358 クドとオランセ
一人きりのエレベーターの中にカンカンカン、と貧乏ゆすりに近い靴音だけが木霊する。
急く気持ちだけが先行しているようだ。
エレベーターの現在フロアを表示する液晶を見る。
三五階。
そして、また、
(まだか……まだか……)
という焦りが生まれる。
決してエレベーターの進みが遅い訳ではない。むしろ高層ビルに設置するエレベーターらしく一般的なエレベーターに比べれば幾分かは速度は速いくらい。
しかし焦燥がまるで時間を鈍化させているかのような錯覚を引き起こさせる。
「焦るな……落ち着け……落ち着けよ……久遠かなた」
何故自分がこうも焦燥感を覚えるのか、その理由ははっきりとしていた。
「いけるのか? この僕が。僕一人が」
自分自身のことぐらい自分でも分かっているつもりだ。
これまでの戦いで僕は何一つ結果を残せていない。
梨紅ちゃんとの戦いもキャストの吸血鬼の乱入が無ければどうなっていたかも分からない。
アサギさんとの戦いもミセの裏切りが無ければどうなっていたかも分からない。
桜井智との戦いもメアさんの侵入が無ければどうなっていたかも分からない。
つまるところ、ここにこうやって僕が立っていることは全てが万事たまたま上手くいっただけに過ぎない、要はただただ運がよかっただけ。ただそれだけのこと。
「……まったく、僕は今……どこに立っているんだ?」
後悔している訳でも逃げ出したいと言う気持ちから漏れた愚痴でもなく、ただ単純に自分がこの場所にいるべきなのかどうかの疑問を口にした。
この場所に立っているにしてはあまりに僕は弱い。脆弱だ。ただ運がよかっただけ、それだけを免罪符にしているのはあまりにも愚かなどではないのだろうか、と考えてしまう。
みんなが危険視するレディとの対決は避けられないだろう。これまでの順路にレディの姿はなかった。そのことが示す答えは限りなく一つ。
レディは今から向かう場所にいる。
何故だかは分からないがレディはクドと一緒にいる。そう思わざるを得ないし、直感が告げている。レディとの戦闘は避けられないと。
(……殺されるよな、多分)
あらゆる脳内シミュレーションを行った結果、僕がレディに勝てるビジョンが一つも見い出せない。勝ちの目が一つすら見つからない。
あの圧倒的な力の差を見せつけられては仕方のないことだと思うが、どうやったとしても今の僕ではレディに勝つことは不可能だろう。
(勝てないか……ま、クラリスさんがああまでも心を折られてしまうような相手だ。そう容易くはないとは思うけど)
どういう経緯があればあそこまで心が折られてしまうんだろうと思わなくもないけど、現実問題として受け止めなくてはならないことは僕の負けが確定しているということ。
(勝ち目が無いのならいっそ逃げ出してしまうっていうのも一つの選択肢なんだけど……まあ、ないよね。その選択肢は)
考えるまでも無い愚問に首を横に振り、あらゆる思考に頭を捻る。
(勝てないのなら……いっそのこと……)
そして一つの策を思いつく。
そしてエレベーターの扉が開いた。
「ま、ここでいくら考えていても仕方がない。行くか」
策が思いついたのと同時に開いたエレベーターの扉のおかげで考えを思い直す暇がなくなったことにある種の感謝を覚えつつ、僕はエレベーターから降り、駆けだした。




