068 クラリス登場!
東京湾にでも沈められるのかとも思ったが、意外にも連れてこられたのは学校の屋上だった。
「ほら! あんた! とっとと起きなさい!」
げしげしと背中を少女に蹴られて僕は体を起こす。
屋上はまだこの前の傷跡が残っており、給水タンク周りには立ち入り禁止と書かれた紙が貼られた机と椅子が。
先日のクドと栗栖さんが戦った場所。
僕はそこに放り投げられたらしい。
まだ頭がくらくらする。
「ふん。起きたわね。それじゃ寝起きで悪いけど、すぐ殺すから。あんた」
「はへ?」
僕は困惑していた。
というか意味が分からなかった。
気を失っていたかと思っていたのに目を覚ますと屋上にいて、僕から少し離れた位置に指をこきこきと鳴らしながら怒りで顔を真っ赤にしている少女が立っていたからである。
金髪のサイドテール。白いセーラー服。指にはめられた一〇本の指輪。
見間違えるはずもなく、その少女は昨晩の熊田さんその人であった。
目を丸くして熊田さんを見上げる。
ぱちぱちと目を開閉して、一体何事だと考えた。
僕と彼女の関係を一言でいうと。
パンツを見たモノ、パンツを見られたモノ。
であるからして、普通であれば再び自分の前に現れるとは到底思えない。誰が好き好んでそんな相手に関わろうとするだろうか。百歩譲って、パンツを見たモノが何かしらの理由で関係を持とうとするのは理解できる。が、逆の立場のモノであれば理解不能である。
でもその彼女はなぜか僕の前に立っていて、なにやら怒りに怒りまくってた。
怒ってるのは……まあ。うん。分かるよ。パンツの件。どう考えてもそれ以外に心当たりがない。
少女はかなり尖った目で僕を睨んでいる。青い澄み切った空のようなキレイな青い瞳が今は深海のように淀んでいて、
(も、ものすごく怒っていらっしゃる~!)
と、正直笑ってしまうぐらい怯えてしまった。
だけどいつまでもこうやってにらみ合っていては埒が明かない。
僕はごくりと生唾を呑み込んでから、
「あ、あのさ」
カラカラに乾いた口を開く。
「なによ?」
と、今にでも噛みつきそうな顔で少女。僕は怯みながら、
「く、熊田さんで……いいの、かな?」
「舐めてんの! この顔のどこが熊田なのよっ!」
ひうっと体を縮み込ませてしまう。ま、負けないぞ……。
「い、いや……あの、じゃ、じゃあ。な、名前……名前を教えてもらえませんか? その……名前がないと色々困るし……」
「クラリス」
ぶすっとしながらも少女が自分の名を名乗る。
「クラリス・アルバート」
名乗った後に、彼女は髪を掻き上げた。
(よ、よかった~。は、話は通じるみたいだぞ)
ちょっと泣きそうになる。
意思の疎通が不可能ではないと知って、心から歓喜。
僕はお世辞抜きで、
「へー可愛い名前だね」
と、言ってからにっこりと笑った。
でもクラリスさんか。どうして僕はこの人の名前を熊田さんだと勘違いしていたのだろうか。顔だって明らかに思わず見惚れてしまいそうなほどキレイな外国人のような顔をしているのに。
自分は思わず外国人に弱いのでは? と思ってしまう。クドも割と外国人風の顔だし、あのシスターさんだって顔だけは超キレイだしな。
と、僕は呑気にも目の前の女の子、クラリスさんの可愛さに僕は見惚れていた。
一方、クラリスさんはぷいっと横を向いてしまう。
(し、しまった~……お、怒らせちゃったかな~)
ああもう、ほんとにバカ。せっかく話が出来るようになったってのに失礼なことを言って怒らせてどうするんだよ~!
と、今まで気が付かなかったがクラリスさんの後ろにはクドがいた。しかもなぜか首を傾げて。
クドはチョコチョコとクラリスさんの傍まで歩み寄って、ひょっこりとクラリスさんの顔を覗いた。そして不思議そうに、
「どうして顔が赤いの?」
「う、うるさいわねっ!」
わ、わ~! クド、わ~! 余計な事言わないでー! これ以上この子を刺激しないであげて!
と、心の底から慌ててクドにジェスチャーを送る。
だがクドは僕の渾身のジェスチャーが見えていないのか、うんうんと首を何度か捻る。うんうんと捻って、捻って、捻り出した答えを口にする。
クドはこくこく頷いて、
「わたしとおんなじだな」
「は?」
と、クラリスさん。
何かを納得しているのかクドは満足げにして頷いている。その顔はどこか“おんなじだ”と自分と同じような悩みを抱える仲間を見つけた時のような安心感と自分と同じような考えを持つ同志を見つけた心強さを併せ持っていた。
「おんなじって何が」
「ん? あれだ。わたしもな。カナタに“可愛い”と言われるとすごく変な気持ちになるんだ。その時の顔がお前とおなじで、少し安心したんだ。わたしはそれがいったい何なのか分からなかったのだが、カナタはそれが照れているのだとよく分からないことを言ってな」
「は、はぁ! な、なんで私が照れなきゃいけないのよ! ってか、照れてないし!」
「うんうん。分かってるぞ。わたしも照れてなんかいないし、でもお前と同じ顔をしてた。……いったい何なんだろうな。この気持ちは。お前は分かるか?」
「し、知らないわよ。そんなの!」
「じゃあなんで顔を赤くしてるんだ?」
「な、なんでって……」
最後の方をごにょごにょと口ごもって、よく聞き取れない。だが近くにいたクドの耳にははっきりと届いていて、
「え……なに? わた……しは? 素直な……? 言葉に弱い……?」
なんと。
驚くべきことに、彼女は照れていたらしい。
僕に名前を褒められて。怒り狂っていた相手に対してだというのに、恥ずかしくなって顔を逸らしたようである。
少しほっこりする。
が、
「ええい! やかましいわ!」
クラリスさんは真っ赤な顔で手をぶんぶんとさせた。びし! と、僕に指を思いっきりさして、
「そんなことより! ほら、とっとと構えなさいよね!」
「か、構え……?」
再び困惑。
はあはあと息を荒げながら興奮しているクラリスさんと違って僕の頭上に疑問符が浮かび上がる。
「ぼけっとしてんじゃないわよ! 言ったでしょうが! 殺すって! 私があんたを殺すの! ぎたぎたにしばいてあげるから!」
屋上に響き渡るクラリスさんの怒声。
僕はまだ首を傾げていた……。




