025 クドラクとクルースニクと許嫁と
「八神先生! あなたのところへまた保護者からのクレームが来ていますよ!」
早朝の職員室に怒号が響く。
声の主はこの月城高校の教頭。生徒の間では説教ジジイと揶揄されている口やかましい教頭だ。
月城高校一年B組の担任教師である八神環奈は、自分の机にお行儀悪く足を置きながらタバコを噴かしていた。
机の上には何十本もタバコの吸い殻が重なった灰皿があり、ライターはなかった。
「ちょっと聞いているんですか、八神先生!」
あん?
と、耳をほじりながら八神は教頭を見た。
明らかにめんどくせーと言った感じの表情だ。そしてそういう意味合いも込めて睨んだのだ。
しかし、この教頭。生徒たちに説教ジジイと揶揄されるほどの説教好きで、八神の睨みなどものとせず、
「だいたいですね、あなたは不真面目すぎるんです! よくそれで大人を名乗れますね!」
延々と説教を垂れる。
(……うぜー)
対し、説教をされている張本人である八神はというと教頭のお小言など軽く聞き流し、タバコくらい静かに吸わせろだとか、勤務中に酒を飲むのってやっぱまじぃかなーとか、教師にあるまじき不埒なことを考えていた。
銀縁のメガネをかけ、左分けのストレートセミロングの髪に眠ったるそうな瞳に少し厚めの唇。黒のタイトスカートに黒のタイツ。白のシャツの上に白衣を身に着けている。
色っぽい外観の女性。
胸も抜群に大きく、白衣の下のシャツのボタンの上から二つ目までは物理的な理由により、閉まっていない。
むっちりとした、いかにも女性らしい体つき。
一年B組のクラス担任でありこの月城高校の養護教諭。
生徒(主に男子生徒だが)からの人気は非常に高い。理由は言わずもがな。だがその反面、生徒の保護者からは非常に疎まれていた。
事実、教師としては最低であった。
その男子高校生に悪影響を及ぼしかねない恰好もそうだが、勤務中のタバコは当たり前。さすがに授業中にタバコを吸っていることはないのだが、授業が終わった瞬間、タバコに火を付けるのは当然で、廊下もタバコを吸いながら歩くので保護者からよくクレームが来る。
なので保護者の間では。
あの先生よくクビにならないよな?
と、話題になることも多い。
教頭からの小言。保護者の間で槍玉にあがる。
それでも。
それでも彼女はなんてことなかった。
彼女の精神は凄まじく図太い。
どんな陰口を叩かれようとも、彼女は気にしない。一度として、彼女は泣かない。弱音を吐きもしない。
それは彼女が絶対的に自分の正義を信じているからだ。自分が正しければ、全て正しいと本気で思っている証拠であった。他人の顔色よりも自分の中にある正義を信じている。
自分を曲げるくらいなら死んだ方がマシだと。
本気でそう思っている。
だがそれが彼女の長所でもあり、欠点でもあった。
特に、
「職員室は禁煙です! いい加減にしてください」
教頭からはその欠点がたまらなく嫌われていた。
タバコを八神から取り上げる。
「…………」
八神は不良漫画の番町みたいに睨む。
しかし教頭には効果がない。
と、唐突に八神が立ち上がる。
な、なんですか? と、ビビる教頭を見て八神は思わず笑った。
八神は片目を瞑り、がしがしと頭を掻いてから白衣のポケットに手を突っ込んだ。
(げ……タバコがねぇ)
そしてそのまますたすたと歩いて、職員室の扉に手をかける。
「あーはいはい。反省してますから外で頭冷やしてきますよっと」
と、言ってから外に出た。
校門の前に八神が立っていた。
ポケットに片手を突っ込み、ちょっとだけ不機嫌そうな顔で、
「なあ? ちょろっとタバコ買ってきてくんね? 最悪タバコ屋からくすねてきても構わねーから」
そう誰にともなく声をかける。
校門の前。
すでに時間は遅刻確定で、周りには走ってくる生徒の姿はない。
ぼっ!
と、突然彼女の眼前が燃え上がった。
「うわち!」
彼女は慌てた。
「だから“りんか”を急にぶっ放すのはやめろって言ってんだろうが」
八神はさらに不機嫌になり、
「ちっ。分かったよ。わーった。くすねるのはナシ。これでいいだろ」
そう言うと炎が消える。
「ったく」
そんなやり取りをしている最中、
「うおおおおおおおおおおおお! まだ、間に合う! 間に合うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
遠くから聞こえてくるその声を八神が聞いて、ハッと顔を声のした方に向け、八神が悪戯っぽくにやりと笑う。




