326 ぶつかり合うことを恐れない
「……嫉妬」
遠くの方で聞こえてきた言葉を僕は呟いた。
「何だ、これは」
隣では桜井がそんな言葉を呟く。
ようやく理解したらしい。目の前で繰り広げられる攻防の数々が桜井の想定していたモノとは違うことに。
不本意ながらその気持ちは僕も同じだろう。
何故メアさんがこの場にいるのか。
何故あの二人が争って――いや、もっと正確に言えば命のやり取りをしているのか。
アサギが侵入者に対する殺意を隠そうともしないことは理解出来るが、メアさんの方にも元々仲間だったはずのアサギに対しての遠慮がないことに、手心を加えていないことに疑問が浮かぶ。
(前は……もっと……)
以前はアサギの攻撃に対してメアさんは反撃をしなかった。
無抵抗のまま殺されることもやむを得ないような態度だったのに、今は違う。
攻撃をされれば攻撃を返し、殺意を向けられれば殺意を向け、敵意で圧倒されれば敵意で押し返す。
紛れもなく、これは死闘。
どちらかが殺されるまで続く、――殺し合い――。
仲間であるミセを死ぬ寸前にまで追い込まれた怒りの感情に身を任せた衝動によるものなのか、メアさんの中で何かの気持ちの変化があったからなのか。
死闘を是としているようにも見えた。
だが、それだけのことであるのならば納得を無理やり呑み込むことも出来よう。……もう覚悟を決めたのだと。……納得する。
しかし、先の彼女の言葉。
『今のアンタ、とっても醜いわ。私が嫉妬する理由がないくらいに、ね――!』
その言葉だけがどうしても引っかかってしまう。
何故その言葉を言い放ったのか。
何故その言葉を言い放わなければいけなかったのか。
何故その言葉を呑み込まずにはいられなかったのか。
あらゆる可能性を考慮する。
ポジティブな考え。
ネガティブな考え。
色々な思考が交錯し、気が付けば。
僕は磔のまま、目を瞠り、口角が上がっていた。
何て単純なんだろう。
何て楽観的なんだろう。
こんな状況下においても僕はとことんまで甘い人間なんだろう、と自分自身で自分自身を笑ってしまった。
しかし僕はそれを信じることにした。
メアさんが直接僕にそう言った訳でもないのに、答えもヒントも何一つ提示されてはいないのに、僕はそれを信じることを選んだ。
信じることはどんな状況においても力になる。
自分自身を呪っている場合かと逃げ道を塞ぐ。
彼女が――闘っているというのに、お前はいつまでのんびりとしているつもりなのだと、喝を入れる。
磔状態の手足に再び力を込めた。
ギチギチと銀の鎖が体に食い込む。
銀で出来た鎖がまるで灼熱で出来た鎖を巻かれているように熱く、痛い。
しかし。
(痛みが……何だ)
皮膚が焼け爛れるよう。
(熱さが……何だ)
手足がもぎ取られるよう。
(手足が千切れたのなら、それは――脱出のチャンスじゃないか――!)
その全てを、僕は――無視することにした。
「う、わ……」
異変にようやく隣の男が気が付いた。
だけど。
――もう遅い!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
地下の牢獄で一人の男の声が木霊した。




