367 理不尽な強さの前に
「……死?」
息を切らしながらレディの言葉を繰り返した。
どうにもピンと来ない。何故レディの言葉がスッと耳にも心にも入ってこないのだろう。
「どうにも儂は不思議で仕方がなかった。だが、ようやく理解した。貴様は死を恐れておらぬ」
レディの言葉からは生物的本能の否定が混じる。
「死にかけの分際がする動きではない。地面を這って逃げる。それはまだ分かる。理解もしよう。儂が嫌うジャンルの動き方だが、理解もしよう。あり得る、と。しかし……貴様は違う。貴様は、逃げなかった――違う。自分の命など度外視にして儂に突っ込んで来おった」
「それの何が……」
何が悪いのかと続けようとして、
「儂と同じだ」
と、レディが口を挟む。
「この儂、吸血鬼の頂点たる、レディと。吸血鬼の女王、レディ・オブ・ヴァンパイアとな」
「自分で言ってて恥ずかしくないのか」
「ふ。恥ずかしくないのだよ。言葉に中身が伴っておればな。空虚であれば恥もしようが、儂の言葉には実がある。儂にはこの名を謳うだけの実力がある。なればこそ見えてくるモノもある」
レディの表情には一切の恥じらいも曇りも存在しない。そこに見えるのは揺ぎ無き自信と確信めいた直感。
だからこそ尋ねた。
「……一体何が見えたって言うんだ?」
レディは何かを考え込むように片目を閉じてから人差し指を立てて見せ、
「その前に貴様に問う。貴様にとって死とは何だ?」
と、問いて来た。
質問の意図を理解するよりも先に僕は考え込む。
……そんなものは決まってる。
「……終わりだ」
生物の終わり。終着点。終焉。
言い方に千差万別感はあれど、結局のところ死とは終わりのことだ。
「人は……生きてこそだ。……生きてさえいえば……どうにでもなる。だから……死んだら終わりなんだ……!」
だからこそ人は死を恐れるんじゃないのか。
終わるから。あるいは終わりたくないから。
だから、人は生きる。死にたくないために生きるのだ。
僕の返答にレディは何かを感じ入り、「ふむ」と息を漏らし、
「ま。おおよそは合っておる。貴様の言う通り、死とは終わり。終わるからこそ終わらせたくはないという気持ちが働き人は……生物は死を本能的に恐れる。……では質問を変えよう」
視線を鋭く光らせ、
「貴様は何故その境地に至っておる?」
そう続けた。
「……きょ、境地?」
「そう。まるで悟りの域だ。見たところ貴様の肉体年齢は精々一〇年と少し、よくて二〇年と言ったところだろう? それがまるで仙人、あるいは世捨て人のような悟りぶりで死を達観しておる。……あり得ぬ話だとは思わないか?」
「……っ」
息を呑んだ。
言葉が詰まると言うよりは息を呑まざるを得なかった。何かを言い返そうとも思わなかった。
(僕が死を達観している……? そんな訳が……あるはず……ない……)
けれど今度の言葉は僕の耳にも心にもスッと入って来た。むしろ僕の耳に心に突き刺さる。
「死を達観しているからこそ、死を見極めておるからこそ、貴様は死を恐れてはいないのだ。こんなことで死ぬ訳がないと本能で悟っているから貴様はそのような状態でも死を恐れずに儂に突っ込んで来れるのだ。異常だとは思わないか?」
口をつぐむ。
自分自身は死を見極めているつもりもない。死を達観しているつもりも毛頭ない。
だからこそ思う。
――異常だ、と。
多分誰がどう見ても、どうこの状況を受け取ったとしてもここからの生還は不可能。分かりきっている。
だけど僕はこんな状況にいても、――いや、こんな状況に追い詰められてしまっていても、怖くないんだ。
自分が死ぬかもしれないとしても、恐怖は体を支配しない。僕の体を支配するモノはクドを僕自身の手では救い出すことが出来ないという無力感だけ。
「解せんのだよ。貴様一体何者だ? オランセの兄だなんだのと言う話ではない。貴様の本性は一体、何なんだ?」




