301 巨(おお)いなる影
「じゃあ、その男は侵入者ということか?」
「はい。体内から魔力反応があるので、間違いないかと」
桜井がどれだけミセの能力に対しての知識があるかは不明だが、ミセは淡々と僕の素性を明かしていく。
余程愚鈍でなければ、ミセの能力についての知識はあるだろう。彼女の能力は初見の僕でさえ、気が付くほど明らかに高く、優秀だ。
「ふーん、しかし馬鹿なヤツだな。わざわざ敵の本拠地に乗り込む吸血鬼がいるなんて。火の中に飛び込む虫、ってことかな。ヴァンパイアハンターの総本山であるこの『結社』に乗り込むだなんて。いや、殴り込みかな。お前はどう思う?」
侵入者の行動を嘲りながら、桜井はミセに問いかける。
ミセは僅かばかりに逡巡するが、それでもワンテンポも遅れることなく小首を傾げた。
「さあ? どうなんでしょうか。私には理解し難い行動なので」
(ん?)
それはあまりにも一瞬の出来事で、自分の目の錯覚なのではないかと思った。
何かを言いかけた口元が、文字通り「ニヤリ」と狡猾に嗤っているかのように見えたのだ。しかし、瞬きをしたその瞬間、口元は何も変わっていないかのように元に戻っていた。
「まあいい」
何か思考を巡らせていたのだろうとは思ったが、今の僕にはどうしようもないことは明らかだったので、今見えた口元の歪みには目を瞑ることにした。
ミセも無言で桜井の言葉の続きを待っている。
「お前はどうやら吸血鬼のようだし。まず間違いなく僕の部下だろう。だったら優先事項の変更だ。……これを見るんだ」
そう言いながら桜井が自分のポケットからライターを取り出した。
随分とちゃちな素材で出来たモノだなと思った。嫌煙文化が進んだ現代においては最早骨董品レベルと言っても過言ではない、粗末なライター。
(ライター……)
心の中で呟く。
決して表情には出さない。
(ライターを使う洗脳術師……。僕たちが探し求めていた存在。じゃあ……やっぱりこの少年が、ううん。この、男が……みんなを……)
最早、目の前で現行犯を取り押さえたいという気持ちで一杯だった。今すぐにでも取り押さえ、殴りかかり、術を解かせたいという気持ちで、本当に頭の中を支配されそうになっていた。歓喜に打ち震えたかった。怒りに身を任せてしまいたいと思った。激情のまま、全てを台無しにしてでも、殴りかかりたい衝動に駆られた。
しかし、それらの衝動を理性で抑え込む。
桜井がライターに火を付けた。ぼうっと、安っぽい文明の智が灯りを灯す。
そして、
(……!)
それは何かの合図だった。
僕の中にミセの魔力が流れ込んできた。
それは僅かなモノ。攻撃性もなく、回復性も、あらゆる魔力濃度も限りなく薄い限りなく水に近い魔力。
僕を拘束させた腕から僕の腕へと伝うミセの小さな魔力。
「随分と余裕なんだな、煙草でも吸うのかい?」
その魔力の波動を信じ、僕は、――いや、――僕たちは作戦を決行することにした。




