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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.3
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034 クドラクとクルースニクと許嫁と

 ――吸血鬼。

 吸血鬼という存在にはいくつもの逸話がある。

 日光を浴びると灰になる。

 これは迷信だ。

 基本的に吸血鬼は夜行性で、陽の光を浴びることが少ない。そのため人の形をした吸血鬼の肌は基本的に青白い。だから陽の光が弱点なのではないかと色んな神話で語られるが、灰となった吸血鬼が確認された例は一度としてない。

 にんにくやネギが苦手。

 これは迷信だ。

 吸血鬼は身体能力が人間の数倍はあるとされ、嗅覚も人よりも強い。そのため臭いがキツイ食べ物をあまり好んで食べないため、そうされてきた。でも食べようと思えばガーリックライスもねぎま串も普通に食べられる。

 吸血鬼は不老不死。

 これは半分迷信で半分本当である。

 特定の吸血鬼を除き、吸血鬼が不老であることは間違いなく本当のことである。ただし不死ではない。吸血鬼が不老不死であると伝承されている理由の一つがとてつもなく死ににくいためである。傷の治りが異常に早く、心臓に凶刃が届く前に傷が治ってしまうため、吸血鬼は死なないと思われている。

 だが実際に吸血鬼が不死であるかと言われると答えは否。

 吸血鬼は絶対的に傷が治りやすいという体質ではあるが、死ぬ。

 一度に大量の血液が流れ出れば、死に至る。

 それが吸血鬼の唯一の死因。


 あれからクドラクは宣言通り一度も攻撃をすることはなかった。

 ただひたすら梨紅の攻撃を受け続け、傷を負う。そして即座に治る。その繰り返し。

 何度も何度も何度も。

 そして、

「もういい?」

 幾度も続くかと思った攻防が終わりを告げる。

 梨紅が地面に刀を差し、片膝をつく。

「はあ……はあ……どう……して……」

 呼吸を乱しながら、顔を上げる。

「どうして……ここまでされて……なぜ」

 クドラクは静かに目を瞑ったままだ。

「なぜ……反撃しないんですか」

 キッと睨む。

「私を……舐めているの!」

「別にそんなことはない」

「嘘です!」

 牙を剥き、爪を尖らせ、敵意に満ち満ちた瞳でクドラクを睨んだ。

「あなたはずっと手を抜いている。今だけじゃない。あの時も! そうだ、あの時もそうだった! 魔力が残り少ないあの夜の時も、あなたは一切私に攻撃を仕掛けてこなかった。なぜです! あなたはクドラクなのでしょう!」

「なぜか、か。そう……だな」

 クドラクは少し考える素振りを見せ、

「わたしは……きっと。戦いたくないんだと……思う」

 その言葉に梨紅の目から敵意が消えていく。牙が唇の中に納まり、爪が引っ込む。想像していた答えと違っていたことを痛感した。梨紅の中ではクドラクが自分相手に侮っていたからだと思っていた。至上の強さを持ち合わせている吸血鬼の口から、戦いたくないと来たものだ。毒気が抜けた。

「弱い相手で……退屈ですか」

 ふるふると、クドラク。

「誰が相手でも、だ。たとえクルースニクが相手だとしても。ただの人間でも。わたしは……もう人間を傷つけたくない。……そう思ってる」

 まるで子供のようだった。

 したくないことをしたくないと拒み、意地を張っているような。

「“悪疫”が何を……世迷言を」

 梨紅の言葉にクドラクが力なく笑う。

「……自分が何者かぐらいは分かってる。でも……いやだ。もう……誰かが傷つくのを見たくない。もう……誰かが泣いているのを見たくない。もう……誰かが苦しんでいるのを黙って見ているだけなんて……や」

「私は……いつかあなたを殺しますよ。それが……運命です」

 よろめきながら梨紅が一歩、前に踏み出す。

「私は栗栖梨紅。“十字架を背負うもの”。吸血鬼クドラクを滅ぼすためだけに生を受けた存在。その私がその運命から逃れられるとは思えません。それは“悪疫”、あなたも同じはず。戦いたくない。そんな世迷言で片づけられるほど私たちが背負っているものは軽くはないはずです」

「殺しあう宿命」

 諦念するような、面持ち。

 そして、


「そんなの……知らない」


 駄々をこねるような声で。

「知らない」

 言う。

「知らないよ、そんなの」

「ふざけないでください!」

 激しく強い声。

 その声にクドラクは笑顔で返す。

「ごめん。でも、いや。あなたとは決して戦わない。たとえ、あなたが私を光で焼き尽くしても。わたしはきっと……あなたを殺さない。でも、あなたがわたしと戦いたいと思うならそれでも構わない。わたしは何もしない」

 真っ直ぐ。ひたすら真っ直ぐにクドラクは梨紅の目を見た。

「あくまで。あくまで……あなたは戦わないと」

「うん」

「ならなぜ。あなたは私を追ってきたのですか? 分かっていたのでしょう? 私があそこから駆けだしたのかを」

「戦うため。でしょ」

「ええ」

「でもわたしは違う」

 クドラクが目を瞑った。儚げな笑みを口元に浮かべる。

「わたしの思いを伝えに来た。宿敵に」

「思い?」

「そう。殺しあう宿命を互いに背負った相手に。どちらかが滅ぶまで争うことを運命に命じられた愚かしい人形の相手に」

 にこっと笑って、クドラクが邪気なく言う。

「宿命に決着をつける。それだけ」

「だ、だから! 戦わなければ!」

 言葉にクドラクは静かに首を横に振った。

「それ以外の方法で。戦う以外の方法で。この宿命に決着をつける。出来れば、誰も巻き込まず。カナタを巻き込まないようにして、みんなを巻き込まないようにして、決着をつけたいんだ」

 たん、と地面を蹴ってぱちんと指を鳴らす。

 辺りから魔力の波が消える。

 結界が解かれた。

「わたしたちの問題だ。わたしたちで決着をつけよう」

 彼女は微笑みながら、


「クルースニク」


 宙を舞って。

「がんばろう」

 そのまま姿を消した。

 空を見上げながら、梨紅がぼそりと。

「…………だって」

 一言。

「私だって」

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