047 あなたさえいれば……
テーブルを囲んで三人が座った。中心に僕、その右隣が栗栖さんで、左隣がクドという構図。
女の子二人には座布団を渡して、それに座ってもらっていた。男の僕は地べた。ひんやりとしたフローリングが今は何だか心地いい。
クドが持ってきた缶は少し見慣れないジュースであったが、今の僕にはそれに対してツッコミを入れるような気力は残されていなかったため、申し訳ないが完全スルーを決め込んだ。
僕を含め、クドと栗栖さんが持っていた缶も同様に見たことのない銘柄の缶ジュースであった。
二人もさも気にした様子を見せていないところを見ると、気になっているのは自分だけのようなので、ここはあまり気にしないことにしよう。
缶のプルトップの開け方に難航していたクドに変わって缶を開けてから、それを手渡す。
「ありがとう」
と、クドは軽く返してからちびりと缶の中身を一口、口に入れた。
何だか微笑ましい光景だった。
「あ、待って待って! せっかくだから乾杯しよう。ね、栗栖さんもいいよね」
「…………」
つーん。
(うっ……)
栗栖さんは僕の言葉に何も反応を示さない。
怒っている。
そんなことは百も承知だったが、どうしようもない。
もう無理くりでも何でもいいから、この居たたまれない空気を変えよう。
「じゃ!」
と、僕が持っていた缶を突き出して、乾杯の音頭をとる。
「とりあえず、乾杯!」
「かんぱい?」
「…………」
そこは唱和してほしかったものだが、一人は意味がよく分かっておらず。もう一人はつーんと。
乾杯程度では空気を変えることは出来なかったらしい。
だけど缶をぶつけ合うことはしてくれたのだから、そこはまずよしとしよう。
そしてジュースを口元に運んで一口含み、
(ん? 変だな……?)
と、思う。
ジュースにしては……。
変な味だ。
首を傾げる。しばらく考えて。
ま、美味しいからいっか。
思考をぶん投げる。
非常に楽観的だった。
今は変な味のジュースなんかより、どうにかこうにかして栗栖さんの機嫌を直すこと。そして、この二人の関係緩和に勤しむほうが何より。
掘り返すのも何だったが、僕はあえて踏み込んだ。
「そういえば……どうしてさっき二人はカップケーキのことでケンカしてたの?」
僕の質問に二人はまた、顔を合わせ。
「そういえば」
「どうしてでしたっけ?」
と、ハモる。
「なんか……その前に色々と話そうとは思ってたはずなのに、どうしてか分からないけど……あんなことになっていたんだよな」
「かーくんのお母さんがこのカップケーキを持ってきたことまでは覚えているんですけど……」
と、しげしげと手に持っていたチョコレートのカップケーキを眺め、一口頬張る栗栖さん。
カップケーキ、ジュース、カップケーキ、ジュース。
一口食べるたびにジュースを飲んで、またカップケーキを食べる。
「~~~~♪」
とても幸せそうだ。
女の子ってのはやっぱり甘いものが好きなんだな~。
クドもまた、栗栖さんと同様な動きでジュースとイチゴのカップケーキを頬張る。これまた幸せそうに。
「じゃ、ケンカをしたくてしたわけじゃないんだ」
「うん。もっと言いたいことがあったはず」
「ですよね。でも……どうしてか、思考がずれたというか……。うーん。なんだったんだろ」
きょとんとして、考え込む二人。
と、クドが飲んでいた缶が空になった。
ジュースを大変気に入ったクドが「おかわりを持ってくる。みんなの分も」と言ってから部屋を出ていく。
部屋を出て行ったクドの後姿を眺めながら、栗栖さんが、
「話してみると……あの子。子供なんですよね」
と、ジュースに口を付けてから言った。
「ほんとは、私。色々言おうと思ってたはずなのに。かーくんと一緒に寝ていることとか、一緒にご飯を食べていることとか、色々」
「そ、そんなに気になるもの?」
「当然です!」
ぐいっと顔を近づけてくる栗栖さん。
は~、と吐く息が顔にかかる。
(うん……?)
と、また妙に思う。
こんなこと絶対に口に出すことは出来ないが、心の中で思った。
ジュースの甘い匂いとは他に、ちょっと。
ほんと、ちょっとだけ。
(くさい……?)
