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ヴァンプライフ!  作者: ししとう
scene.23
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247 砕かれた覚悟

「――――――――――」

 声が出ない。いや、出るはずもなかった。

 勢いは死に、完全に戦意を削がれてしまう。

 挑発行為であれば、それは抜群の威力を誇っていた。

「死ん、…………だ?」

「聞くなああああああああああああああああああああ!!」

 後ろの方で前川の叫び声が上がった。

「ぐあっ!」

 そしてその叫び声は何かに踏み潰された。

「あーあ、いいところなのに。邪魔しちゃダメですよ、前川さん?」

「さ、くらい……」

さま、ね。様。男に呼び捨てとか……反吐が出ます、から!」

「ぐ、あ……っ!」

 倒れた前川庵の背中を足蹴にし、人の尊厳すら踏み潰しているのは結社のナンバーツーである桜井智(さくらいとも)であった。

 桜井は三人の女を連れ、この場に現れた。

 一人は長身の女。

 一人は小柄な女。

 そしてもう一人は、


 刀を腰に携えた女剣士。


「遅かったな」

「まあ、そう言わないでくださいよ、レディ。貴女の望むモノを用意したんですから、そう目くじらを立てずに」

 パチッと桜井が指を鳴らすと女剣士が手を静かに前に翳し、

転送(トランスフェル)

 何かの呪文を唱える。

 すると、何かの物体が出現する。

(……こ、れは……転移の術? いや……問題はそこじゃない)

 そう思いながら身震いしたのは前川庵だ。

 物体の正体は不明。

 支柱は銀。表面は鏡。

 銀と鏡と言えば吸血鬼が苦手とされる素材ではあるが、目の前のそれは正に『吸血鬼の牢』としては完璧であった。

 銀は魔力を封じ込め、鏡は吸血鬼の思考能力を奪い去る。

 そんな『銀の牢』に一人の少女の姿が見えた。

 月光の光を帯びたような銀色の髪と暗闇に溶け込むような黒い肌の少女が『銀の牢』に押し込められるようにしてその少女は眠っていた。

 いや、正確には生きているのか死んでいるのかさえ分からない。しかし、死んでいるにしてはあまりにも綺麗な顔をしているため、その少女が眠っているものだと錯覚を起こすのである。

「ふは、くはははは……。そうか、ようやく。ようやく。儂は……くく、くはははははははは」

 愉快気に腹を抱えて笑う女に対峙していた少女の削り取られた戦意が戻って来る。

「……答えろ。死んだとはどういうことだ。あの二人とは誰のことだ。答えろ。……答えろ、レディ!」

「そう憤るなクラリス。儂は事実を述べたまでよ」

「――事実?」


「そうだ。事実だ。現実と言い換えてもよい。――貴様の父と母、……アッシュ・アルバートにサリファ・アルバート。貴様の父と母は当の昔に(ヽヽヽヽ)死んでおるわ(ヽヽヽヽヽヽ)


「――――――――――――――」

 少女は呼吸を忘れた。

「……くっ」

 倒れた青年は目の前の現実から目を逸らす。

「……何を、言って……る。お前は、何を言ってるんだ……」

「分からぬか? では、お前の術を解くとしよう(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)。智」

「もう教えちゃうんですか? 残念だな。僕、とってもおかしかったのに」

 桜井が懐から何かを取り出した。

 それはライターだ。

 なんてことは無い、ただの普通の百円ライター。

「ライ、……ター? 何で、貴方がそんなものを……持って」

「ふうん。そうか。そもそもそこから意識の阻害はしていたのか。でも、もう関係がないか。――――ふふっ、どんな顔を見せてくれるのか。ああ……愉しみだ」

 そのライターに火を灯し、そしてその火を再び、消す。

 ただの仕草。

 ただの動作。

 しかし、その一連の動きが終えるとクラリスの視界がぐにゃりと歪み、全身に身の毛もよだつほどの寒気が走った。

「――――――――――――――――!!」

 ぱちん、ぱちん――と、部屋の灯りのスイッチが消えていくようにクラリスの中にあった何かの違和感が消失していく。

 違和感の正体にクラリスは今の今まで気が付くことは無かった。否。そもそも、それが違和感であったことすら考えもつかなかった。その違和感が、違和感であると認識していくと、クラリスの中に徐々に毒沼の泥のように浸食していく。

「貴様は儂の言いつけを破り、地下の牢獄に侵入していたな? 何をしていたのだ、あんなところで」

 捕らえられた父と母に会いに行っていた。

 会って話をしていた。

 だが。

「はあ……はあ……はあ……」

 ――それは本当に両親だったのか?

 泥が浸食し、中身を満たしていく。

 足りなかった絵を修繕するように、その泥はクラリスの記憶を塗り潰していく。

 ざ。ざ、ざ。ざざ。

「――――――――嘘、だ――――」

 そんなこと、あり得なかった。

 クラリスは牢獄に行って、いつも涙を流していた。

 それは父と母を前にして子が弱気を吐くような、いつも毅然としている少女が強がりを捨て、何もかも忘れて子供になっている少女の小さなワガママであったのだ。

 なのに、どうして。


 ――――――その父と母は、人形であったのだ(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)


「お嬢ちゃん? 理解したかな。キミがレディの言いつけを破り、レディの目を盗み、そうやって会いに行っていた目的地にいたのは鎖で繋ぎ、はりつけにしたただの人形、木偶でくだよ」

