071 クラリス登場!
クラリスさんの猛攻は依然続く。
蛇のようにしなって襲い掛かる腕。隙を逃さず飛んでくる一撃必殺の蹴り。それが間髪なく飛び交う。
とにかく彼女の戦闘スタイルは攻撃的であった。
そんな烈風のような猛攻を浴びながら、
(なんでこの子は、ここまで強さにこだわっている――いや、執着しているのだろう。それも僕なんかに、勝ったところでなんだというんだ?)
と、疑問を感じていた。
自分は戦い方をついこないだ覚えたばかりの、彼女の言うど素人同然の実力しかない。
対し、クラリスさんは戦い方を熟知していて、こう言ってはなんだが。明らかに僕よりも強い。そんなこと彼女自身が一番分かっているだろうに。
「へえ」
攻撃をやめ、少女がバックステップで僕との距離を取った。
首を傾げる。
どうして攻撃をやめたのだろう。
「そこそこはやるようね。確かにあの女があんたのことを評価していたのはどうしてだって思っていたけれども、なるほど。分かった。確かにあんたは戦いの心得があるようね。その点だけは私も評価してあげてもいいわ。すご~く微小な評価だけどね」
「はい?」
何を言っているんだこの子?
僕に戦いの心得あるだって? そんな訳ないでしょうに……。
僕が首を傾げていると給水タンクの傍に立っていたクドもまた、クラリスさんのように僕を称賛する。
「やるな。カナタ! その女の攻撃を全部かわすか、ガード出来ているぞ!」
「ふん」
クラリスさんが少し不機嫌そうな顔になる。
「い、いやいやいや! いやいやいや~!!」
なんという誤解!
まさか二人は僕がたまたまクラリスさんの攻撃に反応出来ていたから、僕が戦えると勘違いしているのか。
命からがら。
とにかくそんな感じで攻撃を凌いでいるのがやっとなのに。
「そうやって」
クラリスさんの瞳が獰猛に光る。まるで肉食獣がエモノを前にした時のようににやりと笑ってから、
「いつまで演技を続けていられるかしら!!」
ふんと振るった拳が青白く軌跡を描いた。
「!」
青白い光。
ついこないだにクドから聞いたばかりの話。
青白く発光する光は霊力の塊。
目に見えるほどの霊力がクラリスさんの拳にオーラのように宿っていた。
「カナタ!」
クドが叫んでいる。分かってる。
クラリスさんの本気が来る!
「演技、って! 僕は本気だってのに!」
さっと飛び、彼女との間合いを取る。とにかく近づいたらマズイ。
「嘘かどうか! この一撃で分かるわよ!」
地面を蹴る。
ほぼ同時にクラリスさんが駆け、一気に近づいてくる。
サイドステップ。
とにかくクラリスさんの間合いから離れようとする。
が。
そこで彼女は薄く笑い、
「さあ、こっちへ来なさい。ぶん殴ってあげるから!」
その瞬間、
「うわわ!」
体が言うことを聞かなくなる。まるで誰かに操られているみたいに、僕の意志とは無関係に体が硬直。そして、引き寄せられる。
「そうら」
だんと踏み込んで、彼女が構えた。
「隙だらけ!!」
ふわりと体が宙に浮いた。理由は分からない。
だけど、今すべきことは分かる。
「く!」
吸い寄せられながら腕を折りたたんで全力でガード。青白く腕が発光。クラリスさんと同様に腕に霊力を集め、防御に霊力を全振り。だが、足が地面についていないせいで踏ん張れず、防御としては最悪。
呼気の破裂。
抉りこむようなクラリスさんの一撃が肺を直撃して、肺に溜まっていた空気が一気に放出。
体が後ろへと吹っ飛ぶ。
そしてまた、
「ほらほら。どこに行こうって言うのよ」
ぐんっと。
後ろに吹っ飛びながら、また。吸い寄せられる。
「な、なんで!?」
叫ぶ。
対し彼女は、
「おかえり」
再度、拳を打ち込む。今度は肩に。
また、吹き飛ぶ。
そして、吸い寄せられる。
次は足に蹴りを。
腹に。腕に。
体が吹き飛ぶたびに、また。またもや、体が何かの意志で引き寄せられるようにして、クラリスさんの元へと飛び。
今度は頭に。
