280 剥がれ落ちていく“ナニ”か
眷属。
それは吸血鬼に血を吸われ、吸血鬼に従属する僕。
付け加えると眷属のなり損ないが生屍人。
僕の知っている言葉はこうだ。
知識量は少ない。しかも全てが人づて。
だがその人づての知識でもリアクションすることぐらいは出来る。
「…………え?」
まあ、自分はリアクション芸人などではないので、これぐらいが関の山なのだが。
驚いて軽く口を半開きにして固まる。
聞き間違いなどではないはずだ。この状況で会話を聞き逃すほど呑気ではない。
はっきりとミセは言ったのだ。僕が“眷属”であることがある種の冗談だと。
「んー。そもそも貴方は眷属が何なのかを知っているのですか?」
「それはどういう?」
「失礼ですが、知識に誤解があるように思えたので」
「誤解?」
ミセは人差し指をぴんと立て、
「まず第一に。貴方は眷属を何だと思っていますか?」
と、尋ねて来る。
何故だか分からないけど少しだけ緊張した。学校で教師に名指しされて問題を解かされるような気分。
「え……っと、吸血鬼に血を吸われてその吸血鬼の僕になった、者?」
「それだけでは不十分です」
目を閉じながらミセが小さくため息。
「より正確に眷属を説明するならばこうです。人間から吸血鬼に“成った”者が眷属と呼ばれます」
「ん? じゃあ、合ってるんじゃ。僕の言い方が少しおかしかったのかもしれないけど、僕の認識通りだよ。それは」
「……いいえ。貴方は大きな誤解をしています。久遠かなた」
ゆっくりと目を開き、そのまま僕を見上げて来るミセ。
心臓が鳴った。
どくん、どくんと何かを鳴らすように高鳴った。
それは警鐘か、それとも別の何かだったのか。
その理由は分からないが、ミセのぱっちりと開かれた瞳から目を逸らすことが出来ずに動けなくなっている。
何かとんでもないことを言われるような気がして……。
「いいですか、久遠かなた。眷属化は人間が吸血鬼に“成る”のです。――ですから、吸血鬼が眷属になるということはあり得ないことです」
僕は黙った。
何かを言うことも、何かに反応することも出来ずにただ黙った。
ミセの言っていることの意味が分からなくて。
「眷属化は吸血鬼の魔力と人間の霊力を吸血鬼の魔力によって塗り替える行為です。吸血鬼は血を吸うモノだと思われていますが、正確に言えば血液に循環している霊力や魔力を吸い上げているのです。そしてその際に魔力であればその必要はありませんが、霊力の場合、吸血鬼にとってはただの不純物の吸い上げになってしまいますから、吸血鬼の粘膜――――ああ、唾液の方が分かりやすいか、その唾液によって吸い上げられた霊力を魔力に変換しています」
眷属の成り方だとか、霊力の魔力変換だとか。そういうのではない。
もっと、もっと……根本的な部分の話だ。
あまりにもおかしな話なのに、ミセはそれをさも当然の事実を述べるかのように軽く、そして流した。
――一々確認するまでもないだろう、と確信して。
「待って、ちょっと待って!」
たまらず口を出した。
ミセは首を傾げ、
「今の話に何か分からないことが?」
本音を言えば分からないことだらけで、聞きたいことはたくさんあるし、その謎を全て聞こうと思ったら時間がいくらあっても足りない。だから今、僕が聞くべきことはただ一つ。
いや、違う。
――聞かなければならないことはただ一つ。
「僕が吸血鬼ってどういうこと?」




