328 ぶつかり合うことを恐れない
前提がすでに間違っていた。
二人は勝負をした。否。していた。
より正確に言えば、勝負をしていたモノだと思っていた、だが。
だからこそ、メアの言葉にアサギが動きを止める。
「な……にを……言って」
動揺を誘う言葉にしては真実味が強いと感じたのだろう。アサギはその言葉を嘘やハッタリの類だとは微塵も思わなかった。
腕を絡め取られながらアサギはメアの言葉に耳を貸す気になったように大人しくなる。少なくとも殺意を剥き出しにしようともせずに。
「はは……ったく。私に言わせようとするなんて、アンタ……ほっんとーに性格が悪いわ。でも、言わなきゃ分かんないだろうし、納得もしなさそうだから……言うけど。私、フラれたの」
メアの明確な敗北宣言。
恋愛においての勝ち負け、しかも同じ相手を好きになった者同士における勝敗の有無はその相手と付き合えるかどうかによるものが大きいだろう。
だからこそフラれたという言葉の重みは勝負をしていた相手ならばどういう発言か理解も容易い。
「フラれた……お前が? 嘘だ。嘘だ嘘だ。そんな風には見えなかったぞ」
声色に戸惑いが混ざるアサギの声。
対してメアの声色には悔しさが混ざる。
「そういう風に見せていたの。だって恥ずかしいし悔しいじゃない。同じ男取り合ってさ、自分はフラれたなんて思われたら」
やっと出てきた言葉はメア史上もっとも恥ずかしく情けない言葉だった。しかし出した言葉を引っ込める気も否定する気もまったく起きず、むしろ心の中がスッと軽くなったような気がした。
アサギも殺意を抑えきれなるほどに貯め込んできていたようだが、同様にメアも心の中に色々な思いを貯め込んでいたのだ。心の中の錘が一つ取り除かれたような爽快感があった。
(ああ……言っちゃった。負けを認めちゃったかー。でも、何だろう? 不思議な気分。……いやじゃない)
負けず嫌いが負けを認めるなど本来ならば負けと同等の屈辱なはずなのに、心の中で思った通り、嫌じゃない。感じたモノは決して嫌悪感などではない。
「見せていた、だって?」
アサギの目の光が揺らぐ。
信じられないモノを見るかのような目でメアを見、メアをその目を逃すまいとじっと見据え、逸らさなかった。
「分かるでしょう? 私たち本当に似た者同士だから。双子でも何でもないのに、本当に瓜二つで、性格も思考も趣味嗜好も、男の趣味だってそっくりだった」
違うのは戦いにおける適正距離ぐらい。
面立ちもそこまで似ている訳でもないのにまるで鏡合わせのよう。
それが互いの劣等感だった。
彼女には負けたくないという劣等感。
負けたくないと思うということは同時に負けるかもしれないという感情と表裏一体。
いつそれが裏返るかの問題でしかない。
「そっくりだから……まるで一緒だから、つい思ってしまった。もし、もしもルシドが相手を選んでしまったら」
メアの声は震えていた。
その言葉を口にすること自体に恐怖を感じるかのように、まるでその言葉を認めたくないかのように、その言葉を紡ぐ。
そしてそれを聞いたアサギの目が確かに揺れた。図星を付かれたというよりは同じ考えを持っていたことに驚いたように。
「自分じゃなくて相手を選んだのなら、それは負け。好きな人を相手に譲る、一番負けたくない勝負に負けることになる。そんなのは嫌。そうでしょ?」
アサギは応えない。しかしその答えはメアと一致しているように思えた。頷くこともしないがメアの腕を振り払おうともしていない。
完全に同意しているようにしか思えない態度。
その態度を取ること自体がアサギにとっては屈辱感でしかないのに、何かを言い返すことも反論を口にすることさえ出来ないでいる。端的に言えば完全に戦意を喪失しかけている。
「分かるのよ。アンタの気持ち。私に負けたくないって気持ち、――私を羨んでいる気持ち、私に嫉妬している気持ち。私もまったく同じだから。私は貴女を羨んでいた。私は貴女に嫉妬していた。認める。だから私は嘘を吐いた。――貴女に負けていないって嘘を」
敗北感を味わわないための自分に対しての誤魔化しだったのか、アサギに、アサギだけには負けたくないという自尊心が成した所業だったのか。今になっては分かりはしないが、メアは初めて自分の気持ちを余すことなく吐露した。
嘘偽り、見栄も投げ捨てたメアの抱える本音。
その全て。
全てをアサギにぶつけた。




