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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
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286 結社の掟

「桜井……様……」

 声が情けないほど震え、緊張でガチガチと体が固まる。

 あり得ないほどの恐怖をこの身で感じ取った。

 さっきまで心の中で侮っていた相手だ。しかし実際に目の前にしてみると自分でも分かりやすいぐらい怯えている。

 拳の中で汗を握る。

 あと少し。あともう少しでここから離れられる。この体を束縛する恐怖と言う名の鎖から解放される。

「なぜ、貴方がここに……。貴方は盟主争いの必要などない。もう幹部なのだから」

「うーん、そうだなー」

 桜井は愉快気に笑いながら顎に指を宛がう。それはそれは楽し気に。

「今日は気分がいいから。ま、いっか。答えてあげるよ。たまにいるんだよ、キミみたいなやつが」

「みたいな……?」

「そ。盟主争いとか内部で殺し合いなんかが起きるとここから逃げ出そうとするやつが」

「な……!」

 狼狽うろたえた。いや、狼狽えてしまった。

 慌てて口を押えるが、時すでに遅しと言う言葉があるように思考と行動ではどうしたって埋めようのないタイムラグが発生してしまい、口を押えた頃には桜井の耳に男の迂闊な声が届く。

「へえ……」

 桜井は小さく口元を緩めると、自分の右手の指を擦り合わせるように弄り始めた。

「げ……?」

 恐怖と緊張で舌が上手く回らないという訳ではなく、男は桜井の発した言葉――一語を寸分なく繰り返す。

「下、だな。下。

 桜井は男を心の底から蔑むような目で見た。

 まだ。まだ、つい先ほどまでは桜井は男を一人の人間を見るような目で見ていた。あくまで自分よりも立場が低い人間を見るような目で。

 しかし今の桜井の目は男を最早人間を見るような目ではない。

 石ころ。よくて虫けら。

 軽い気持ちで蹴飛ばそうが踏み潰そうが桜井の中にある良心が痛まないであるかのような目。

「どうしてこの状況を楽しめないかな?」

「楽しむ……だと……」

 男は自分と桜井の中にあまりにも違う価値観に息を呑む。

「今、このビル内において殺し合いは合法なんだよ。何せ、レディが決めたルールに基づいて強い奴が勝ち残り弱い奴は死ぬ。ビルに近づくやつはいない。いたとしても、そいつもここのルールに基づいて殺してオッケーな場なんだ。今日、この場においてはね」

 男はヒヤリとした汗を流す。


「じゃあたのしめよ。愉しんで殺し合いなよ」


 違う。

 あまりにも。あまりにも違う。

 自分と桜井――いや、この結社の価値観が。あまりにも違い過ぎる。

 今さら結社内での殺し合いに罪悪感を覚えたなどと善人ぶるつもりはない。自分とて何人も殺した。助けを乞う声を無視して利己的感情に身を任せ、つい昨日まで仲間までとはいかずとも同じ結社の同僚を殺した。

 ――殺し合って。

 ――殺して。

 ――殺した。

 そう、何人も。何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も。――何人も――。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 殺すことと殺されることはいつだって背中合わせだ。敵を殺すことがノーリスクだなんてことはあり得ない。

 危険と言うリスクに勝った者が生き、リスクに負けた者が死ぬ。

 たったそれだけのこと。

 だがそれだけのことを、たったそれだけのことをひたすら繰り返す。

 自分が満足するまで。


 ――盟主(サークルリーダー)の椅子を奪い終えるその時まで。


 ……正直疲れた。恐怖に押し潰されそうになる緊張感に、それこそ()()()()

 分かっている。

 こんなものはただの錯覚だ。生物せいぶつが感情に殺されるなど。

 矛盾している。

 大勢殺した。両手で数え切れないほどの屍を踏み荒らし、命乞いする生者をも愚弄し、あざけ笑い、勝ち誇り、優越感に浸り、――結局、殺した。

 自分は散々殺戮さつりくを繰り返したと言うのに、いざ自分の番になるかもしれないと想像し、想像が現実になるかもしれないという恐怖に苛まれた瞬間、自分は逃げたしたくてたまらなくなったのだ。


 ――殺してもいい。

 でも、

 ――殺されたくない。


 はっきりと矛盾している。

 いや、これは矛盾以前の話。

 ()ってもいいが()られたくはないなどと言うただの虫のいい話。

 だがこの虫のいい話、自分にとって都合のいい話を押し通さなければ、()られたくない道を辿る羽目になる。

 そんなものは嫌だ。

 ああ……そうだ。単純に嫌だ。

 傲慢で身勝手な言い分。

 しかし、それはまごうことなき自分の感情。

「楽しめと簡単に言いますがね……俺はね、殺されたくないんですよ。自分が殺されたくないと考えるのがそんなにおかしいことと言いますか」

「だから逃げると?」

 頷く。

 頷いて答える。はなからこの問答に正解を求めてなどいない。

 簡単な話だ。

「どいてもらえますか? 正直に言いますね。俺、貴方を殺す自信があるんですよねえ」

 武器を構える。

 押し通す。

 結局は変わらない。長い歳月としつきをこの結社で過ごしてきたのだ。根本ねもとに“強い者が弱いものを従わせる”と言う結社の常識(ルール)が植え付けられている。あるいはその常識(ルール)に惹かれてこの結社に導かれたのかもしれない。だが今となってはその常識(ルール)が恐ろしくなって結社を去ろうとしているのだが。

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