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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
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038 クドラクとクルースニクと許嫁と

 少女が幼稚園に通うようになってわずかな自我の芽生えが始まった頃、少女は二つの疑問を抱いた。

 一つ。それはどうして私には“他人には見えないものが見える”のだろうかということ。

 そしてもう一つ。どうして私の送迎は誰もしてくれないのだろう。

 周りの子供たちはお母さんやらお父さんやら。家庭の事情はあれど、必ず親がしてくれていた。だけど自分はいつも一人で徒歩で一〇分以上はかかる幼稚園を目指し、歩いていた。

 そのことをお酒を呑んで、したたかに酔った母親に尋ねてみた。

 母は申し訳なさそうな顔で、

「ごめんね、ごめんね……」

 と、何度も五歳の梨紅に謝った。

 子供心ながら、その疑問は聞いてはいけなかったことだと気が付く。

 だからこれ以上は聞かなかった。何より、聞くのが怖かった。なんとなく。五歳の少女が聞いてしまっては少なからずショックを受けてしまいそうだと直感が告げていた。


 幼稚園にいる間、少女はいつも一人きりだった。

 朝、送迎の時も。

 昼、お昼ご飯を食べている時も。

 夕方まで遊ぶ時まで。

 必ず少女は一人きりになっていた。

 理由は分かっていた。

 一度、梨紅のことを幼稚園の男の子が“くらい”と言っていじめたことがあったのだ。いつも一人でいる梨紅を見て。少し気が強く園内の子供たちからも人気が高く園の中心人物のような男の子が、だ。

 きっと男の子としては自分たちの輪の中に入れてあげようと思ったのかもしれない。

 だが男の子はひたすら不器用だった。

 いつも一人でいる梨紅を無理矢理輪の中に入れようと思って少し強く手を引っ張った。少し。

 だけど今の今まで誰かにこういう風にして引っ張られることがなかった梨紅は、少し泣いた。少し。

 その時。

 梨紅のことを引っ張った男の子が吹き飛んだ。

 特別何かをしたという訳ではもちろんない。

 梨紅はただ泣いて、少し驚いただけ。

 しかし威力が恐ろしいほどあった。男の子は園内にあった手洗い場の壁に激突して失神してしまった。園内に響き渡る悲鳴を聞いて、初めて少女は自分に何かの“力”があることに気が付いたのだ。

 そしてそれが自分の親たちが自分に決して見せない愛情の欠落の原因だと分かる。

 子供ながら、少女はこう思った。


 ああ…………わたしは……化け物なんだ……。


 だからママもパパも私に微笑みかけてはくれないんだ。笑ってくれないんだ……。


 その日から、少女は自分の“力”について五歳の年頃で出来る限りのことを調べ始めた。

 調べたと言っても書物を読むような知識はこの頃の梨紅には当然あるはずもなく、どうすれば自分の“力”が発動するのかを調べた。

“力”について調べたのには理由がある。とても簡単な理由だ。もう嫌だったのだ。自分の“力”が暴発して誰かを傷つけてしまうのが。そして何よりこんな“力”を持ってしまったために、父からも母からも愛情を感じられないと思ってしまう自分が。だったらこんな“力”なくなってしまえばいい。“不思議な誰かを傷つけてしまうような力を持つ女の子”ではなく“誰にでも優しくなれる心を持つ女の子”でありたかった。

 まず、自分が危機に陥ることがあると無意識のうちに力が出るということが分かった。ジャングルジムの頂点に登ってそこから飛び降りてみたことがあった。すると梨紅の体が地面に激突する前にふわりと浮いて、足首を挫くことなく着地することが出来た。

 次に、自分が力を出したいと力むと力が出るということが分かる。まずは男の子を吹き飛ばした時のような衝撃波。これは簡単だった。絵本で見た魔法使いみたいに少し念じてやれば衝撃波は本当に簡単に出た。恐ろしいくらいまでに。

 そしてその衝撃波で自分は男の子を吹き飛ばしたのだと自覚して、梨紅はその力を念じるという行為を禁じた。

 逆に言えば自分が力んだり念じりしなければ誰かを傷つけてしまう力が勝手に発動することはないということになる。

 だけど園内において梨紅の居場所はすでになかった。

 男の子が失神してから梨紅は他の子供たちから恐れられた。あの子に近づけば、逆らえば、ひどい目に遭うと。それが梨紅の本心でなかろうと子供たちからすればとても恐ろしかった。逆らいようのない暴力は子供にとって、いや大人であってもひどく恐ろしいのだ。だから仕方がない。

