274 吸血鬼部隊
「人間……じゃない、よな?」
ざっと見る。
一〇人を超えた辺りで辟易とし、軽く頭を抱えそうになった。
(一五、六人……って、ところかな?)
増援、なのか。
最早、数の暴力とでも言うべき圧倒的な多勢、気分的には軍勢の援軍か。それらを前にして全身に緊張感と危機感が走る。
「おいおい。何をぞろぞろと集まってんだか」
「…………」
アサギは援軍を素直には歓迎してはいない様子で、不服そうに視線も向けずにぼやく。
対しミセは何も言わず、視線だけを動かしていた。意図は不明。
「戦闘の音を聞き、駆け付けました。アサギ隊長」
「隊長はやめろっての。リーダー。おーけー?」
「…………」
アサギの言葉に返事はない。
どうにも機械的だ。感情を感じないとでも言うべきだろうか。無感情か無表情と区別するならば確実に前者であろう。
「…………」
あの時と同じだ。
クドが連れ去られた時と同じ。
(まさか……)
ある考えが頭を過ぎる。
再び僕は増援らしき集団を眺めた。
特筆すべき点はやはりその集団の性別が女であることだろうか。多種多様に渡る女性の集団、眉目秀麗でどこを見渡しても見劣りしない。異性の視線を奪い、同性の羨望の眼差しを独り占めにしてしまいそうになるほどの美しさを兼ね備えている。
その姿はまるで夜の蝶。
洗練された美。
彼女たちから感じる力は魔力。つまるところ、
「…………吸血鬼」
と、言うことだろう。
(じゃあ……やっぱりこの人たちって……)
感じる魔力の感じがどことなく目の前の二人のモノと近い。
吸血鬼の魔力。
改めて魔力に注視してみると分かったことがある。
魔力は吸血鬼の種類によってその魔力にわずかながらの微差が生まれるということだ。
これだけの吸血鬼の集団を目の前にしているのに魔力の感じはどれもとてもよく似ている。恐らくその理由は目の前の吸血鬼の集団の正体がサキュバスという吸血鬼の種族だからなのだろう。
クドはクドラクという吸血鬼だからサキュバスとは違う魔力。ネーブラさんは吸血鬼としての種類は不明だが、恐らくサキュバスではない。感じが何となく違うように思える。
サキュバスと酷似している魔力は恐らくインキュバスのルシドさん。
似ているからこそ分かる。
この人たちはサキュバスであり、彼らの街から消えたとされたキャストたち。
(勢ぞろい……かな。にしても……これだけの人数の吸血鬼を見ると流石に圧巻だ)
そういえば……。
あの時、よく話を聞いていなかったが、吸血鬼を街から誘拐し吸血鬼の部隊を作っているという話だったが。……なるほど。合点がいく。
隊長と呼ばれたアサギ。
強さを持ち合わせながらも平身低頭に殉じるクルースニク。
その様子はまるで部下と上司。
言い換えれば下っ端。下っ端も下っ端。新入社員と呼ぶよりも研修員と呼んだ方が適切かもしれないぐらいの関係。
逆らうことを許さないと言ったような空気を感じる。それは空気と呼ぶよりも“圧”のようなモノに近い。
下っ端だから“隊長”と呼ばれた彼女に逆らえない。従うのみ。
……あれ?
と、僕は彼女のとクルースニクの関係性を不思議に思った。
感じたモノは違和感。
変だと感じた。
従っている。そう、従っている。
彼女は栗栖梨紅ではない。彼女の内に秘めたもう一人の魂であるクルースニク。クルースニクは彼女とは違い、操られた様子はなかった。
従う理由が無い。必要が無い。
寧ろ逆になるのではないか?
クルースニクはクドラクを殺したがっている。
宿命と称して――。
自らの運命と覚悟を賭けて。
謂わば、今、クルースニクは自由の身だ。
クドラクを殺したくないと考えている栗栖梨紅の精神を奥に引っ込ませ、今、彼女の表立っている精神はクルースニクの物。
身体自体は彼女自身の物ではあるものの、その能力を自由に振るえるのだ。……これほどの好機、そうそうあるものではない。
普通に考えて、栗栖梨紅の振りを演じて自分よりも弱いと思っている存在に従うよりは目の前の吸血鬼軍団を退け、自らの使命を果たそうとする方が宿命に溺れるクルースニクらしいのではないか?
