような態度で私のことを心の中であざけ笑っていた。それが許せるか!」

 激昂に支配されたまま言葉に檄を乗せる。

 が。

「……っ」

 一瞬で言葉を呑む。

 二人の目の前でクドが変貌を遂げていた。いや……遂げようとしていた。言葉を呑んだのはクラリスさんだけではない。僕も。彼女のことをよく知る僕でさえ、目の前で起こっている出来事が信じられずによろめいた。

「クド……」

 熱さと。

 寒さと。

 驚きで。

 声が掠れる。

 クドの髪が赤黒く染まっていたのだ。体は宙を浮き、みるみるうちに彼女の髪が赤い魔力に支配されていく。血のような。浄血のような真っ赤な色の血ではなく。まるで悪血あくち。悪血のように黒々しい、毒にクドの髪が染まっていく。

 量を増し、ざわつき、彼女の体が“悪疫”に変貌。

 クドが腕を前に伸ばす。静かに。しかし、恐ろしいぐらい低い声で、

「愚かな」

 そう言った。

 伸ばした腕に変化が起きる。

 指の先。爪の先から黒い帯のようなものが生えた。そしてその黒い帯のようなものは蛇のような動きでしゅるしゅるとクドの腕に巻き付いていく。それはまるで生きているかのように、まず腕に絡みつき。次に乳房。腹、足。そして顔を覆いつくす。

 帯が彼女の体にあらかた絡みつくすと彼女の周りの大気が凍り、そして。歪んだ。

 ぐにゃりと黒く歪み、大気を目に見えるほどの黒さで捻じ曲げ、歪ませる。

「……」

 息を呑んだ。

 彼女のしていることが分かってしまったためだ。

 彼女は周りの空間を自分の魔力で塗りつぶしていたのだ。彼女の得意な魔法は氷である。その氷の魔法は何度か見たことがあった。しかし、それは彼女の本気の威力を放つに値してはいなかった。彼女は今の今まで生屍人ゾンビにもクルースニクに対しても本気を出していなかった。

 否。

 出せなかったのかもしれない。

 これは憶測で。ほとんど推測だが。

 彼女の周りの空気が日本では観測し得ないほどの冷気に包まれていた。机の脚が凍り付き霜が張り付いて、机の周りに落ちていた僕の血液は一瞬で凝固し、彼女の周りの大気と外から入り込んでくる大気によって温度差が生じて、音もなく崩れ去る。

「く……ど……」

 僕は焦ったように声を出そうとした。

 しかし。

 あまりにもな異常事態に声が上手く出せない。

 彼女は周りの大気を自らが最も力を出しやすいように歪めている。それは燃え盛る炎の中にガソリンをぶち込むような方法に似ている。炎だけでも厄介なのに、そこに潤滑油を流し込んで爆発する力を増大させようとしている。

 分かる。

 分かってしまう。

 直感がそう告げている。

 大きな力の脈動を感じた。

 それは。

 クドの前に立っているクラリスさんも同様のようで。

「ぐ……な、なに……これ……」

 クラリスさんは一番クドとの距離が近い。

 おそらく自分以上に彼女の変貌に驚きを隠せない。

 腕で自分の体を抱きしめて、少しでも寒さを和らげようとする。だが、それはあまりにも無茶な行為だった。考えてもみればいい。もし日本で過ごすような服装でシベリアのような大寒の地に放り投げだされて、体を抱きしめたところでいったいどれだけの意味があるのだろう。……意味なんてきっとない。ただ凍え死ぬ。それだけ。太古の昔。ずっと、ずっとずっと昔。恐竜が寒さで絶滅した時のように、生きているモノであれば抗うことさえ出来ぬまま、死ぬ。ただ、それだけのこと。

 クドはすうっと浮かび上がったまま、告げる。

「女、憐れな女よ」

 クドの目が空白になっていた。口を開き、少女をただ、見下ろす。

「なぜ分からないのだ。なぜ、分かろうとしない。認めようとしない。その行為に一体どれだけの意味があるのだ。強さを求めて。貴様は何を欲しているのだ。そしてその思想をなぜ他人に強要する? 思想を持つことは悪いことではない。それは人の意志で、人の強さの根源たるモノだ。それは否定しない。だが、それを強要するのはなぜだ。何がお前をそうさせる? それがどれだけ愚かで滑稽なことだとなぜ気が付かない? カナタはそれを一瞬で見透かしたのだ。貴様があまりにも愚かで、不様で、可哀そうだと。だからこそカナタはお前に攻撃をしなかった。それがカナタの優しさだ。戦いと強さを欲する貴様に応え、強さを示した。ただそれだけのこと」