でも……何だっけな。この臭い。どこかで嗅いだことがあるような……?
学校じゃないよな。
家? 店?
う~~~~~ん。
「ちょっと! 聞いているんですか!」
栗栖さんが少しむくれて、怒っていた。
少し考え事をしている間に何か色々と言ってきていたらしい。
「あ、ごめんごめん。で、なんだっけ」
「だ~か~ら~。あの子のことですよ」
「クド?」
「だいたいなんです。そのクドっていうのは」
「え?」
「名前です。名前! クドラクでいいじゃないですか。なんでちょっと可愛らしくクドだなんて呼んでいるんですか!」
結構、割と、ガチで。怒ってる。
何でと言われても。
「先に呼んだのは母さんだよ。で、僕もそれいいなぁって思ったから呼んでるだけだよ」
「じゃ! 私のこともりっちゃんって呼んでくださいよ! 何ですか、さっきから! 栗栖さん栗栖さんって!」
「え゛」
「私はもうかーくんのことはかーくんって呼んでるの気が付いているでしょう? どうしてりっちゃんって呼んでくれないんですか」
実は意図的に『栗栖さん』と呼んでいる節はあった。
りっちゃんと呼ぶ機会なんてものはいくらであった。それは事実。
けど、なんか。
そう、なんか。
恥ずかしい。
入学式からずっと目の前の女の子のことは栗栖さんと呼んでいたのだ。過去のあれこれがあったとしても、いきなり『りっちゃん』と呼ぶのには抵抗がある。
いきなりすぎる。
という感想。
それが素直な気持ちであった。
「むぅ」
「いや、あのね」
「嫌い……なんですか?」
「え」
「私のこと……嫌いですか。嫌いなんですか!」
「い、いやいや! 滅相もない! 栗栖さん、その……可愛いし!」
「ほらまたぁ!」
「う……」
本当にこのままでは先ほどの二の舞だ。
と、再び巻き起こりそうになる騒動。
が、神は僕を見放していなかった。
こんこん。
と、扉がノックされる。
「あけて」
扉の奥から聞こえてくるクドの声。どうやら手が塞がっているのか、扉を自分では開けられないらしい。
グッドタイミング!
もう、ほんと今日のクドはなんてタイミングがいいんだろう!
頭を思い切りもしゃもしゃしたい!
ばっと栗栖さんから離れると扉を開けてやる。
扉を開くと、
「おっとっと」
クドが腕一杯に缶ジュースを持っていた。バランスが崩れて、缶が地面に転がる。
「わわ」
地面に落ちた缶が足元に転がってきて、足にぶつかって止まった。
「ごめん。いっぱい持ってきたから、落ちちゃった」
「いや、いいよ。うん。ありがとね、クド。こんなに持ってきてくれて」
軽く頭を撫でてから缶を拾い上げる。
(ん?)
と。
改めて缶のラベルを眺めた。
さっきまでは気が付かなかったけど。
これって……もしかして。
僕が拾い上げた缶。それはさっきまでこの部屋の中でみんなが飲んでいたものと同じ。
今も栗栖さんが飲んでいるものと同じ。
だけど、それはジュースではなくて。
みんな。
み~んな、カクテルドリンクだった。
困惑して手をぱたぱたと動かす。
ここにある飲み物全てにアルコールが含まれていることに気が付いているのは僕だけだった。
「く、クドぉ……」
「もう、またぁ!?」
途端、栗栖さんが叫んだ。
「「え」」
クドと僕がきょとんとする。
同時に。
「どうしてクドラクのことを名前で呼んで、私は苗字なんですかぁ!?」
栗栖さんはクドから受け取ったカクテルドリンクの缶をぷしゅっと開けると、両手で持ち上げて、
「やってられませんよっ!」
ぐいっと。
カクテルドリンクを一気飲み。
ぐびぐびと飲み干して、次の缶をすぐに開ける。
「だいたいですね! かーくんは私の気持ちを何一つ分かってません! 誰にだって名前で呼んでほしいだなんて女の子は思いません! 好きな人、好きな人だけですっ! っていうか、そんなこといつもしてるんですか! 簡単に女の子の頭を撫でて~~! 節操がありませんっ!!」
今、気が付いた。
やたらと絡んでくるなーと思ったら。
栗栖梨紅という少女。
――いわゆる絡み酒というやつだった。