「……ふん。思っている以上に弱いじゃない、コイツ。やっぱ人間はダメね。……人間が私たちの仲間になるって聞いて、どれほどの力があると思ったら、この体たらく。正直期待外れ。やっぱり人間は人間ね。私たち吸血鬼の足元にも及ばない。私ってばあんまり新人だ古参だで差別はしないんだけど、やっぱ人間はダメ、だーめ。弱っちいもの」
アサギの横で依然頭を下げ続けるクルースニクに冷笑を浮かべるアサギ。
……何となく理解した。
彼女もまた相当な人間嫌いなのだろう。それこそ、彼女と瓜二つなほど。
そしてもう一つ分かったことがある。
一つは栗栖梨紅の立場。
彼女の立場は本当に弱い。吹けば消える灯火の如く。
(まただ……)
頭を下げるクルースニクと人間嫌いの本領を発揮し続けているアサギと、もう一人。ミセと呼ばれる少女はずっとこちらを凝視している。
周りで何が起きようとも視線を逸らすことなく見続け、最早それは“見”ると言うよりは“視”るという表現が近い。
不可思議と言えば不可思議だ。劣勢の敵を見続けるなど、意味が理解出来ない。余程慎重であれば納得もいくが。
何よりも不可思議なことは、
――――その視線に敵意がまったく籠っていないことだ。
“視”ているくせに、それは観察ではない。
そう感じ取れる理由はその視線が不快ではないからだ。誰だって観察や監視をされていると分かるとまるで自分がモルモットになったかのように感じ、嫌な気分になることだろう。
しかし、違う。何かが違う。
彼女の視線は、どう説明していいのかまったく不明だが、それでも、…………何かが、違う。
「…………………………」
じっと見て。
見て。
……。
「――――ちょ!」
瞬間、目の前にアサギの襲撃。
ミセの視線に注視していた僕の目の前に飛んできた攻撃をすんでのところで躱す。
「ナニよそ見してんですか、アンタ」
どうにも僕が出逢う女の人って言うのは気が短いらしい。こちらの事情などお構いなくで攻撃をしてきた。
「……別によそ見をしていた訳じゃないけどね」
「んー? この状況で飄々としてるわね? もしかして現実見えてない?」
そりゃ盲目過ぎる。
この状況が分からないほどお気楽ではないし、この状況を打破出来るほどの奇跡が偶然起きることを期待するほど妄信的でもない。
「んじゃ。お小言も終わったから、殺すわ」
軽いニュアンスだが本気なのだろう。本気で僕を殺し、本気の軽い気持ちで僕を殺す。
人間嫌いもここまで極まると笑えてくる。
人間嫌いの吸血鬼も二人目だが、本当に思考回路が似ている。人間を羽虫かなんかかと思っているのだろうか。
「…………まったく、本当によく似てる。――――――アサギって人とメアさんってば」
ぽっと出た言葉。
意識して出た言葉ではない。軽い愚痴。独り言。
しかし、確かに場がひりついた。
「……………………………………似てる?」
一瞬で体の中の水分が全て蒸発したかのような喉の渇きを感じた。
今まで遊びで自分を弄ぶかのように挑発していたアサギの口から信じられないほど冷々な声が出る。
「誰が誰に似ているですって?」
(……なん、だ?)
とてつもない圧を感じた。
そんなことあり得る訳がないのに、足首を見えない腕に掴まれたような気がした。その腕は段々と足首から太もも、背中に回り、自分の体に纏わりつくように張り付いていく。
「めあ……? メアって言ったのかしら。…………そういえば、アンタの顔、どこ……かで」
その正体は極限にまで研ぎ澄まされた殺気。
蛇に睨まれた蛙という言葉を思い出す。
あまりにも強大な殺気は弱者に逃げると言う選択肢さえ封じる。
「そ……うか。そっか、……そっか。いたわ、いた。いた。そう言えばいたっけか。アンタみたいなヤツ。眼中になかったから覚えてなかったけど。そう。じゃあ……あは。アハハ。………………アハ。私の聞き間違いって訳じゃないのね」
そしてその殺気と呼ばれる圧は。
恐ろしいほど簡単に。
「……アハ」
燃えるように。
滾るように。
「殺してやるわ!!」
爆発する――――。




