023 クドラクとクルースニクと許嫁と
母さんの焼いてくれたハムエッグをトーストしたパンに乗せて食べた。
母さんと父さんの二人は喫茶店で出す料理や何やらの仕込みで朝はいつも早い。僕が一人でスマホのアラームを鳴らして起きた後には、もう家にはいない。一階の喫茶店で作業をしている最中だ。
そんな毎朝がもう一〇年近くは続いている。だいたい父さんが実家を改造して喫茶店を始めたのがそれくらいで、ちょうど僕と家族がこの月城町に引っ越してきたのもそれぐらいだったと記憶している。
記憶していると少し曖昧なのは、そこら辺の記憶があまり思い出せないから。
子供の頃の記憶というのは、どうにも印象が薄い。
だからこの町で暮らす前までどこの町で生まれ育ったのかと尋ねられると非常に苦しい。……申し訳ない。
そんな僕の毎日に少し変化が訪れた。
「このパン。カップケーキの味しないね」
「うん。パンだからね」
不平を漏らしつつ僕の隣でクドがくあ~とあくびをしながらトーストしたパンを齧る。
クドは先日母さんが買ってくれた子供用パジャマを着たまま、眠そうな磨き抜かれた真っ赤なルビーのような瞳でもぐもぐと噛んでから、牛乳を口に入れた。
「これもしない」
「牛乳だからね」
そもそもそんな味の牛乳やトーストを口にしたくはないぞ。
すっかりカップケーキジャンキーとなったクドにとって普通の食事は少し物足りなくなっているようで、しかし出されたものはちゃんと食べるところをみると意外と美味いらしい。
「あ、そうだ」
僕はぺろりと口の周りに付いたパンくずを舐めつつ、
「昨日、聞きそびれちゃったけど。あの公園ってさ、なんなの?」
尋ねた。
「どういうこと?」
「ほら、言ってたじゃない。あの公園はどうのこうのって」
クドはトーストを食べる手を止め、顔を上げる。
「結界のこと?」
「そうそう。……結界ってのはなんとなく分かるんだ。それがどういったものっていうのだけど。あれだよね。なんていうか……そう、バリアみたいな。目に見えない障壁っていうかさ、何かを閉じ込めたり、そこに誰かが入ってこないようにするためのものだろうってのは当たってる?」
こくり、とクド。
「でもどうしてその結界があの公園にあったのかってのが分かんないんだよねえ……。だってあの公園、この町で唯一大きいってだけの他に何の取柄もない普通の公園だよ? それこそ、吸血鬼とかそんなものに関係があるようには思えないんだよねえ」
僕はマグカップに入った牛乳を少し口に入れる。少し考えてから、
「うーん。やっぱ分かんないや。そもそもあの生屍人たちはどうして公園の中に現れたのか……。偶然? にしては数が多かったし。うーん」
「ごちそうさま」
クドはいつの間にか朝食を全て平らげた。空になった皿の上に牛乳のマグカップを乗せ、手を合わせた。
その後に食卓の上に鎮座し、出来る限り目を合わせないようにしていた緑色の液体が注がれたミキサーの中身をグラスに注いだ。
うげっ。
「ごくごく…………ふぅ、かっぷけーきには勝てないけどやっぱりこれもおいしいな」
一気に野菜ジュースを飲むと、クドはそこでようやく一息つく。
「じゃあ行ってみよう。実際に見た方が絶対に分かりやすい」
「行くって?」
「当然。その公園にだ」
僕は黙り込んで、そこでようやく朝食のトーストを食べ終わる。




