032 クドラクとクルースニクと許嫁と
「は~」
教室から外へ出た僕がまず向かったのは教室のすぐ隣にある男子トイレだった。
つまりは用を足していた。
教室を出ていく際、咄嗟に出た言い訳のトイレという言葉に実際にトイレに行きたくなってしまったのでそのままトイレに向かってという話な訳だ。
男子便器に排尿しながら顔を上げる。
「来るな、かー……」
用を足しながらクドが教室を出ていく際に言い放った言葉が気になっていた。
クドがきっぱりとそう言うってことは、そういうことなんだろうな。
僕は初め、クドと出逢った時に言った逃げろという言葉を強がりだと思っていた。だから無謀にも助けに向かった。
実際、それで二人とも助かったというオチもある。
だけど。
だけど、僕は知っている。
クドの強さを。
ほとんど化け物染みている。
まあ、というよりも化け物だけど。吸血鬼っていう名の。
う~ん。
残尿をてんてんと跳んで、散らす。
チャックを閉めて、一度落ち着く。
とにかくこれからどうするかを考えよう。
……まずは手を洗おう。話はそれからだ。
ばしゃばしゃと手を洗いながら鏡を見る。
普通に考えたら追うべきだ。クドのことはともかく、栗栖さんは普通の人間なのだから。吸血鬼であるクドに追われているのならば、追わなければならない。
それは分かっているのだが、なぜだろう?
僕は追うのを躊躇っている?
いや……もしかしたら。
本当の本当にもしかしたら、追うべきではないと思っている?
クドが、
『来るな』
と、はっきりと言ったことに多少なりとも影響されてしまっている。そう考えるのが自然なほど、追うべきではないと心の底から思っている。
それは。
きっとそれは僕がクドの決意を聞いたから。
クドは過去の夢の自分を変えようと思っていた。記憶がない彼女がどれだけ過去の自分のことを覚えているかは分からない。そもそも過去の夢ではなく、ただの悪夢である可能性も否めない。
ただ、もし、仮に。
クドが話した全てが悪夢だったとして、その想いまでは嘘ではない。
変わりたいと心の底から想うその心まではクドの本心だったはずだ。
だったら信じてみるのもいいんじゃないかな。
ばしゃばしゃ。
あー……でもなー……。
ばしゃばしゃ。
行きたい……な。
ばしゃばしゃ。
心配だよなー……。
ばしゃばしゃ。
あーでもでも……。
かなたが知る由でもないことだが。
彼が手を洗い始めてから、すでに一〇分近くの時が過ぎていた。