 声からは感情の全てが掻き消えていた。

 ただ無情に。

「憐れで。どこまでも。弱い女を救おうとせんと。強さに固執するお前を。自らを犠牲にして。救わんとしている彼の優しさが。なぜ。分からないのだ」

 ただただ、少女を無感情に見下ろし続けていた。

 そして。

「それほどまでに強さを欲するか。ならば、よい。ならば。我が貴様の相手をしよう。この我、黒の魔術師こと“悪疫”が貴様の相手をしよう」

 一瞬で。

 たった腕を少し動かしただけで。

 屋上の全てが凍り付いた。


「喜べ。我は…………強いぞ(ヽヽヽ)


 悪鬼のような笑みを浮かべる。

 その顔を見て、クラリスさんの顔が蒼白。

 戦々恐々。

 その言葉が当てはまるほど恐怖した。

 その時。

 僕は密かに感じ取っていた。そのことにクラリスさんが気が付いているかどうかは分からなかった。だが、僕は確かに気が付いたのだ。

 厳冬期のシベリアのような大寒波が訪れていたことに。

 小細工が。

 手練てだ手管てくだが通用しないほどの冷気の魔力が訪れていたことに。

 本能的に恐怖を感じた。

 クドの足元からちりちりと真っ赤な氷が走行。

 それは真っ直ぐとクラリスさんの指輪から垂れ落ちた鋼糸ワイヤーへと走っていた。

 だが。

 恐怖に固まった彼女は、そのことに気が付かない!

 その時、僕は叫んだ。

「ダメだ! それをしたらダメだ!」

 浮かんでいる彼女に飛び掛かって、背中から彼女の体を抱きしめた。

 真っ黒になっていた彼女の体を抱きしめた瞬間、僕の体に先ほどのような激痛が襲う。

 構うもんか!

 クドの耳元でがむしゃらに叫び続ける。

「キミは“悪疫”なんかじゃない! キミは違う! クド! 戻っておいで! 戻って来るんだ!

キミはクドだ! 決して! 決して“悪疫”なんて呼ばれるような筋合いはないはずだ! ただの女の子なんだから。僕は平気だって言ったろ! 僕がちょっと彼女に失礼なことをしただけ。ただそれだけなんだ。誰も悪くない。だから、クドが怒る必要なんてないし、彼女を諫める必要もない!」

 痛みと熱さと寒さで頭の奥がくらくらしてくる。それでも僕はクドのことを抱きしめ続け、彼女のことを地面に引きずり下ろした。

「大丈夫。大丈夫だから……。僕は絶対に大丈夫だから。……だから、怒らないで。大丈夫。大丈夫。僕は絶対に大丈夫だから。キミは僕の傍で、笑っていて。僕はクドの笑顔が好きなんだ。キミのそんな顔は見たくないよ……。笑って。……ほら、帰ったらキミの大好きなイチゴのカップケーキでも食べよ。甘くて、とっても甘くて美味しいよ。ね。帰ろ。僕の傍から離れないで……。お願い……。お願い……だから……」

 今にも泣き出しそうな声で。

 必死で。

 子供みたいに訴えかけた。

 彼女の頬に自分の頬を擦り付け、何度も。何度も何度も、彼女のことを抱きしめ、感情で包み込んだ。

 すると。

「……か、……なた……」

 彼女の体に変化が生じた。真っ黒に染まっていた彼女の体が前のような小麦色に戻っていき、黒い帯のようなものが引いていく。赤黒く染まっていた彼女の髪も、みるみるうちに銀色の月のような輝きを取り戻していた。

 クドは、

「わたし……いま、なに……を……?」

 ほとんど眠りこけるように尋ねてきた。

 僕は、

「なにも。なにもしてないよ……。なんにもなかった」

 そう言って彼女の体を強く抱きしめた。

 ぎゅっと。

 ひたすらの愛情を込めて。

「そっか……」

 彼女はそれだけを呟くと、本当に目を閉じて。

 眠ってしまった。

 その表情に喜色を戻して。

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