060 クラリス登場!
翌日、学校にて。
今、学校はお昼休み。
僕が熊田さんなる少女にぼこぼこに殴られてから一夜が経っていた。傷はすっかり治っている。これも吸血鬼の賜物だろうか。弁当を食べながら不可視モードのクドに話しかける。
「いやーすごいね。昨日の傷がもう治っちゃったよ。昔から傷の治りは早いほうだけど、さすがって感じ」
クドは僕の頭の上をふわふわと緩く飛んで、
「うーん」
と、頭を悩ましていた。
「クド?」
僕が話しかけるとクドがひょっこりと頭の上から僕の顔を覗き込んだ。
「カナタは才能があるのかも」
「才能?」
「だって早いもん。もう傷が治ってるなんて」
「え、そうかな?」
「うん」
どうやらこの傷の治り加減はクドにとっても予想外だったらしく、結構驚いているように見える。対し、僕は一体どうやって返せばよいのか分からずに軽く照れて、弁当を食べることに戻った。
クドは僕の傷のことを考えていたかと思ったら、ふわふわとホバリングをしながら、
「そういえば」
と、尋ねてきた。
僕は弁当を頬張りながら、
「なに?」
と、聞き返す。
クドは心底不思議そうな顔をして、
「どうして昨日の女はカナタを殴ったりしたんだ?」
ぶっ!
「げほげほ!」
突拍子もない質問に思わず弁当を噴き出した。
む、咽る……。
慌ててお茶を飲んだ。
昨日の夜から散々説明したのにクドは未だに熊田さんが怒っている理由を理解出来なかったらしい。
説明するまでもなく、熊田さんが怒った理由は僕がパンツを覗いてしまったせい。それ以外にない。けれど、男女の機微に疎く、さらに羞恥心を持たないクドにとっていくら僕が「僕が彼女のパンツを見たからです」と言ったところで、
「???」
と、首を捻るのが精一杯だった。
ほんとに説明が難しい!
でも、なんて言えばいいのだろう!
女の子のパンツを見たから女の子が怒るのは当然のことなのに。
それがどうしていけないのか!
蹴り、殴られても仕方がないことだと!
どう説明したらいいんだ!
残念なことに僕の疎い性知識では説明が非常に難しい。
ってか、恥ずかしいよ!
だから心の中で。
察して! お願いだから!!
と、強く念じるのが精一杯。
「なあ、どうしてだ?」
だけどクドはきちんとした答えが欲しいようで、僕に答えを求めようとする。
「どこから説明したらいいんだ?」
「カナタ?」
「キス……とかかな。うーん……なんか違うな」
「おーい」
「そもそもパンツのことについてもっと教えた方がいいのかな」
と、割かし本気でパンツのことを考えていると隣から、
「パンツ?」
と、声がかかってきた。視線を少し上げると、そこにはクラスメイトの栗栖梨紅が立っていた。彼女は優しい笑顔で、しかし妙にこめかみ辺りをひくつかせて話を続けた。
「パンツがどうかしたんですか?」
そのことに僕はまだ気が付いていなかった。むしろクドが質問を投げかけてきたものだと勘違いをしていて、
「いやーだからね。パンツ。パンツね。パンツはね、見られたらダメなの。見せてもいけないし、見られてもダメ。それぐらい大切なものだから……」
「は?」
「いや、は? じゃないよ。あの子も怒ってたでしょ。昨日の。ほら……熊田さん。熊田さんはパンツを見られたから怒ってたんだよ。それが普通なの。普通」
と、パンツについて力説した。
「どういうことですか! かーくん!」
ここで。
バンと机を叩いて、大きな声を出す。僕がハッとして顔を上げるとそこには栗栖さんの姿が……。
え? え? と、僕は頭の上のクドと目の前に立っている栗栖さんを交互に見やる。
な、なんで栗栖さんが~!
