064 クラリス登場!
八神環奈の元から離れて、クラリス・アルバートは怒り狂っていた。
「なんなのよ! あの女は!」
時折、指を小刻みに動かしながら、少なくともお嬢様学校の出身とは思えないような足取りで月城高校の校舎の中を進んでいた。
“わ~キレイ~”
とか、
“かわいい~♪”
とか。
すれ違った月城高校の生徒にひそひそと噂話をされていることを鑑みると表情には出ていなかったのだろうが、とにかく内面はどろどろに煮え滾っていた。
(人のことをおちょくって!)
彼女は何より自分が弱いと思われるのが心の底から嫌だった。それに本当に納得がいかなかった。八神環奈という女性が強いのは対峙してみてすぐに分かった。狐神が憑いているのも強さを証明する上では、合点がいく。だけど……。
だけど!
それでも自分が弱いと思われることだけはどうしても我慢ならなかった。
八神環奈は久遠とかいう男のことをえらく評価していた。意味が分からない。ついこの前まで人間だったような人間が自分より強いなどと。そんな世迷言。
強さにおいて最も重要なのは経験だ。八神環奈が自分より強いとのたまうのは、まだ我慢出来た。嫁き遅れの女が自分より強いというのは、分かる。戦闘能力も上。経験も上。狐神を使役しているのなら、おそらく霊力も自分より上。悔しいが自分はまだ経験も少ないし、それを補えるほどの霊力もない。
でも……。
それにしたって!
クラリスは我慢ならずに、どこかの教室の扉をつま先でがんと蹴った。どうやら空き教室だったらしく、中からは声が聞こえてこなかった。それが分かると、再び蹴ってストレス解消。
「あんたなんか一生男が寄り付かないわよ、バーカ!!」
はあはあと息を荒げて、最後にどかんと蹴りを入れる。
周りに人がいなくてよかった。今の彼女の姿を見れば、いくら天津女学園の生徒だろうとドン引くに違いない。教室の扉がぶっ壊れて、教室内に戸が落ちた。
(……にしても)
少しすっきりしたのかクラリスが冷静さを取り戻して、少しだけ考えた。
(どうして……あの女は、その久遠って男のことを評価しているの?)
不自然だった。
あいつのことを知っているのはこの学校の教師であり、ヴァンパイアハンターであることからして……まあ、分かる。でも、それにしたっておかしくはないだろうか?
元々人間だった久遠というやつのことを評価し過ぎではないか?
吸血鬼に噛まれた人間が生屍人や吸血鬼になるまでの期間は少なくとも一週間ぐらいはかかる。あの男が“悪疫”にとり憑かれてから、少なくとも一週間は経っていない。そう聞いている。そろそろ一週間という話であるから、それは間違いない。
そもそも一般人ではないの?
なにかしらの能力者?
いや……それはない!
生屍人に囲まれた程度で動揺して、尻餅をつくようなへたれが強いなどと。そんなことありえない。
と、昨晩の出来事を思い出そうとすると、必然的に自分のパンツを覗かれたことも思い出してしまう。
思い出しただけでも腹が立つ。一回目の事故は……うん。まあ、仕方ないとしよう。全っ然納得はいってないけど! でも二回目のアレはどうだ!? あんな子供を使ってスカートを捲らせたに違いない。自分が私のパンツを覗きたい一心で。そうさせた。そう思わざるを得ないのだ。しかも自分が一番お気に入りの下着の時を見計らって。はらわたが煮えくり返る。
クラリス・アルバートの中であの久遠とかいう変態男は自分の中のカースト制度において、下の下。底辺よりもさらに下。自分が最も嫌いな台所なんかで現れる黒いカサカサした虫よりもさら~~~に下のところにあった。
「むかつく~」
彼女の美しい容姿とは裏腹に彼女の息は荒かった。相当腹が立っているらしく、挑発に乗せられたとはいえ、いっそ本当に喧嘩でも吹っかけてぶちのめしてやろうかと思った、まさにその時。
「そういえば……」
ふと彼女は首を傾げた。
「そいつ……どこにいるのよ」
というより。
「ってか……ここどこ?」
気が付いた時。
彼女は迷子になっていた。