「――――――――――――――――」

「人形を用意したのは僕。キミの意識上にある大切な記憶を塗り潰したのさ。キミにとって最も大切なモノ。それは家族さ。その家族を取り戻すため、キミがレディの奴隷になったと聞いて、少し面白い(ヽヽヽヽヽ)と思って僕はキミの記憶を塗り潰した。木偶を父と母と思うように、そして――キミの父と母がとっくに死んでいることがキミにばれないように。だって、こんな面白いこと――――簡単に終わらせたらつまらないだろう?」

 ふざ、けるな。

 この男は何を言っている。

 じゃあ、何だ。

 今までの時間は何だったのだ。

 父に、母に会いに行っていた時間も。

 自らの仇に従い、苦渋を舐め続けた屈辱に塗れたあの日々も。

 そして何より。

 ――――クラリスが取り戻したいと願い、“頑張って”来たこれまでの時間の全てが無駄であったと。

 この男は言っている。

 それも。

 少し面白いだとかふざけた理由で、たったそれだけの理由で。

 自分の人生を踏みにじられた――――。

「――――――ああ、そういうこと」

 クラリスの霊力が、

「アンタらを私は殺せばいいのね――――――ッ!!」

 爆ぜた。

 霊力の許容量を超えた鋼糸がぶちぶちと切れ、結界が崩壊していく。

 全力で地面を蹴ったクラリスは真っ先に桜井智に向かって駆けた。

 わずかに残った理性と知恵がレディを殺すよりも容易いと、桜井智を狙うことを決めた。

「――――――――!!」

 距離にして十数メートル。

 しかし秒数にして一秒も満たぬ間にクラリスは一気に距離を詰めた。

 驚愕したのは眼前に一挙に詰められた桜井だけではない。クラリスの背後で眉根をわずかに上げているレディも同様。

「……ほう? やはり憤怒はよい。怒りは人を強くする。だが、相手が見えておらぬと見える。貴様の相手はそのような矮小な小僧ではなかろうに」

「――――!」

 クラリスが振り抜いた拳を桜井の顔面に繰り出し、その一撃が当たる寸前、

「………………」

 それは刀によって制される。

「邪魔を、するな!」

かーくんの敵は(ヽヽヽヽヽヽヽ)私の敵と見なします(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 女剣士が拳を止めた刀を切り返す。

「!」

 理性よりも本能が勝る。

 斬られる、と思うよりも先に体の方が攻撃を回避。

 その反応は体に染みついた経験。

 そしてその経験はさらに働く。

「…………っ!」

「――――――」

 女剣士は無言で刀を薙ぐ。

 殺意も敵意も表に出さず、ただ黙ってその動作を繰り出す。

 しかし、それらの全てがクラリスの命を狩り取ろうとするに十分な軌跡を描いていた。

 いや、描くなどと生温い。

 辿っている。

 正確には辿っているように思えた。剣先を、ではなく。命を刈り取る過程を、である。

 目の前の女剣士の剣筋は美しい。美しすぎて見惚れてしまうのに、その剣筋は速過ぎて目視は困難であった。

 ほとんど直感である。

 クラリスはこれまで戦いを繰り返してきた経験と直感だけで女剣士の攻撃を凌いでいた。

 しかし、それにも限界がある。

 無手と刀ではどうしたって刀の方に軍配が上がる。

 威力と間合いが勝負になっていない。

 刀で拳を防御することは出来るが、素手で刀を受け止めることは不可能。

 女剣士の技量は明らかにクラリスよりも上。

「………………くっ!」

 このままやり続けても勝機は無い。攻撃を避けるためにと咄嗟にクラリスは後退することを決める。

「いや、すごいすごい。さすがにレディに歯向かおうとするだけのことはあるよ。……この子の攻撃をほとんど躱すだなんて、正直僕はキミの実力がそこまでだなんて思わなかったよ」

 言いながら桜井がその女剣士の頬に手を置いた。

「…………」

 ぞわりと鳥肌が立つ。

 桜井は手を置いたのではない。女剣士の頬を撫でたのだ。

 ぞっとした。

 もし仮に、自分があの女剣士と同じ立場にいれば吐き気さえ覚えたであろう。

 女剣士は不動である。

 彼女には感情が無いのか、とさえ思った。

 流石のクラリスもあそこまで不躾に、みだりに誰かに触れられれば怒りよりも先に気味悪さが勝つ。

 だが、それでも女剣士は動かない。

 触れられることに喜んでいるのでもなく、触れられることに嫌がっているのでもなく、触れられることに悲観することもなく、ただ、そこにあるだけの存在のように女剣士はその行為を黙って受け入れていた。

(だけど……この女)

 強い。

 それは確信めいたモノであった。

 刀の太刀筋だけではない。殺気と共に刀に乗せられた霊力が最早桁違いなのである。

 ……ここまでの霊力を人間が放てるものなのか?

 そう考えてしまうだけでクラリスの気迫が凍り付く。

 目の前の女剣士は紛れもない人間だ。

 気配、姿、感じ取れる力の波動。

 その全てが女剣士が人間であると認識させるのに、目の前の女がとても人間ではないと思えた。

 ……それこそ怪物(きゅうけつき)のような。

「……智よ。儂は術を解けと言っただけだ。誰が儂の邪魔をせよと申した?」

「…………っ!」

 背後から伝わる怜悧な気配にクラリスは瞬時に身構え、跳ぶ。

「……が。よい。許す。お前は儂の望み通りの要求に応えて見せた。どのような方法にしろ、その“娘”を捕らえた」

「…………“娘”?」

 ようやくクラリスは『銀の牢』に押し込められている少女の姿に目を配る。

「“悪疫(クドラク)”……!」

 見間違うはずもなく、その少女の正体を瞬時に看破する。

 その少女はある少年に久遠クドと名付けられた悪疫(しょうじょ)であった。

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