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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
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359 クドとオランセ

 ビルの最上階に到達した頃には外に月が再び顔を出し始めていた。つまり、一日強は時間が経ったということになる。

(最上階にクドがいるとミセは言っていた。恐らくこの先の部屋にクドは……そして、レディも)

 自分程度の実力では勝つことなど想定不可能な相手の存在に恐怖を覚えないと言えば嘘になるが、もうここまで来たのならやれるかどうかより、やるしかないという気持ちだけで立っている方が楽だと錯覚を本能として起こす。

 扉の取っ手に手をかけ、気合を込めつつ大きな部屋の中に入っていく。

「クド!」

 僕は叫んだ。返事が返ってくることを期待して。

 しかし、返事は無かった。代わりに返ってきたのは、

「ほう? この部屋にまでやってくる者がいるとは。貴様、どこの馬鹿だ?」

 と言う苛立ちよりも驚きに重きを置いた女の声。

 目の前に現れた光景はとても日常に溶け込んでいた。

 立ったままワイングラスを持ち、こちらを見ることもなくグラスに口を付ける一人の女。常闇のような黒髪にしなやかなドレスに身を纏う一人の女がそこにいた。

 しかし目の前に見えるモノはとてもではないが日常と呼ぶには程遠い。

(何だ……あれ……)

 声にもならない驚きが僕の視線を一つの物体に釘付けにされた。

 冷酷なまでに美しいレディの姿――()()()()()。その隣に鎮座されている()()()()()、である。

 一言で言えばそれは黒い塊。

 八面体状の物体の全てが黒く塗り潰されたかのような形を形成し、それが闇を形成するかのようにうごめいていた。

 しかし、それはよく見ればただの闇ではない。闇のように蠢いて見えるモノの正体はかつて見たことのある“黒い帯のようなモノ”であった。“黒い帯のようなモノ”が八面体状の形をした中で蠢き、その中にある物体に張り付いて同化しているのだ。

「まさか……いや……そんな……」

 あらゆる可能性を考慮してもあらゆる可能性を排除しても出てくる答えは一つしか思い浮かばない。

「ああ。これか? これが気になるのか、貴様は。何、気にすることは無い。貴様には関係の無いモノだ、これは」

 あれは闇なんかじゃない。あれは……クドだ――!

 そう頭の中で認識した瞬間、僕の体は僕が考えるよりも先に地面を蹴り、その物体目掛けて飛び出していた。

「おっと。言っただろう? これは貴様には関係の無いモノだ、となぁ!」

 美しい曲線を描く右ハイキックが顔面に直撃し、僕の体が後方数十メートルへと吹っ飛んだ。

「ぐぁ!」

 壁に背中から激突し、蹴られた顔面からは血が出ていた。しかし、それでも痛みよりも先に感じたモノは酷い焦りだった。

 マズいと思った。もはや手遅れなのではないかとさえ感じた。どうして自分でもそう思ったのかは分からないが、それでも酷い焦燥が僕の中に生まれた。

 顔の血を拭いながら考える。

(落ち着け。落ち着け馬鹿。無策で突っ込んでどうにか出来るほど簡単な相手じゃないことぐらいもう分かり切っているじゃないか。僕のやるべきことを間違えるな……!)

 レディの見える方角とは別の方角へと視線を移す。

(……まったく変態め)

 何とか冷静さを取り戻すことに成功した僕は再びゆっくりとレディに近づいていく。

「関係ない訳ないだろ。僕にはそれが……クドにしか見えないんだから」

 やっとここまで来た。奪われてどこか遠くに行ってしまったクドがもう目の前にまで見えてきた。あとはもう手を伸ばすだけでいい。たったそれだけでクドを取り戻すことが出来る。

「クド? それは一体なんのことだ?」

 レディの様子が明らかに変化した。

 今までは良くも悪くも無感情であった。端的に言えばどうでもいいと心の底からそう思っているような視線で対峙し、ちょっとした労力を割くことさえも煩わしいと思っていたはずなのに、今は明らかな嫌悪に近い感情の針が動いたように見える。

「決まってる。その中にいる女の子のことだ」

 僕の言葉にレディが黒い塊を一瞥し、

「確かに……この中に人がいることは認めよう。しかしこの中に貴様の言う()()と言う少女はおらぬ」

「そんな訳がない!」

 思わず叫ぶ。

「分かるんだよ。この……何とも言い難い予感が言っている。とても暗くてとても嫌な予感が、僕にその中にいるのがクドだって言っているんだ!」

 いつも予感は当たる。それも悪い予感に限ってはいつも当たる。それが世の常。

 オカルトめいた迷信を信じるか如く暴挙だが、今回に限ってはその予感が全て正しいとさえ感じた。だから僕はすぐにでもあの中からクドを取り戻さなければ手遅れになってしまうと思う。

 レディはそんな僕の熱量など何も感じていないのか、あるいは感じた上で些事だと受け流したのか、

「貴様がどれだけ吠えようとも真実は変わらん。おらぬものはおらぬ。断言しよう。この中に()()なる少女はおらぬ」

 しかしそれはただの勘違いであった。

 レディは僕の叫びに苛立ちを覚え、


「ここにいるのは我が生涯唯一の友、――()()()()だ」


 そう吐き捨てた。

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