351 折れた心の修復方法
それからミセは何も言わずに僕の後ろをずっと付いて来た。
僕の考えた策に納得がいかないと言う様子とは少し違うと思う。もしもそれが間違っている策だと言うのならばきっとミセは口を出す。あるいは口には出さずとも結果に期待出来ないとして一人で違う策を講じる。ミセとはそういうタイプだと自分なりに推測していた。
だったら、
(……だったら何を考え込んでいるんだろう?)
と、まあ、そういう訳だ。
ミセは黙っている。
しかしただ黙って突っ立ている訳ではもちろんなくて、何かを考えるように僕の後ろを付いて来ていた。
時折、背後を気にしながら。
背後、と言うにしては見ている方角が先ほどの繭の牢獄の位置と一致し過ぎているような気がしてならないが。
「ミセ!」
ふと目の前を見るとメアさんとアサギさんが地下にまで降りて来ていた。
「よかった、無事みたいね。安心したわ」
ミセを見やってメアさんとアサギさんが一息つく。
「桜井智に洗脳されていた吸血鬼のキャストは全員無事。動ける内に街に戻らせた。これでこのビルの中に残っているキャストは私たちだけ。さあ、とっととこんな場所からはおさらばしましょ」
どうやらメアさんたちはビルの中を駆け回ってソムニのキャスト全員の救出に成功したらしい。二人の表情からも窺い知れる。
「そうか、よかった……」
僕も安堵の息を漏らす。
桜井智の洗脳は桜井智を気絶させたことでいったん全て解除されたらしい。あれだけの人数の洗脳をやり直しとなるとそれなりの労力と時間を有するはずだ。そして桜井智の洗脳による支配はソムニの街にはもう訪れないだろう。二度とソムニに桜井智を近づけないだけでその支配からは逃れられるのだから。
これでソムニの街の問題は解決したということになる。
つまり。
「さあ、ミセ。こんなところからはとっととおさらばしちゃいましょ」
そう言ってメアさんがミセの前に手を差し出す。
目的を果たしたのならこんな危ない場所からはとっとと避難した方がいい。何も間違っていない危機管理能力と判断。
「久遠かなた。アンタはどうする?」
メアさんと目が逢い、彼女がそんなことを言ってくる。
どうやら気を使ってくれたらしい。
僕は首を横に振って、
「ううん。僕は、まだ。ここにいる理由もあるし」
「そっか」
納得したのか、それとも『結社』に置き去りにする罪悪感を思ったのか、メアさんは少し申し訳なさそうに目を伏せた。
だけど、そんなことを気にする必要なんてまったくない、だから僕はミセの背中を軽く押して彼女たちを笑顔で見送ることにした。
「ははっ。何を気にしているんだか。よかったじゃないか。キャストのみんなが無事で。何よりだよ、それが。ほら、ミセも。早くこんな場所は離れた方がいい。そうに決まってる」
「わっ」
小さな悲鳴と共に、ミセが体をよろめきながらメアさんの前に出る。
考え事をしていたせいで体のバランスを保てなかったということもあるのだろうが、何よりもミセの体はすでにボロボロなのだ。本当なら立っていることすら辛いはず。それが分かっているからこそミセは僕の言葉に渋々従った。
「まあ……ここにいても仕方がないのは事実……ですし。……分かりました。行きましょう、メアにアサギ」
その言葉にメアさんとアサギさんの二人は安堵したように吐息を漏らす。
もしかしたらミセがここに残るなんて言い出すかもしれないと思ったのかもしれない。そんなことあるはずがないと少し考えれば分かるはずなのに、それでも安心する材料が目の前に現れたせいで他人から見ても分かるほど二人は安心しきっていた。
「よし。じゃあ」
メアさんとアサギさんがボロボロの体の支えながら後ろを向き、ミセがそのまま振り返る。
「久遠かなら。上に……反応があります。強い反応です。……これほどまでに強い反応の持ち主なんて考えるまでもない。……恐らくレディは上に。このビルの最上階付近にいるでしょう。……これを」
そう言いながらミセが一枚のカードを投げてくる。
「このビルはある一定の階層以上に行くにはそのカードキーを使うことの出来るエレベーターに乗るしか方法がありません。さっき桜井智が持っていたカードキーを拾っておきました」
「……ありがとう。賢いんだなキミは本当に。行動力もある」
礼を言うとミセは軽く目を伏せ、
「私は……弱いから。小賢しくないと……いけないんです」
と、言う。
「小賢しくなんかない。……ミセ、キミは賢く。そして……強い」
「……っ」
お世辞でも何でもない言葉を送る。
ミセの顔が少し赤みがかったような気もしたが、きっと気のせいだろう。
「最後に……一つ」
だって次に顔を上げた時にはミセの顔は赤くなんてなかったのだから。
「クラリス・アルバートのことですが。貴方の策が成功することを祈っていますが、それでも私は貴女の策は失敗するんじゃないかって思います」
投げかけれた眼差しと言葉に動揺する。
「確かに心を折られた彼女に生きる意味、あるいは生きていく意味のための原動力を植え付けさせるという策は間違ってはいないと思うし、成功する可能性だってあると思う。だけど……それは貴女の考える前提が全て正しかった場合。……私は多分失敗すると思う。だって」
そして最後に僕の動揺する心を見透かすように悪戯っぽく笑顔を向け、
「――恋する女の子はやっぱり強いと思うから」
と、言い放った。
「恋は確かに毒かもしれない。だけど、恋は毒にも薬にも、それこそ原動力になることを私は知っている。だから貴方の策はきっと失敗すると思う」
その言葉を最後に三人の姿は不可視状態となり気配も同時に消え失せていった。