めちゃくちゃ慌てた。
なぜか栗栖さんは妙に怒っている顔で僕のことを軽く睨みつけていた。その顔が見えるのは僕とクドくらいなもので、他のクラスメイトは気が付いていない。上手いこと栗栖さんの顔が他のクラスメイトの体やら影で隠れているのだ。
「こ、こんにちは……」
「こんにちはじゃないです! 一体今の話はどういうことですか。パンツがどうとか」
「い、いや~……」
たははと苦笑。
だけど僕の口からは絶対に言い出せない。
栗栖さんは僕のことを好きだと明言している。もちろん本人にだけだが。その相手がパンツがどーだこーだと呟いていたら普通なら一〇〇年の恋でも冷めてしまいそうなものだが、栗栖さんはなぜか引かず、むしろどういうことなのかを問い詰める。
僕が困って固まっていると上から、
「そんなに怒るなクルースニク。簡単な話だ。昨日の晩、カナタが女のぱんつを見ただけだ」
「ちょっとクドぉ――――!」
ぴくぴく。
確かに栗栖さんの眉が引きつった。
「へぇ」
静かな声。
しかし、恐ろしい閻魔のような声。僕の周りの音がしーんと止んだ。
すいません……目が怖いっす。
「どうして言ってくれないんですか。そんなにかーくんが女の子の下着に興味があっただなんて知りませんでした。言ってくれれば、私のでよければ……いつでもお見せしますのに。あっ、もちろん……二人きりの時だけですけど……」
「いや……あのね」
「でも……そうですか。見たんですね。他の人の。下着を。へぇ……」
机に置かれた栗栖さんの手の爪が若干伸びる。
気のせいかとも思った。
すぐに爪が引っ込んだから。
ん? 何だったんだろう、今の。
と、そのことを聞こうか聞くまいかを悩んでいると。
おぉ~~~~!!
と、クラスの中がどよめきだした。
僕と栗栖さん、クドはその声に驚いてクラスの中に視線を戻す。
するとどよめいているのはクラスの男子連中だったらしい。
ほとんどの男子が教室の窓に顔をへばりつかせて、外を見ていた。
何事か?
と、僕と栗栖さん、クドが教室の窓へと近づいてみる。
すると窓にへばりついていた男子の内一人が、
「おい! あれ、あの制服!」
と、興奮気味で校門近くで立っている少女を指差す。
僕たちもそれを追うように校門の近くに視線を移した。
すると、
(え)
そこに立っていた少女はどこか見覚えがあった。
そんな中、興奮した男子が声高々に、
「ああ! 間違いない。あれ、あの制服! 天津女学園の制服だよ」
と、言った。
「マジで! うわ、ほんとだ。なんであのお嬢様学校の生徒がこの学校に来てんだよ」
「誰かを待ってるんじゃね? ほら、あそこで何か八神先生と話しているみたいだし。誰かを呼び出そうとしてるんじゃないのか」
「だ、誰だよ。その幸福なやつは。天津女学園って言ったらこの町どころかこの県でかなり有名なお嬢様学校だぞ。偏差値も高いし、女子レベルもかなり群を抜いて抜群の!」
「でもあの制服って中等部のものだよな。何で高校に来てんだよ」
「知らねーよ。でも、ここからじゃ顔はよく見えねーな。くそ、誰だ。天津女子のハートを射止めたクソ野郎は。とりあえず見つけたらぶん殴るわ」
「ああ、俺も俺も」
興奮しきった男子がとにかく嫉妬心を爆発させて、その相手を殴ることが満場一致で決定する。
僕は密かに冷や汗を流していた。
まさかなと思う。
願う。
……祈る。
校門に立っていた少女は遠目でしか分からないが、日本人らしからぬ髪色をしていた。
黄金のサイドテール。
体躯もそこまでなく、ちょうど中学生くらいの。
白いセーラー服。
……違う……よね。
と、その時。
き~ん~こ~ん、か~ん~こ~ん。
電子音と共に校内放送が流れ始めた。
内容は。
『一年B組の久遠かなたくん。校外から来客者です。今すぐ校門へと向かってください』
と、言ったもの。
き~ん~こ~ん、か~ん~こ~ん。
クラスの全員がギロっと僕を一斉に見た。そこにはなぜか栗栖さんも混じっていて。
「ち」
僕はとにかく。
叫んだ。
「違うよおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして、
「知らないんだあああああああああああああああ!!」
全力で逃げた。




