344 負けず嫌いな人との対話
血の混ざる臭いが完全に途切れた。あるいはこの霊力に満ちた光景がその腐臭をかき消してしまったのか。
「……ふう」
呼吸をすることにまるで不快感を覚えない。神聖な山の中で行う呼吸のように吸った空気はとても浄化されていて、あえて表現するのならとても神秘的な空気であった。
だが空気はとても清々しいのに重力はどこか重苦しいとさえ思うほどに錯覚を覚えざるを得ない。
(空気が心地いい。……だけど、こんな場所の空気が心地いいだなんてそんな違和感あるか? 普通)
どれだけ霊力が辺りに及ぼす影響があったとしても血の臭いが混じる穢れた空気を払拭するほどの力が漏れ出しているこの状況に違和感を覚えないはずもない。
この状況は明らかな異常事態。
そしてその異常事態の正体はやはりと言うように僕の目の前に現れた。
現した、と言った表現の方が正しいのかもしれないが。
牢屋の壁は基本的に鉄格子のような柵で区切られている。中に収容した人間、生物が生きているかどうかを確認するための収容するものの都合でそうなるべくしてそうなっている。しかし目の前の牢屋はもはや牢屋と呼べるような形態を成してはいなかった。
青白く光る繭。
それを一言で言い表すならそう称するのが一番妥当だと思う。
鉄格子を囲うように針金にも糸にも見えるようなモノでぐるぐる巻きにされており、光源を何も通さないように牢屋が閉ざされていた。
「これが原因でしたか」
ミセの言う通り、辺り一帯の異変はどう考えてもこの場所が原因だろう。明らかにここだけが異質であり異変の根源。
異変に触れるように僕は手を伸ばす。
「触らない方が!」
咄嗟にミセが大声で警告する。その警告のおかげで僕の指は宙で止まる。
確かにここまで剥き出しの霊力に触れるのはあまり推奨された行為ではないだろう。それはまるで剥き出しの電線に触れるかのような危険な行為。火を見るよりも明らかな愚行。
僕はその繭には触れないようにゆっくりと近づく。
だけどミセには今から心臓に悪いことをする。
(気配が……するんだ。だから、確かめたい……)
右手でその繭に触れた。
「っ!」
思わず顔を顰めるほどの衝撃が右手に走る。
ミセがその後ろで声にならない驚きの悲鳴を上げた。
俯き、触れたまま、僕は問う。
「いる……の? クラリスさん?」
ここに来るまでに確信めいたモノがあった訳じゃない。だけどここにやって来て、こうして剥き出しの霊力に触れて、それは間違いなく確信へと至る。
だからこれは彼女がこの繭の中にいるかどうかを問いかけるモノではなく、この繭の中で生きているかどうかの確認のための問いかけ。
すぅっと息を吸う音が聞こえ、
「誰?」
と、彼女のモノだと認識出来る声が返ってきた。




