063 クラリス登場!
「は?」
クラリスは軽く汗をかいた。
(なに……この狐)
息を呑み、冷や汗が全身を冷やす。
なのに体が迸るように熱い。
(今……どこから……現れたの?)
クラリスは仕事上、常に周りには気を配っている。言い換えればいつでも戦闘の体勢に持っていけるように気配を探っている。
だが、クラリスは目の前に突然現れた狐に反応することが出来なかったのだ。
本当に急に現れた。
その時のことである。
「わん!」
狐が吠えた。
その声で現実に還る。
環奈がにこっと微笑んで、
「こいつはかがりって言ってな。オレの相棒だ」
「か、……かがり?」
「そ。かがり」
環奈がしゃがみ込んで狐の頭を撫でると、狐が環奈の手の中で笑う。
「まあ……大体察しがつくと思うけど、こいつはただの狐じゃなくてな。オレの狐神だ」
「き、狐神!?」
驚きのあまり大きな声を出してしまった。環奈と狐の顔を何度も見比べる。
そうだ。思い出した!
八神環奈のもう一つの通り名。
最も有名で、最も危険な名前。
それは。
“狐神使いの環奈”
そうか……さっきの炎は、この狐神がやっていたのか。
かがりと呼ばれた狐はクラリスに目線も配らず、興味なさそうに脚で首の裏を掻いて、大きなあくびをした。その仕草はどこか人間らしい。
クラリスはそんな狐から環奈に視線を移して、
「狐神ってあれですよね。狐が吸血鬼になって、長い間生きているっていうあの」
少し冷や汗を流して言う。
「そそ」
「わん!」
環奈とかがりが声を揃えて頷いた。
クラリスは一度何かを言いかけて、首を横に振った。今は狐神の定義などどうでもよいのだ。そんなことを知ったところで今、自分が最も知りたい答えが返って来るとは思えない。
すぐに思考を切り替えて、環奈に向かって尋ねる。
「先ほどの炎はこの狐神がやったということは……分かりました。おそらく、いえ、きっとそうなのでしょう。ですが、分からないことがあります。なぜ、狐神が憑いているあなたが、あの久遠とかいう素人同然の人間に勝てないなどと仰るのでしょうか?」
さらに、と続け、クラリスは眉をひそめる。
「どうしてそのことをわざわざ私に言うのでしょうか?」
不愉快にも思えた。
わざわざ自分の力――武器を見ず知らずの、それも同業者の自分に話すのか。
ヴァンパイアハンターにとって自分の武器は自分が生き残るためにも必要なものだし、吸血鬼や生屍人を狩る際にも用いる。それだけ自分の命にも関わることだ。
しかし八神環奈はいともたやすく自分の武器をクラリスにばらした。
怖くはないのか?
と、クラリスがあれこれ悩んでいると、
「そりゃ怖がってるからだろ」
環奈がウインクをした。
若干、イラっとした。
「は?」
「いやーオレも一応これでも教師だし? 他校の生徒がびびってるのを見ると……なんか、こうさ。罪悪感みたいなものが生まれちまって」
は、は、は。
クラリスはこめかみ辺りに熱が帯びるのを感じた。
なるほど。
つまりは。
こういうことか。
この女。
いや。
この、ババア。
舐めているのか。
この。
私を。
月神結社の盟主のクラリス・アルバートのことを――!!
ありえない!
顔を真っ赤にして、指に力を入れる。だけどそれを理性で必死に抑えた。
「ふん! 別にびびってなんかいないし! 勝手なこと言ってんじゃないのよ!」
「おー怖ぇ」
棒読みで言ってもちっとも響かない。
クラリスは怒りを抑え込むのに必死で、それが環奈の挑発だということには気が付いていない。
片足でダン! と地面を思い切り踏んだ。周りの木々が揺れ、クラリスの足から霊力の光が迸る。
「私が! 年下で! 中学生だからって! 舐めないでよね! 私はこれでも盟主なのよ。この日本支部の! 日本を守るために派遣された選りすぐりの! そこら辺の生屍人や吸血鬼に後れを取るわけがないじゃない!」
そこで環奈がにやっと笑った。
「じゃあ試してみればいい。本当に久遠に勝てるかどうか。喧嘩でも吹っかけてみろ。そうすりゃ嫌でも分かる。あいつの強さが。実感出来ると思うよ」
「どうしてあなたがそこまであの変態の肩を持っているか分かりませんけどね、いいですよ。分かりました! 試してあげますよ。あなたの考えが最初っから最後まで間違いだってことをね!」
どかどかとお嬢様学校の生徒とは思えないような荒々しい足取りで校舎へと向かうクラリス。遠目では分からないかもしれないが、あれが彼女の素なのだろう。荒々しく、子供。相手の挑発に簡単に乗ってしまうような。
環奈にとっては最も扱いやすいタイプだった。
ポケットからタバコを取り出すと、狐が「わん!」と鳴いて火が灯る。
それを見送りながら、環奈は煙を噴かして、
「まあ。オレとかがりが協力して、久遠相手に二体一で五分ってのが、今のオレの感想だわな。オレ一人じゃ、まず勝てない。あんなもん見ちまったら誰だってそう思わざるを得ない」
空を見上げる。
そして彼女の背中を見ながら、
「にしても……難儀なやっちゃな~」
ぼりぼりと頭を掻いた。