 梨紅は園内で孤立した。

 色々と試みてはみた。

 自分が吹き飛ばした男の子に毎日頭を下げにいったり、出来るだけ自分の個を消してワガママを言わないようにしたり、弱いフリ(ヽヽヽヽ)を心掛けたり。とにかく色々。

 だけど待っていたのは明確な苛めだった。

 まずされたのはオママゴトで使う道具を隠されたことだった。でもそれはまだよかった。自分がオママゴトをしなけばいいのだから。

 次に幼稚園で勉強をする時に使う筆箱を隠された。次に上履き。苛めはそんな些細なことが積み重なって、いつしか子供たちの無視が始まった。

 梨紅が挨拶をしても。梨紅が筆箱やら上履きやらを探している間も。

 徹底的に子供たちは梨紅を無視し続けた。

 だけど、梨紅はそれでも泣かなかった。自分が悪いのだと言い聞かせて、とにかく耐えた。やり返そうと思えば簡単にやり返せたのにも関わらず、梨紅は相変わらず弱いフリを続けた。いつかみんなの心が折れて、もしかして、本当にもしかして何かが変わるのではないかと子供心で信じて。

 そんな日常がいくつも続いたとある日。

 あの男の子が梨紅の前に立った。

 梨紅はその時、

 もう……いいの?

 これで……終わり?

 と、思った。

 苛めが終わる? と本気で思った。

 だけど男の子の厳めしい顔を見て、梨紅の表情に寒気が走る。

 男の子が指示をすると他の女の子たち数人が梨紅を羽交い絞めにした。

「きゃっ」

「うごくな!」

「うごくなよ!」

 力は大したことはなかった。こんな力なら簡単に振りほどける。そう梨紅は思っていた。だけど梨紅は徹底して自分の力を振るうことはなかった。自分は弱い(ヽヽ)、普通のか弱い女の子(ヽヽヽヽヽヽ)でありたいと願って、無抵抗のままでいた。

「しかえしだ」

 男の子がにやりと笑うと後ろ手に隠していたまん丸い幼稚園児用のハサミを取り出した。

 そして、

「へへっ。こんな髪きってやる」

 男の子は梨紅の髪の毛を切り刻む。

「やっ」

 梨紅は見るからに顔が青ざめていく。

 彼女にとって物を隠されたりすることはどうでもよかった。結局物はどこまでいっても物なのだから。だけど自分の肉体だけは我慢ならなかった。

 パパがくれた頑丈な体も、ママがくれたキレイな髪の毛も。彼女にとってしてみれば両親がくれた唯一の愛情の一端。その愛情を誰かに傷つけられるというものが、とても我慢ならないことであった。

「やめてよっ!」

 初めて梨紅が男の子に反抗した。それがまた、男の子的には気に食わない。

「うるさい!」

 ばしんと男の子が梨紅の頬を叩いた。力は大したことはない。そんなもの……そんなの!

「うぅ~」

 唸る。

 羽交い絞めにしていた女の子の内、一人が焦る。

「な、なに」

「ぐるる」

 梨紅の頭に言葉が過る。

“思い出せ”

 男の子は相変わらず、梨紅の髪を切っていた。女の子たちは徐々に焦りを強く。

“思い出せ、クルースニク”

(……や)

“力の使い方を”

(…………や)

“お前は強い子だろう”

(………………や)

“悪に正義の鉄槌を”

(…………………や)

“全てを……焼き滅ぼせ!”

「いやあああああああああああああああああああああ!!」

 瞬間、

「わ!」

「うわ!」

 男の子も、自分を羽交い絞めにしていた女の子たちも、室内にあった机も。全てが吹き飛んだ。机は窓を突き破り、子供たちは室内の壁やら椅子やらに当たって白目を剥いて昏倒した。

“くくく”

 そして梨紅もまた、その場に膝を付き、昏倒。

 最後に彼女の耳に聞こえてきたのは、

“くはははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、今世のクルースニク! 誇るがいい。貴様は“十字架を背負うもの”として恥じるべきことなき強さを誇る最強のクルースニクだ! くははは!”

 という他の誰にも聞こえてこない幻聴。

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