霊力が乗った一撃が。
容赦なく叩き込まれる。
よろめき倒れ込む余裕すら見せずに、彼女の猛攻は続く。
「きゃっははは! なに、その程度? 弱い弱いよっわい! やっぱりあの女の評価は間違っていたみたいね! こんなやつに本気を出すまでもない。このままサンドバッグにして嬲り殺す! 血反吐を吐くまで殴って殺す!」
勝利を確信しているかのような言葉。そして態度。そして笑み。
にっと笑って、
「私の方が……強い!」
拳を振るって。
その時。
「単調だよ」
申し訳なさそうに言った。
「え?」
と、クラリスさんが少し驚いて、動きが止まる。
「さっきの方がずっと厄介だった!」
全力の力で左腕を引き絞った。
すると、彼女の体勢が崩れ落ちて、攻撃のリズムが崩れた。
左腕を見やる。
そこにはいつまにか巻き付けられた鋼糸があり、それが彼女の指輪と繋がっていたのだ。指輪は彼女のオシャレでも、メリケンサックのような武器でもなく。鋼糸と彼女を繋ぐ道具だった。
僕は吹き飛びながら彼女の手が小刻みに動いていたのに気が付いた。そしてその指から何かが伸びているのが見えたのだ。
そしてそれが僕の体を引っ張って、僕を操り人形のように扱っていたのに気が付くのにさほど時間はかからなかった。
タネが分かってしまえばなんてことはない。
後は。
左腕を限界まで引き絞ったのち、今度は右腕を少し下げる。
右腕が青く光って。
彼女の懐まで入り込む。
そして。
「ごめんね。クラリスさん! この糸。厄介そうだから壊させてもらう!」
拳をアッパーカット。
彼女と鋼糸との関係ごと断裂。
ぶちぶちぶちっと音を立てて、鋼糸が切れる。
すると鋼糸に繋がっていた僕の体に自由が戻り、体勢も同時に元に戻った。すぐさま、バックステップで飛んでクラリスさんから離れた。
鼻を軽く擦る。
「形勢は元通りかな?」
にっこりと笑う。
そんな僕の顔を見て、クラリスさんが不思議そうに、
「ダメージは……ないの?」
と、尋ねてきた。
僕は思い切り大きな声で、
「いやいや! あるに決まってるでしょ!! なんでそんなこと聞くかな~!」
少し怒った。というか驚きたいのはこっちだよ!
クラリスさんがキッと睨んできた。
「だったらなんでそんな平然としていられるのよ! 私は本気であんたを殺そうと思って攻撃してた! 情けなんか一かけらもかけてないのに! あんたはどうして今、立っていられるの!」
彼女の攻撃は確かに効いた。とにかく情けや容赦がない一撃が幾度も振るわれて、それでダメージがない訳がなかったのだ。しかし彼女の方は僕よりも驚いているように見える。
だからふっと頭の中を過ぎった可能性を提示してみた。
「僕ね。キミがさっきから名前を言っている八神先生にね、結構な頻度でのされてるんだよね。だからかな。こういう暴力によるダメージはあの人の方が上だと思うんだ。だから並大抵の攻撃なら割と平気なんだ。恐怖感とかそういうのを取り除けばの話だけどね」
あの人、ほんと~~に無茶苦茶だから。
ほんと。
厄介な人だよ。
と、笑い話のように喋る。
実際、僕の中では笑い話のようなものだ。
だけど。
彼女は違った。
ぐっと歯噛みをし。暗い光を宿らせた瞳で僕を見据えた。
「ふざ……けないで」
彼女から激情が漏れる。
「ふざけるな! なにそれ! なにその理由! 意味が分からない! 理解も出来ないし、したくもない! なんなのよ、あんた! 私のことを舐めてるの! のされてるから平気? そんな軽いもんじゃないわ、私の攻撃は! 殺すつもりだった! 本気で! なのにそんなくだらない理由で耐えたって言うの!」
涙目で。まるで駄々っ子のような必死さで。
僕はその言葉を黙って聞く。
そして。
「なにを」
思わず言葉が漏れた。
聞かずにはいられないと思った。
聞けば、きっと。
彼女を侮辱するかもしれないと思った。
だけど。
勝手に僕の口から言葉が漏れた。
「何をそんなに焦っているの?」




