006 ボーイ・ミーツ・ヴァンプ
僕はよろめきながら立ち上がる。
辺りは静寂に包まれている。さっきまでの恐怖感もわずかながらにだが薄れているのが分かった。
僕は公園の出口の方を見た。
少女は言っていた。
僕に逃げろと。
自分が時間を稼いでいる間に逃げてと。
足を動かす。けど、止まる。
また動かす。でも、止まる。
外界の音は聞こえにくい。
だけど耳を澄ませば確かに聞こえる。この公園の中に響く音は僕の耳にちゃんと届いている。
叫び。怒号。色んな音が混じりに混ざった戦いの音。
音のする方向は公園の出口とはまったく逆の場所。
確かあの場所はバスケットのハーフコートやらテニスコートなどが設置されたこの公園で唯一出口への道が閉ざされた行き止まり。
例えるなら不可解な化け物に追い込まれたら逃げ場のないデッドゾーン。
まさか……あの子はそこが行き止まりだと知った上で、自ら選んで駆けて行ったのか?
……僕を逃がすために。
自らの危機も厭わず。
ただの足手まといの僕を逃がすために。
「……………………」
あー、ダメだ。これ、ダメなやつ。
見るな見るな。あっちを見るんじゃない。出口を見ろ。そっちじゃないだろ。
そっちは。
音のする方じゃないか。
分かってる。もちろん分かってる。
僕がここですべき最善の選択。
それはあの子の言う通り、この公園から即座に逃げ出すこと。そしてここで起きた全ての出来事をキレイさっぱり忘れること。
きっとあの子もそれを望むはず。
そう望んだからこそ、あの子は逃げ場のないあの場所へと駆けて行った。
そうでしょ。
でも、だとしても。そうだとしても。
たった一人で逃げる?
僕を命がけで逃がしてくれた女の子を置いて。自分の命欲しさで。
無情に、図々しく。
気が付けば、――――僕の足はほとんど無意識に動いていた。
止まらない。
両の脚が全速力で駆けていた。
動き出した足は止まらない。
――止まらない!
◇
満月が煌々と辺りを照らしていた。周囲には死体の山。
これ……あの子が……。
うん……?
よく見ると死んじゃいない。微妙に呻いてる。
足の骨が折られてるから動けないのは間違いなさそうだけど。
けど、動けないのなら問題はない。
とにかく急いであの子と生屍人が向かったと思われる場所へと続く並木道を辿る。
「よっ……ほっ……」
辿る道は死屍累々という感じで生屍人の死体の山があるのでそれを飛び越えるようにして走らなければいけないので、ちょっとした障害物競走みたいな感じになる。少々……いやかなり走りにくい。
しかし結構長い時間走ったので、足元の死屍をかわすというのにも徐々に慣れ始める。
……慣れ始めるって……。
自分でも思ったが意外と自分は順応が早いような気がする。
まー……、さすがに何十体もの死屍にいちいち反応していたら気が持たないし、これはこれでいいのかもしれない。なのであまり気にしない。
余計なことに気を取られ、頭をぶんぶんと振る。
走る!
とにかく今はひたすら走るしかない。
僕みたいな足手まといがあの子の元へ急いだところで何の足しにもならないだろうと頭の中では分かっていてもだ。あの子は今、多勢に無勢といった具合に囲まれているかもしれない。そんなこと許せるはずもない。
自分も。あの生屍人とかいう存在も。
だから。うん。だから、きっと。
「!」
目を見開いた。
「キミ!」
叫んだ。
まさにあの子が生屍人と対峙している姿を視認したから。
まさにあの子が片膝を地面について、生屍人に襲われそうになっていたから。
「うああああああああああああああああああああああああああ!!」
駆けた。
とにかく、駆けた。
自分の限界近くまでの筋力を爆発させて。
勢いそのままに、生屍人の背中に子供の頃以来の、本気でがむしゃらな体当たりをかました。