024 クドラクとクルースニクと許嫁と
行くかどうかは迷ったが、結局行くことにした。
時間も怪しかったが、それよりも好奇心の方が勝った。あの公園に一体何があるのか、生屍人がどうしてあの公園に現れたのか、気になることは出来るだけ解決しておきたい。何というか……そんな気がしたからだ。
公園へと向かう途中、
「ねえ……どうしてそんなに急いでいるの?」
「どうしてって……学校があるからだよ。このままじゃ、絶対に遅刻しちゃうから」
「学校?」
「そ。学校」
僕が説明してもクドは首を傾げるだけだった。そもそもクドの記憶の中には学校という単語が入っていないのかもしれない。
今度、時間がある時にでもちゃんと教えてあげよう。
そう思う。
公園の朝。
そこはやはり僕の知る限り、変わらない様子だった。
犬の散歩をする人。
朝のジョギングに勤しむ人。
ベンチの上でスーツ姿のまま鳩に餌をやりながら、頭を抱える人。
と、まあ。
話が逸れかかったけど、そこには僕の知っている公園の姿があった。少なくとも夜に生屍人が現れたような形跡は何一つない。
普通の。
平凡な。
どこにでもあるような公園の景観をそのままにしていた。
「やっぱ夢?」
いい加減不可解な現実を夢オチ認定する癖は直したほうがいいかもしれない。アレが夢な訳ないんだから。
「なにしてるの? こっち」
言って、
「わ、ダメ~」
慌てて手でストップの意思を取る。
「???」
何気なくふよふよと飛びながらクドは首を傾げた。
そう。今、彼女は空を飛んでいたのだ。
人が周りに人がいっぱいいる中を。
こんな姿を見られたら大騒ぎになる。だから思いっきり焦った。
だけど。
「だいじょうぶ」
クドは言って、前を向く。
前から上下黒のジャージ姿の男性が息を切らしながら走ってきた。
「はあ、はあ」
そしてそのままジョギング中の男性は僕に軽く頭を下げて、何事なく通り過ぎた。
飛んでいるクドを軽く無視して。
「え、なんで?」
「だって見えないもの」
「今ね、わたしの姿はほとんどの人間が見ることが出来ないの。不可視だから」
「不可視?」
「うん。霊力とか魔力とか。そういう力を持っている人間以外は今のわたしを見ることが出来ないの。だから安心して」
つまり常人には今のクドラクを見ることが出来ないということなのだろうか。
僕は自分を指さして、
「じゃ、じゃあ……何で僕は見えるの?」
クドはあっけらかんと、
「だってカナタは吸血鬼になったから。当然、魔力が備わってるよ? だから見えるの。他には霊体なんかも見えるようになってると思う」
「マジ?」
「まじ」
こういうところで自分が人間じゃなくなっていることに実感が湧く。
でも魔力か。
ふと疑問が浮かぶ。
「魔力と霊力って何か違うの?」
「うん。簡単だよ。人間にあるのが霊力。で、人間以外の全ての生物にあるのが魔力。ほら、たまにいるでしょ。何もないところに吠える犬とか。そういうのって魔力のせいで何かが見えちゃってるの」
あー……。そういえば夏のテレビの特番か何かでそんな犬がたまに出ている。それってそういうことだったのか。
「でも力の根源は同じ。ただ少しだけ性質が違うってだけ」
「ふーん」
手を見やる。
「じゃあ、その」
その後にクドの顔を見て聞く。
「僕も魔法が使えたりするのかな?」
手を前に翳す。
「カナタブリザード!」
…………。
「…………」
「…………」
(……その名前はどうなんだろう)
クドがじっとちょっと憐れむような目で僕を見た。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「ま、今は無理」
クドが空中でこちらを振り返りながら、
「まだカナタは魔力が体に馴染んでないから、そういうのは無理だと思うよ」
「……そっか」
もし、魔法が使えたら自衛のために使えるとも思ったんだけどなー・
生屍人だったり、あのシスターみたいな人だったり。
ま、いずれ使えるようになるかもしれないなら魔力のことは頭の隅にでも置いておこう。
「着いた。たぶん、ここら辺」
二人で来たのは公園の端。外周のフェンスの南東方面。
ここにはあまり人が来ないのか、少し寂しい雰囲気だ。
「やっぱり」
クドが公園の敷地内に置かれていた石垣の前にしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
「刻印がずれてる」
「えっ?」
言って、指を指したのは石垣。
言われて気が付いたが、確かに石垣が微妙に崩れていた。
「ボールでも当たったのかな?」
「さあ。でもこれではっきりと分かった。やっぱりこの公園には目的があったってことが」
「目的……」
「たぶん……生屍人を閉じ込めてたんじゃないかな。だからこその人払い」
言いながらクドがずれた石垣を元に戻す。
かこっ。
歯車がばっちり合わさったような音と共に、突如、
「っ!」
その石垣を中心に、眩い光が溢れた。
光のカーテン。
まるでカーテンのような光が円柱状に膨れ上がり、周囲に広がっていく。
すごい光の波に思わず腕で防御。
が、
「だいじょうぶ」
クドは立ち上がって、僕を見た。
光は津波のような勢いで広がり、体を、木々を透過。そして止まる。
「これは?」
「これが、結界」
常人には見えない光の幕。
「結界……」
視線を上げる。
ふわふわと公園の周りを光が覆っていた。
今までこの公園に何度も足を運んでいるのに、初めて見た光景だった。
「これが……結界」
「おそらくこの公園は生屍人が集まりやすいんだろう。だからこうやって結界を張ってあるんだ。誰も死なないように」
「でも誰が? もしかしてクド?」
クドは苦笑して、
「まさか。これだけの結界。わたしじゃ無理。わたしが張れる結界は簡易的なものが多いし、これだけちゃんとした結界ならせいぜいが周囲二、三〇メートルが限度。この公園は少なく見積もっても一キロ以上はある。くす、中々の能力の持ち主じゃない? これだけ大規模に結界を張れるんだから」
「ふーん……」
この公園に結界……。
にわかには信じられないけど、目の前の現実は何にも勝る証拠になる。
信じざるを得ない。
それにしても……。
「ん~」
背伸びをしているクドを見て、素直に感心した。
「でも、すごいねクド。こんな結界のことを知っているなんて」
「ぜんぜん」
クドは首を横に振ってから、
「こんなの。どこにでもあるよ」
くあ~とあくびをした。




