258 姉妹喧嘩
夕実を離れた場所に座らせた楽斗はカウンター席に環奈と共に戻ると二人で小さな声で話し始めた。
「その様子だとかなたの居場所に見当が付いているみたいだな、お義兄さん」
「ん。まあ、大体は。どうせあの馬鹿、無謀にもあの子を助けにでも行ったんじゃないかな。探していたからね、結社も」
「そこまで分かってたか」
「……いつかはこうなると思ってた。あの子は特別だし、あの子もそれを望んでたはずだから」
「……それが分かってたならどうして」
「――――娘、だからとしか」
コーヒーを一口飲み、楽斗は小さく息を吐いた。
「…………娘」
「ああ。あの二人は俺の、いや。俺たちの自慢の子供たちだ。だから自由にさせてやりたい。何だっていい。学校に通いたいのなら通わせるし、夜遊びに出かけたいと言うのなら黙って黙認するし、ヴァンパイアハンターの真似事をしたいと言うなら口出しをせず、俺たちはそれに気が付かないふりを徹底としてする。それが俺たちの親としての出来る限りだ」
環奈は黙って楽斗の言葉を聞いていた。
いや、聞くつもりだった。楽斗の言葉は美しい。美談として語るにしても上々の出来。
口を挟むのはあまりにも無粋。
しかしそんな無粋を冒してでも聞いておきたいことがあった。
「――――それは、贖罪のつもりかよ?」
「――――――!」
一度目を見開き、ははは、と乾いた笑い声で笑い、やがて、
「………………やっぱりそう見えるか」
認めたくない事柄を他人に指摘されて返す言葉がないように楽斗はうなだれてしまう。
「仕方のないことだって割り切ってしまった方が楽じゃねーのか?」
「…………」
「罪滅ぼしの何が悪い? それは自分で自分が“悪い”って自覚している証拠だし、自らの愚行を“悪”だと認識する奴の方が俺は好きだね。愚行を愚行だとも思わないような奴の方がよっぽど質が悪い。……だから、もういいんじゃねーのか?」
それは多分、本意だった。本意の同情。
だから色々な言葉で慰めようとする。
「多分、そういう運命だったんだよ」
「「………………運命」」
声が揃う。
揃った声の主は今、目の前で環奈と話をしている楽斗と少し離れた場所で会話だけを聞いていた夕実。
その時。
「――――――!」
異変を察知した環奈が椅子を蹴る。
力任せに蹴られた椅子は夕実の眼前にまで飛んでいき、そして、椅子が炎上した。
「………………」
環奈の頬に冷や汗が伝う。全身を駆け巡る悪寒。
ぶるりと震えた身は人間の内に眠っていた獣としての本能だったのだろう。
強大な何かを感じた。
それは単純な力。力量の差、とでも言っても過言ではない。人間だって元を辿れば獣。その獣としての本能が環奈を動かしていた。
(マジ……かよ。……いや、本気……か)
環奈は蹴飛ばした椅子の亡骸を見て、軽く驚いていた。
分かっていたこととはいえ、最早ここまでの実力差があるとは思っていなかったのだ。
覚悟していた。
ここに乗り込んだ時点で、恐らくこういうことになるのだろうと、覚悟を持って乗り込んでいたと言うのに体の震えが止められなかった。
「八神……夕実……」
呟いた言葉に自分自身で驚きを禁じ得ない。
確かに八神夕実と呼ばれていた女は彼女自身にとって目標であり、あらゆる意味で大きな壁である。
しかしそれは過去の話ではないのか?
とっくに現役を引退し、力も枯渇し、技量でさえも衰えているはず。
だが違う。
少なくとも目の前の夕実は環奈が単純に脅威たる存在だと認識するほどの実力を感じる。
「そうかよ。……そういうことなんだよな。畜生め」
体勢を立て直しつつ環奈は問う。
「アンタ、能力……今も使っているな」
「……」
夕実は答えない。頷くことも返事を返すこともしない。
ただ無言。
無言で目の前の敵を見据える。
しかしその問いに答えなど必要は無かった。何故なら答えずとも答えは明確に見えているのだから。
「……衰えてねえ。一切な。老衰なんていう歳じゃねーし、今も鍛錬を続けていたのならその力が衰えるはずもない。……ってことは、だ。今も姉さんは能力を使い続けているってことか。……俺としたことが迂闊だった。……甘くみてた」
環奈は苦笑した。そして吐き捨てるように、
「……いい加減にしろよ、バカ姉貴」




