241 群れの主
「行ってしまったか、――――いや。――――――――行かせてしまった、か。我ながら自分の卑怯さ加減に嫌気が差す。どうしてこうも、俺は」
男が一人呟いた。
立ち尽くし、彼は既に見えなくなった背中を眺め続けていた。
「…………それは、わたくしたちが“同盟”だからでしょ」
「――――――」
男の背後にいつの間にか女が立っていた。
背の高い修道服に身を包んだ女性。頭にあるはずのウィンプルは外されていて、月のように輝く金色の髪が明朝の風に吹かれて靡く。
「選んでくれたこと、感謝しておりますわ。ルシド」
男、ルシドは女性の言葉にむしろ苦しそうに、
「いえ」
と、だけ返す。
それが精一杯のように。
「わたくしたちはね、負け犬なの。敗者で、敗残兵。立ち上がることも許されず、歯向かうことも出来ず、しかし革命を信じたい卑怯者。……だからこそ、わたくしたちは逸材を求めていた。そうでしょう?」
「……あなたの場合は自分の趣味もあるのでしょう」
「ふふっ。まぁね」
女の軽口にルシドの表情に柔らかさが戻った。
「初め、あなたからこの話を聞かされた時、俺は何かの冗談かと思いました。何せ、人間に頼ろうとしていたのですから」
「……まだ人間は嫌い? いえ、――いいえ。人間は、信用出来ない?」
「正直ね。彼女ほどではありませんが、俺も人間にはいい思い出がなくて、信用に値するほどではありませんでしたから」
そう言いながらルシドは近くの壁に寝かせていたメアに視線を向けた。
「この街に逃げ込んで、人間との共存の道を避け、拒否し、放棄した俺が言うのも何ですが…………彼は死にます。間違いなく、レディに殺される。それはあなただって分かっているでしょう。――――セラ様」
強い口調で隣に立つ女――セラを糾弾するルシド。
そんなルシドの視線に彼女は応えるように、ルシドに視線を返し、
「ええ。恐らく。彼がわたくしの想像通りの強さであれば、間違いなくレディには勝てない。久遠くんは確かに強くなってきましたわ。それこそ、わたくしが見向きもしなかったあの頃に比べれば月とスッポン。しかし、彼は経験を重ねてきました。強くなる秘訣は実戦経験をどれだけ重ねてきたか。……その点に限れば彼は強くなりました。毎夜に行う自己鍛錬も無駄ではないとわたくし思いますわよ?」
「いくら生屍人を狩ろうともそれが実戦経験に繋がるとは思えません」
「大丈夫ですわ。足りない部分はわたくしが追い込んだりして、何とかしてきましたし。――――ま、わたくしと同じような考えを持った方がもう一人いるようですが、わたくしたちの目的の邪魔をするようなことはないでしょう。その方も彼が強くなることを望んでいるようですし」
彼女がルシドとは違う虚空に視線だけ動かすとその虚空が僅かばかり蠢いたように揺れる。
「確かに俺は人間が嫌いです。ですが無駄死にしろとは言いません。俺だって分かっているんです。人間すべてが悪ではないと。吸血鬼の中には人間を襲うモノもいる。それと同じく、人間の中にも悪いヤツ、いいヤツがいるってことぐらい理解してます。それこそ、彼は――――久遠かなた様は紛れもなく善人で、だからこそ俺は心苦しい。そんな彼を死なせてしまうだなんて」
己を責めるような口調と声量にセラは小さく首を横に振る。
「いいえ。ルシド、決して無駄死になどではありません。彼は、死すべくして死ぬのです。そしてその死が無駄になることは、あり得ない。このセラ・アルバートが断言しましょう。そしてあなたの憂いが晴れると言うのであれば、わたくしは言い切ってみせましょう。彼――――八神かなたは、わたくしの妹であるクラリス・アルバートを救出し、あなたの仲間を解放する、と」
最後にセラは小さく笑ってみせ、
「それに……わたくしたちのもう一人の“同胞”を信じることに致しましょう。彼もまた、クラリスを救いたいと願う強い味方なのですから」
と、続けた。
「……セラ様」
それ以上ルシドは語らなかった。
信じることにしたからだ。
誰を?
それは同盟の同胞だったのか、それとも死地へと向かった無知な彼だったのか。
それは言うまでもないことであった。




